天穂日命神社とは? わかりやすく解説

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天穂日命神社

読み方:アメノホヒノミコトジンジャ(amenohohinomikotojinja)

教団 神社本庁

所在 鳥取県鳥取市

祭神 天穂日命 ほか

神社名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

天穂日命神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/23 18:41 UTC 版)

天穂日命神社
所在地 鳥取県鳥取市福井字宮ノ谷361
位置 北緯35度30分15.6秒
東経134度7分31.3秒
座標: 北緯35度30分15.6秒 東経134度7分31.3秒
主祭神 天穂日命
社格 式内社(小)
郷社
創建 不詳
本殿の様式 流造
例祭 4月17日
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天穂日命神社(あめのほひのみことじんじゃ)は鳥取県鳥取市福井にある神社式内小社で、旧社格郷社

概要

鳥取市福井部落の西方に位置する。主祭神は天穂日命因幡国の古代豪族因幡国造氏の氏神であったと言われる。社地の背後には前方後円墳らしきものが確認され、因幡国造氏との関連が考えられる。付近には天穂日命の子・天日名鳥命を祀る天日名鳥命神社、御熊命を祀る御熊神社(正式には「阿太賀都健御熊命神社」という)が存在する。

歴史

創建年代は不明、『因幡志』によれば古くは高草郡布勢の現日吉神社社地にあったという。古代豪族・因幡国造氏の氏神として祀られ、因幡国造氏の勢力拡大と共に成長した。貞観9年(867年)5月には正三位に叙せられ、官社に列した。9世紀半ばには宇倍神社より上位の神階に列し、因幡国内で第一の神社であった。『延喜式』には高草郡七座小社のひとつとして記載されている。室町時代末期に現在の社地に移転したと考えられ、江戸時代には六王(むおう)大明神と称した。明治元年(1868年)、現在の社名に改称、明治3年(1870年)には福井村の荒船社を合祀した。明治12年(1879年)には荒船社を元の社地に荒船神社として分祀したが、荒船神社は大正3年(1914年)、稲荷神社と共に同神社に合祀された。

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