天満天神と稲荷社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/01 06:00 UTC 版)
「瑜伽神社 (奈良市)」の記事における「天満天神と稲荷社」の解説
元興寺禅定院鎮守は高畑の天満天神であり、大乗院が当地に移って後も、同社が鎮守となったとされる。『奈良坊目拙解』巻七の天満天神宮条によると、天満天神内にはかつて稲荷小祠があったが、いつの間にか廃れてしまっていた。享保3年(1718年)、宮守の吐山甚太夫が霊夢を見て稲荷小祠を再興し、同15年(1730年)8月に天満天神の北方、かつての新宮社があった地に正遷宮を行った、との記録がある。稲荷神社と瑜伽神社は祭神が等しく宇迦御魂大神であり、この稲荷神社が山の地名にちなみ後年瑜伽神社と称したことが推測される。
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