大阪市への編入
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/07 05:47 UTC 版)
「大阪市立恵美小学校」の記事における「大阪市への編入」の解説
1896年4月1日付で大阪市の第一次市域拡張が実施されたことに伴い、今宮村のうち大阪鉄道(現在の関西本線)の線路以北が大阪市に分割編入されることになった。これに伴い、大阪市に編入された地域に位置していた今宮小学校は大阪市立となり、大阪市恵美尋常高等小学校と称した。 一方で今宮村南部は、同様に北部を大阪市に分割編入された西隣の木津村と合併した上で、新たな今宮村として存続することになった。今宮村として存続した地域には当時小学校がなかったため、恵美小学校では引き続き今宮村からの児童を受け入れていた。 1898年には新たな今宮村独自の小学校として、西成郡今宮尋常小学校(のちの大阪市立弘治小学校)が開校した。今宮(弘治)小学校の創立に伴い、恵美尋常高等小学校の校区から今宮村を分離し、今宮村在住の児童は今宮尋常小学校に通学するようになった。
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