八幡神社_(八潮市八條)とは? わかりやすく解説

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八幡神社 (八潮市八條)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/15 23:47 UTC 版)

八幡神社
所在地 埼玉県八潮市八條4069
位置 北緯35度51分21.2秒 東経139度50分19.5秒 / 北緯35.855889度 東経139.838750度 / 35.855889; 139.838750 (八幡神社 (八潮市八條))座標: 北緯35度51分21.2秒 東経139度50分19.5秒 / 北緯35.855889度 東経139.838750度 / 35.855889; 139.838750 (八幡神社 (八潮市八條))
主祭神 誉田別命大己貴命須佐之男命
社格 村社
創建 宝徳元年(1449年
別名 八條八幡神社
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八幡神社(はちまんじんじゃ)は、埼玉県八潮市神社

歴史

1449年宝徳元年)に創建された。この年に山城国綴喜郡(現・京都府八幡市)の男山八幡宮(現・石清水八幡宮)から八幡大神(誉田別命)を、武蔵国埼玉郡岩付(現・さいたま市岩槻区)の岩槻久伊豆神社から久伊豆大神(大己貴命)を、武蔵国足立郡大宮(現・さいたま市大宮区)の氷川神社から氷川大神(須佐之男命)を勧請し、合祀したものである[1]

明治初期、近代社格制度に基づく「村社」に列せられ、1907年(明治40年)・1909年(明治42年)・1912年大正元年)の三度にわたる神社合祀により、周辺の神社が合祀された[1]

現在の本殿は1891年(明治24年)に再建されたものである。その柱間には、当時の一大出来事であった大日本帝国憲法発布の様子(明治天皇から内閣総理大臣黒田清隆に憲法を下賜する様子など)が彫られている[2]

文化財

交通アクセス

脚注

  1. ^ a b 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年、1318-1319p
  2. ^ 八條八幡神社トップページ八條八幡神社
  3. ^ 登録有形文化財埼玉県
  4. ^ 弘安7年銘板石塔婆八潮市

参考文献

  • 埼玉県神社庁神社調査団 編『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』埼玉県神社庁、1998年

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