全権委任法の採決
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社民党はこの式典には示威行動として参加せず、共産党員や社民党の有力者の一部は、内務大臣(ドイツ語版) ヴィルヘルム・フリックの言葉によれば「強制収容所での有用な労働」を理由にして出席を妨害された。1933年3月23日に新国会が開催され、全権委任法の審議、採決が行われると、出席した社民党を除いた全議員がこれに賛成した。2日前に行われたこの催事は、数々の演説の中で幾度となく言及された。しかし「ポツダムの日」よりも重要だったのは、実はカトリックの中央党の賛成であった。権力の衝動にかられたヒトラーを、法律によって国家という規律ある路線に導こうという希望からであった。
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