偽プセルロス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/18 01:15 UTC 版)
「ミカエル・プセルロス」の記事における「偽プセルロス」の解説
かつては、東ローマ帝国には、別のミカエル・プセルロスが存在した、と考えられていた。その人物は、9世紀のアンドロス島に住んでいたポティウスの弟子で、皇帝レオーン6世の教師を務めた。このプセルロスは、「大プセルロス Psellos the Elder」と呼ばれ、本項で扱ってきたプセルロス(「小プセルロス」)と区別されていた。これは中世の年代記に基づく認識であったが、現在では、そこでのプセルロスの名は、後代の無知な写字生の誤りに過ぎず、「大プセルロス」なる人物は実在しなかったと見なされている。ゆえに、この「大プセルロス」は、現在では「偽プセルロス Pseudo-Psellos」と呼ばれている。 「偽プセルロス」の名は、現在では、プセルロスに誤って帰せられたと考えられる作品の著者を表す時にも用いられている。
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