伊藤坦庵とは? わかりやすく解説

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いとう‐たんあん【伊藤坦庵】

読み方:いとうたんあん

[1623〜1708]江戸前期儒学者京都の人。名は宗恕。初め医師となったが、のち、福井藩儒官として仕えた。師の江村専斎談話集めた老人雑話」の編者。著「坦庵遺稿」。


伊藤坦庵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/26 16:37 UTC 版)

伊藤 坦庵(いとう たんあん、元和9年9月29日1623年11月21日)‐ 宝永5年8月24日1708年10月7日))は、江戸時代前期の儒学者医師である。名は宗恕。字は元務。本姓は藤原。別号に白雲散人。

経歴・人物

京都の生まれ。初め江村専斎及び曲直瀬玄理の門人となり、医学を学んだ。

後に儒学を志し那波活所の門人となり、越前福井藩に仕える。伊藤仁斎や村上東嶺と親しく、清田龍洲を養子として家を継がせた[1]。晩年は生まれ故郷の京都に定住した。詩文で知られ、坦庵の友人であった北山友仙と並び『元禄太平記』に登場するほど有名であった。また、師匠の専斎の談話を収録した『老人雑話』の編者としても名高かった。

著書に『坦庵文集』等がある。

脚注

  1. ^ 松崎慊堂『慊堂日暦3』平凡社、1973年、146頁。 

出典



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