中部・南部
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/13 22:59 UTC 版)
「嘉永3年9月の風水害」の記事における「中部・南部」の解説
和歌山県内では「熊野史」や「南牟婁郡」に記載があり、2日または3日に大風雨となり、船が壊れるなどした。 滋賀県内では3日に安曇川の堤防が決壊した。 池田では2日は東風が吹いて暮から雨となり、3日は辰下刻(9時ごろ)には雨が止んで西風に変わった。
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中部・南部
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/16 05:45 UTC 版)
「慶応2年8月の風水害」の記事における「中部・南部」の解説
滋賀県愛知郡では7日の夜に辰巳(南東)の大風が吹き、明け方には南に回って朝まで吹いたが、水害はさほどでもなかったとされる。高島郡では7日に大風や高波によって被害が出た。 京都の「中山忠能日記」によると、8日の明け方は南風が強く、樹木や大枝が折れ、雨も降ったが、未刻(14時)ごろから晴れ、夕方には小雨となり、夜には南風も止んだ。 兵庫津では4日に北東の風が吹いて船がよく進んだと長州征伐へ向かう沼津藩士の日記に書かれている。 和歌山県内では7日に北部・南部とも大風雨となり、紀の川が決壊した。
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