両国の王位を継承
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 16:12 UTC 版)
「フェルナンド3世 (カスティーリャ王)」の記事における「両国の王位を継承」の解説
父のアルフォンソ9世はポルトガル王女テレサと結婚していたがローマ教皇ケレスティヌス3世の介入で婚姻無効を余儀無くされ、1197年にベレンゲラと再婚した。2人の間に生まれたのがフェルナンドだが、代替わりした教皇インノケンティウス3世の介入でこの婚姻も無効となり、母はレオン宮廷を去りフェルナンドはレオンに残された。 1217年、母方の叔父のカスティーリャ王エンリケ1世が嗣子無くして死去すると、その甥であることから、母を中継ぎにする形でカスティーリャ王に即位することとなった。この時、母が派遣した使者にレオンからカスティーリャへと連れ出されたが、父がサアグン協定を口実にカスティーリャ王位を継ぐことを避けた母の画策とされている。カスティーリャに到着してすぐに母から王位を譲られ、それを認めない父と大貴族ララ家の抗議に苦しんだが、1230年に父が亡くなるとレオンの継承者だった2人の異母姉を説得(母が交渉に当たったとも)、レオン王位も継承してレオンのカスティーリャへの併合も果たしている。
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