与島村の時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/15 02:52 UTC 版)
1890年2月15日に自然村である瀬居島は、同じく自然村の与島、岩黒島、櫃石島、沙弥島と合併して、新たに行政村としての与島村が成立した。この際に瀬居島と小瀬居島は、かつての自然村の区域を継承して、大字瀬居島となった。1908年には、それぞれ西浦と竹浦に置かれていた尋常小学校を統合し、西浦に瀬居尋常小学校が設置された。 一方で近世以来、非常に繁栄していた与島村の漁業は、1924年頃に不漁に陥り、さらにその後、県外の大型鯛縛網に圧されて衰退した。そのため、それまで瀬居島の平地に僅かに作られていた農地は、島の山頂付近まで全て開墾されたが、それでも農業生産力は低く、半農半漁の漁村として過疎化が進行した。
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