ヴァルター・クリューガーとは? わかりやすく解説

ヴァルター・クリューガー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/22 04:06 UTC 版)

ヴァルター・クリューガー
Walter Krüger
ヴァルター・クリューガー(左)
エーリヒ・ヘプナー国防軍上級大将(右)
(1941年10月、東部戦線)
生誕 (1890-02-27) 1890年2月27日
ドイツ帝国ストラスブール
死没 (1945-05-22) 1945年5月22日(55歳没)
ソビエト連邦クーアラント
所属組織 プロイセン陸軍
ドイツ帝国陸軍
ヴァイマル共和国軍
ドイツ国防軍
武装親衛隊
最終階級 親衛隊大将
指揮 第4SS警察装甲擲弾兵師団第2SS装甲師団
勲章 一級鉄十字章二級鉄十字章柏葉・剣付き騎士鉄十字章ホーエンツォレルン家勲章
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ヴァルター・クリューガー(Walter Krüger、1890年2月27日 - 1945年5月22日)は、ナチス・ドイツ武装親衛隊の将軍。最終階級は親衛隊大将および武装親衛隊大将。主に東部戦線で戦っていた軍人。

同じく親衛隊大将であったフリードリヒ・ヴィルヘルム・クリューガーは弟である。

経歴

プロイセン王国陸軍大佐アルフレート・クリューガーの息子として当時プロイセン王国領だったストラスブール(現フランス)に生まれた。プロイセン陸軍士官学校卒業後、少尉に任官して第一次世界大戦中は第110軽歩兵連隊に配属された。2度負傷して一級鉄十字章を受章した。戦後も軍に残ったが、バルト地域で義勇軍(フライコール)活動にも参加した。

1933年にアドルフ・ヒトラーが政権を掌握した際にも国防軍にいたが、1935年4月に親衛隊中佐として親衛隊特務部隊(武装親衛隊の前身)ゲルマニア連隊に迎えられた。弟のフリードリヒもこの年に突撃隊(SA)から親衛隊(SS)に移籍している。まもなくヴァルターはバート・テルツ英語版の親衛隊士官学校の教官となった。1939年1月に親衛隊大佐となり、1940年1月から10月にかけては警察部隊の参謀将校となった。1941年4月には親衛隊少将となり、1941年8月から12月にかけて第4SS警察装甲擲弾兵師団の師団長を務めた。同師団はレニングラードの戦いレニングラードの包囲にあたった。1942年1月に親衛隊中将となる。1943年3月から10月にかけて第2SS装甲師団「ダス・ライヒ」の師団長をつとめ、クルスクの戦いに参加した。その後は第6SS所属武装軍団(ラトビア人義勇兵軍団)を率いた。1944年6月に親衛隊大将となる。1945年に軍団はクーアラントで降伏し、東プロイセンへ逃れようとしたところをソ連軍に発見され、1945年5月22日に自決した。弟フリードリヒも先立つ5月9日に自決している。

親衛隊階級

受章





固有名詞の分類

第一次世界大戦期ドイツの軍人 マクシミリアン・フォン・ヴァイクス  エルンスト・レーム  ヴァルター・クリューガー  エバーハルト・フォン・マッケンゼン  オットー・フランク
ナチ党員 コンラート・ヘンライン  エルンスト・レーム  ヴァルター・クリューガー  ヴェルナー・ハーゼ  ゴットフリート・フェーダー
ナチ党員 コンラート・ヘンライン  エルンスト・レーム  ヴァルター・クリューガー  ヴェルナー・ハーゼ  ゴットフリート・フェーダー
騎士鉄十字章受章者 ヴォルフ・ディートリッヒ・ヴィルケ  ルドルフ・ヴィッツィヒ  ヴァルター・クリューガー  ジークフリート・フライターク  クルト・ヴェルター
ドイツ第三帝国の将軍 ゲオルク・シュトゥンメ  アドルフ・シュトラウス  ヴァルター・クリューガー  エバーハルト・フォン・マッケンゼン  エーリヒ・ヘプナー
親衛隊将軍 カール・ハンケ  コンラート・ヘンライン  ヴァルター・クリューガー  オットー・ホフマン  カール・マリア・ヴィリグート

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