ポウハタン連邦の集落の位置
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/23 10:26 UTC 版)
「ポウハタン」の記事における「ポウハタン連邦の集落の位置」の解説
ポウハタン族の暮らした集落の位置は、白人がインディアン戦争でこれを徹底的に破壊してしまったため、現在では正確な位置は分からない。 ポウハタン族は「ポウハタン」を最大集落としていたほかに、その東120kmにもう一つ、「ウェロウォコモコ」という大集落を持っていた。 ウェロウォコモコは「ジェームズタウンからわずか24km の至近距離にある」と当時の植民地イギリス人が述べているが、「現在のウェストポイントから下流に40km」というものもあり、その記述が矛盾している。長い間、ウィコミコ近くと考えられており、21世紀初期の実地考古学調査では、ジェームズタウンから直線で19kmの距離にあるパータン湾沿いの場所を特定したが、ここだと「ウェストポイントから下流に40km」という前出の記述よりも近いものになる。 1609年頃、ワフンスナコック酋長たちは村をウェロウォコモコから、チカホミニー川水源にある湿地に位置するオラパケスに移した。現在では州間高速道路64号線と295号線のインターチェンジ近くである。1611年から1614年のいずれかの時点でワフンスナコック酋長はさらに北のマトチャットに村を移した。現在ではキングウィリアム郡のパマンキー川北岸にあたり、その弟オペチャンカナウがいるユータナンドからそれほど離れていない。
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