フォーミュラ・ニッポン復帰
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/01 19:40 UTC 版)
「高木虎之介」の記事における「フォーミュラ・ニッポン復帰」の解説
翌2000年はF1レギュラーシートを失い、やむなく国内レースに復帰。中嶋企画からフォーミュラ・ニッポンに参戦し、シリーズ10戦中8勝という圧倒的な強さでシリーズチャンピオンに輝く。前年、中嶋企画はトム・コロネルがシリーズチャンピオンを獲得したことから、本来はカーナンバー1をつけることができたが、高木はカーナンバー0をつけている。高木は「1番をつけるところを無理にお願いしてカーナンバー0をつけることになりました。ゼロからの出発の意味も込めて新人のように走りたい」とその決意を語っている。国内トップフォーミュラでカーナンバー0をつけたのは、2021年現在、高木のみである。この時の高木の速さの要因を土屋圭市は「彼はシフトダウンが他のドライバーと比べてとても速い。他人が“ブーンブーン”と落とすところを“ブンブン”で済ましちゃう。だから奥まで突っ込めるし、アクセルを開けるのも早くできる」と分析している。その後、日本GPではB・A・Rからリカルド・ゾンタに代わってスポット参戦する予定だったが、既にトヨタとの契約を交わしていたこともあり、結局走ることはなかった。
※この「フォーミュラ・ニッポン復帰」の解説は、「高木虎之介」の解説の一部です。
「フォーミュラ・ニッポン復帰」を含む「高木虎之介」の記事については、「高木虎之介」の概要を参照ください。
- フォーミュラ・ニッポン復帰のページへのリンク