ニコラス・キーファーとは? わかりやすく解説

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ニコラス・キーファー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/27 03:47 UTC 版)

ニコラス・キーファー
Nicolas Kiefer
ニコラス・キーファー
基本情報
愛称 キーウィ (Kiwi)
国籍 ドイツ
出身地 同・ホルツミンデン
生年月日 (1977-07-05) 1977年7月5日(46歳)
身長 182cm
体重 80kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1995年
引退年 2010年
ツアー通算 9勝
シングルス 6勝
ダブルス 3勝
生涯通算成績 458勝397敗
シングルス 366勝274敗
ダブルス 92勝123敗
生涯獲得賞金 $7,480,465
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(2006)
全仏 4回戦(2005)
全英 ベスト8(1997)
全米 ベスト8(2000)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2004)
全仏 1回戦(2001・03・04)
全英 2回戦(2003)
全米 1回戦(2002)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 4位(2000年1月10日)
ダブルス 56位(2003年2月17日)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
2004 アテネ ダブルス

ニコラス・キーファー(Nicolas Kiefer、1977年7月5日 - )は、ドイツホルツミンデン出身の男子プロテニス選手。ATPツアーでシングルス6勝、ダブルス3勝を挙げた。シングルス自己最高ランキングは4位。身長182cm、体重80kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

来歴

6歳からテニスを始め、1993年に16歳でドイツのジュニアチャンピオンになった。1995年全豪オープン1995年全米オープンの男子ジュニア部門で優勝。

大会 1994 1995
ジュニアグランドスラム
全豪オープン A W
全仏オープン 1R SF
ウィンブルドン A F
全米オープン 3R W

同年にプロ入り。1997年ウィンブルドン選手権で初のベスト8進出を果たす。この大会で、長年ドイツの男子テニス界をリードしてきた2強豪ボリス・ベッカーミヒャエル・シュティヒが同時に現役引退を表明したため、後継者としてのキーファーは地元ファンの大きな期待を集め始めた[1]。同年9月、トゥールーズ・テニス・グランプリでツアー初優勝を果たす。

1998年全豪オープンでも8強入りする。1999年にキーファーは男子ツアーのシングルスで年間3勝を挙げたが、その中には4月にジャパン・オープン・テニス選手権の優勝が含まれている。2000年全豪オープン全米オープンで準々決勝に進出し、年間2勝を記録した。だが、2000年10月の香港オープンの優勝が自身最後の優勝になり、2001年以後のキーファーは男子テニスツアーで10度の準優勝止まりであった。

キーファーはオリンピックのドイツ選手団の一員として、2000年シドニー五輪2004年アテネ五輪2008年北京五輪の3回出場を果たしている。アテネではライナー・シュットラーとペアを組んで、男子ダブルスの銀メダルを獲得した。この時は決勝でチリニコラス・マスー/フェルナンド・ゴンサレス組に2-6, 6-4, 6-3, 6-7, 4-6のフルセットで敗れた。

2006年全豪オープンで、キーファーはついに4大大会の自己最高成績となるベスト4進出を果たした。その準決勝では第1シードのロジャー・フェデラーに3-6, 7-5, 0-6, 2-6で敗れ、決勝進出はならなかった。ところが、全仏オープン3回戦でトマーシュ・ベルディハに敗れた試合の後、故障による長期間の戦線離脱を余儀なくされる。1年間のブランクを経て、ようやく2007年6月に試合復帰を果たした。ATPツアーのランキングシステムでは、1年間の出場トーナメント数が3大会に満たないと、世界ランキングの対象外になるため、キーファーは2007年6月にATPツアーランキングから外れたことがある。それを乗り越えて、10月のマドリード・マスターズでベスト4に入り、年間の最終ランキングで50位以内に復帰した。

2008年ウィンブルドン選手権で、キーファーは久々に第27シードを得たが、3回戦で第2シードのラファエル・ナダルに6-7, 2-6, 3-6のストレートで完敗した。

キーファーは2010年に現役を引退した[2]

ATPツアー決勝進出結果

シングルス: 19回 (6勝13敗)

大会グレード
グランドスラム (0-0)
テニス・マスターズ・カップ (0-0)
ATPマスターズシリーズ (0-1)
ATPインターナショナルシリーズ・ゴールド (1-3)
ATPインターナショナルシリーズ (5–9)
サーフェス別タイトル
ハード (5–6)
クレー (0-0)
芝 (1-2)
カーペット (0-5)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 1997年9月22日 トゥールーズ ハード (室内) マーク・フィリプーシス 7–5, 5–7, 6–4
準優勝 1. 1997年10月13日 シンガポール カーペット マグヌス・グスタフソン 6–4, 3–6, 3–6
準優勝 2. 1999年2月15日 ドバイ ハード ジェローム・ゴルマール 4–6, 2–6
優勝 2. 1999年4月12日 東京 ハード ウェイン・フェレイラ 7–6(5), 7–5
優勝 3. 1999年6月7日 ハーレ ニクラス・クルティ 6–3, 6–2
優勝 4. 1999年9月13日 タシュケント ハード ジョルジュ・バストル 6–4, 6–2
準優勝 3. 1999年10月19日 ウィーン カーペット グレグ・ルーゼドスキー 7–6(5), 6–2, 3–6, 5–7, 4–6
優勝 5. 2000年2月7日 ドバイ ハード フアン・カルロス・フェレーロ 7–5, 4–6, 6–3
優勝 6. 2000年10月2日 香港 ハード マーク・フィリプーシス 7–6(4), 2–6, 6–2
準優勝 4. 2001年10月8日 モスクワ カーペット (室内) エフゲニー・カフェルニコフ 4–6, 5–7
準優勝 5. 2002年6月17日 ハーレ エフゲニー・カフェルニコフ 6–2, 4–6, 4–6
準優勝 6. 2003年6月16日 ハーレ ロジャー・フェデラー 1–6, 3–6
準優勝 7. 2004年2月16日 メンフィス ハード (室内) ヨアキム・ヨハンソン 6–7(5), 3–6
準優勝 8. 2004年3月1日 スコッツデール ハード ヴィンセント・スペーディア 5–7, 7–6(5), 3–6
準優勝 9. 2004年7月19日 インディアナポリス ハード アンディ・ロディック 2–6, 3–6
準優勝 10. 2004年7月12日 ロサンゼルス ハード トミー・ハース 6–7(6), 4–6
準優勝 11. 2005年10月10日 モスクワ カーペット (室内) イーゴリ・アンドレエフ 7–5, 6–7(3), 2–6
準優勝 12. 2005年10月24日 サンクトペテルブルク カーペット (室内) トーマス・ヨハンソン 4–6, 2–6
準優勝 13. 2008年7月27日 トロント ハード ラファエル・ナダル 3–6, 2–6

ダブルス: 4回 (3勝1敗)

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 1998年10月19日 オストラヴァ カーペット (室内) ダーヴィト・プリノジル デイヴィッド・アダムズ
パベル・ビズネル
6–4, 6–3
優勝 2. 2002年7月22日 ロサンゼルス ハード セバスチャン・グロジャン ジャスティン・ギメルストブ
ミカエル・ロドラ
6–4, 6–4
優勝 3. 2003年9月29日 東京 ハード ジャスティン・ギメルストブ マーク・マークレイン
スコット・ハンフリーズ
6–7(6), 6–3, 7–6(4)
準優勝 1. 2004年8月15日 アテネ五輪 ハード ライナー・シュットラー ニコラス・マスー
フェルナンド・ゴンサレス
2–6, 6–4, 6–3, 6–7(7), 4–6

4大大会シングルス成績

略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

大会 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 通算成績
全豪オープン A 1R A QF 3R QF 2R 1R A 1R 1R SF A 1R A A 16–10
全仏オープン A LQ 1R 2R 1R 1R 1R 1R 2R 2R 4R 3R A A 2R A 9–10
ウィンブルドン LQ A QF 3R 2R 1R 4R 3R 1R 1R 3R A 3R 3R 1R 1R 18–13
全米オープン A A A 3R 3R QF 1R 1R 2R 4R 4R A 2R 1R 2R A 17–11

: 2005年全仏の不戦敗は通算成績に含まない

脚注

  1. ^ ベッカーは2年後、1999年ウィンブルドンに一時的に現役復帰。4回戦でパトリック・ラフターに完敗終了後再度現役引退している
  2. ^ “元世界4位のキーファーが引退を表明”. tennis365.net. (2010年12月31日). http://news.tennis365.net/news/today/201012/59176.html 

外部リンク




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