ティーガーIIとの戦闘
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/16 06:18 UTC 版)
「アレクサンドル・オスキン」の記事における「ティーガーIIとの戦闘」の解説
1944年8月12日、オスキンはヴィスワ川のサンドミェシュ橋頭保(ロシア語版)付近のオグルドウ村(ポーランド語版)に潜みドイツ軍を待ち伏せした。しばらくしてドイツ陸軍第501重戦車大隊と遭遇し、彼のT-34-85は戦車を巧妙に偽装していたこともあり、奇襲に成功、ソビエト側の戦車を発見できないドイツ軍を翻弄し、3両のティーガーIIを撃破する戦果を上げた。これは東部戦線に投入されたティーガーIIの初の戦闘であるとされるが、ドイツ側の完全な敗北となった。翌13日、ソヴィエト側は昨日の戦闘で遭遇した3両のティーガーIIをほぼ完璧な状態で鹵獲することに成功した。その際鹵獲された車両(102号車、234号車、502号車)はクビンカへ送られたが、このうち502号車は現在でもクビンカ戦車博物館で見ることができる。 先の戦闘におけるオスキンの英雄的行為がソビエト連邦最高会議で認められたため、1944年9月23日に彼はソ連邦英雄に列せられ、ソ連邦英雄金星章及びレーニン勲章を受章した。また、彼の砲手を務めていたアブバキール・ユスーパヴィチ・メルハイダロフ親衛上級軍曹は赤旗勲章を受けている。
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