スターマン (プロレスラー)とは? わかりやすく解説

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スターマン (プロレスラー)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/19 14:17 UTC 版)

スターマン
プロフィール
リングネーム スターマン
ウルトラマン・ジュニア
ニックネーム スーパーマン・フロム・スペース
身長 175cm
体重 88kg
誕生日 (1974-12-16) 1974年12月16日
死亡日 (2022-09-23) 2022年9月23日(47歳没)
出身地 メキシコメキシコシティ
所属 CMLL
トレーナー ロイ・ランサー
ヒゾ・デル・グラディアーダー
ウルトラマン
フランコ・コロンボ
デビュー 1994年4月30日
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スターマンStarman1974年12月16日 - 2022年9月23日[1])は、メキシコの男性プロレスラー1996年から覆面レスラーテクニコとして活動している。本名と素顔はプライベートを守るために非公開にしている。

来歴

1994年4月30日ナウカルパンウルトラマン・ジュニアUltramán Jr.)のリングネームデビュー1995年7月藤原組のツアーに参加するために初来日をしている。11月にソーラーとスーパー・アストロとチームを結成している。

1996年1月に6人タッグマッチでCMLLデビュー。CMLL世界ウェルター級王座のトーナメントにBブロックで出場をするが、1回戦でカローフ・ラガード・ジュニアに負けている。1998年に法的なトラブルを避けるためにリングネームをスターマンStarman)に変更している。1999年には8人タッグマッチでアストロ・レイ・ジュニアオリエンタルティグレ・ブランコと組みPPVデビューしている。2000年3月には16人マッチに出場している。

2000年12月31日から2001年1月1日と、ディファ有明にて年を跨いで開催されたEWP第1回興行にて、再びウルトラマンJrの姿で登場。アルカンヘル・デ・ラ・ムエルテと敗者マスク剥ぎマッチを行い敗北。マスクを失ったが、この試合はメキシコでは公式としては扱われなかった[1][2]

2005年新日本プロレスに参戦するため来日し、タイガーマスクと対戦している。数か月後にメキシコに戻り、CMLLでの活動を再開、アンダーカードで試合を続けていた。2019年に怪我と個人的な事情により一度引退したが、2020年に復帰した[1]

2022年9月23日、死去したことがCMLLによって公表された。死因は不明。47歳没[1]

得意技

スペシャル・レイ
現在のフィニッシャー。
  • ハリケーン・ラナ、スプリングボード式でも使用する。
  • プランチャ
  • サマーソルト・キック
  • スーサイド・ダイブ
  • トペ・コンヒーロ

脚注

  1. ^ a b c d Falleció Starman, luchador del CMLL – Superluchas”. superluchas.com. 2022年9月24日閲覧。
  2. ^ ※第1回EWP興行 全試合結果”. EWP. 2022年9月25日閲覧。

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