サン・ベネデット修道院
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「コンヴェルサーノ」の記事における「サン・ベネデット修道院」の解説
サン・ベネデット修道院 (it:Monastero di San Benedetto (Conversano)) は、伝承によれば6世紀の創建である。プッリャでは有力な修道院の一つであった。1266年、教皇クレメンス4世は、ギリシャから追放されたシトー会修道女たちに修道院の管理をゆだねた。教皇グレゴリウス10世はサン・ベネデット修道院の女子修道院長に男性の宗教的シンボル(ミトラなど)をまとうことを許可した(これは西ヨーロッパでは唯一の事例である)。サン・ベネデット修道院には多くの特権が与えられ、Monstrum Apuliae(アプリアの不思議)と呼ばれた。教会堂の建物の一部は11世紀の建築で、装飾のある入口は1658年の建設である。内部は身廊と2つの側廊からなり、バロック式の装飾が施され、パオロ・ドメニコ・フィノーリア (Paolo Domenico Finoglia) による2枚の画がかけられている。聖マウロのための地下聖堂(クリプト)は11世紀のものである。鐘楼は大聖堂のものよりも高く、女子修道院長が司教以上に高い権威をもっていたことを象徴する。
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