コリントス破壊
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/30 18:25 UTC 版)
同盟軍との決戦に勝利したローマ軍はコリントスを攻撃して、コリントス市内の財貨と芸術品を略奪した上でコリントスを完全破壊した。全住民は奴隷として売り払われた。ギリシアの都市国家はローマの属州化は回避できたが、以後ローマの覇権のもとで存続[要出典]、アカエア属州に組み込まれることとなった。コリントスの征服者となったムンミウスはこの勝利によりアカイアを征した者という意味でアカイクスの称号を得た。 なお、同じ紀元前146年は第三次ポエニ戦争が終結しフェニキア人の都市国家カルタゴが完全に破壊され、アフリカ属州が設置された年でもあった。また、前々年の反乱(第四次マケドニア戦争)に失敗したマケドニアはローマに吸収され、紀元前146年に新たにマケドニア属州が設置された。 完全破壊されたコリントスでは数年の内に市内に小さいながらも住民が戻り、居住した様子が考古学的に判明している。ガイウス・ユリウス・カエサルは紀元前45年頃にコロニア・ラウス・ユリア・コリンティエンシス(Colonia Laus Iulia Corinthiensis)としてコリントスを復興させた。 この戦いはこれ以降、ローマをして同盟国への寛容政策を見直す契機となった[要出典]。
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