カラガンダ市電とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > カラガンダ市電の意味・解説 

カラガンダ市電

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 09:39 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
カラガンダ市電
基本情報
カザフスタン
所在地 カラガンダ
種類 路面電車[1][2]
開業 1950年[1][2]
廃止 1997年[1][2]
運営者 路面電車・トロリーバス管理
(ОАО «Трамвайно-троллейбусный парк»)
(廃止時)[1]
路線諸元
軌間 1,524 mm
電化区間 全区間
テンプレートを表示

カラガンダ市電ロシア語: Карагандинский трамвай)は、かつてカザフスタンの都市・カラガンダに存在した路面電車ソビエト連邦(ソ連)時代の1950年に開通したが、1997年までに全線が廃止された[1][2]

歴史

カラガンダ市内に路面電車が開通したのは1950年で、カラガンダの新市街と旧市街を結ぶ全長12.5 kmの路線が最初に開通した。続いて1954年からは各地の炭鉱へ接続する路線が多数開通し、1960年代初頭の年間利用客数は2,000万人に達した[1][2]

だが、カラガンダの路面電車の建設時に使用されたのは第二次世界大戦大祖国戦争)前に製造されたレール枕木であり、1960年代に入ると老朽化が深刻な課題となっていた。更に石炭の生産体制の見直しや旧市街からの住民の移住などもあり、利用客は急速に減少し、1972年の年間利用客数は400万人まで落ち込んだ。それに伴い路線網の廃止も相次ぎ、1984年以降は33・34番炭鉱地区(шахта 33-34)と発電所(завод СТО)間の路線のみの運行となった。また、これらとは別に1970年代にはカラガンダとテミルタウの間に高速路面電車(скоростных трамвай)を建設する計画もあったが実現することはなかった[1][2]

ソビエト連邦の崩壊以降もカラガンダ市電は残された区間で運行を続けたが、停電の頻発などから乗客や収入は減少の一途を辿り、最終的に当時の運営組織であった路面電車・トロリーバス管理(ОАО «Трамвайно-троллейбусный парк»)の判断により1997年9月をもってカラガンダ市電は廃止された[1][2]

関連項目

脚注

[脚注の使い方]

注釈

出典

  1. ^ a b c d e f g h Карагандинский электротранспорт. Сведения о системе”. Сайт «Электротранспорт Караганды». 2021年12月3日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h Елена Ульянкина (2017年3月19日). “Как исчезли трамваи, почему не стало троллейбусов и что ждет автобусы”. Газета «Новый Вестник». 2021年12月3日閲覧。
  3. ^ Юлана Чаус (2010年4月19日). “В Караганде троллейбусы не выйдут на маршруты. Так решили городские власти”. KTK. 2021年12月3日閲覧。



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  カラガンダ市電のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「カラガンダ市電」の関連用語

カラガンダ市電のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



カラガンダ市電のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのカラガンダ市電 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS