ウェストバージニアの州昇格
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/25 01:54 UTC 版)
「チャールストン (ウェストバージニア州)」の記事における「ウェストバージニアの州昇格」の解説
1861年の南北戦争開戦まで町は成長を続けた。バージニア州が連邦から脱退し、チャールストンは連邦側と南部連合側に分かれた。1862年9月13日にチャールストンの戦いが勃発。南軍が勝利を収めたが、その占領は長くは続かず、わずか6週間で北軍が戻り、終戦までチャールストンを占領した。終戦までには、カナワ川の製塩業は事実上無くなってしまっていた。 バージニア州は連邦から脱退して南部連合側であったにもかかわらず、連邦側がチャールストン、および州西部を占領していたため、州分割の機運が高まった。1863年6月20日に大統領エイブラハム・リンカーンはバージニア州北西部を連邦に戻すと宣言、連邦35番目の州としてウェストバージニア州が誕生した。
※この「ウェストバージニアの州昇格」の解説は、「チャールストン (ウェストバージニア州)」の解説の一部です。
「ウェストバージニアの州昇格」を含む「チャールストン (ウェストバージニア州)」の記事については、「チャールストン (ウェストバージニア州)」の概要を参照ください。
- ウェストバージニアの州昇格のページへのリンク