アリゾナ・コヨーテズとは? わかりやすく解説

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アリゾナ・コヨーテズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/23 01:46 UTC 版)

アリゾナ・コヨーテズ
Arizona Coyotes
カンファレンス ウェスタン・カンファレンス
ディビジョン セントラル・ディビジョン
創設年 1972年 (54年前) (1972)
歴代チーム名 ウィニペグ・ジェッツ
(1972 - 1996)
フェニックス・コヨーテズ
(1996 - 2014)
アリゾナ・コヨーテズ
(2014 - 2024)
ホームアリーナ マレット・アリーナ
ホームタウン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
アリゾナ州テンピ
アリゾナ・コヨーテズの位置(アメリカ合衆国内)
1996-2024
1996-2024
1972-1996
1972-1996
チームカラー プロセスブラック、ブリックレッド、フォレストグリーン、サンド、シエナ、パープル
           
メディア
オーナー アレックス・マルーロ、アンドリュー・バロウェイ
GM ビル・アームストロング
ヘッドコーチ リック・トケット
キャプテン オリヴァー・エクマン=ラーション
獲得タイトル(獲得年)
スタンレーカップ優勝 (0回)
なし
アブコワールド (3回)
1976・1978・1979
カンファレンス優勝 (0回)
なし
ディビジョン優勝 (1回)
2012
プレジデンツトロフィー (0回)
なし
"キャプテン・コヨーテ"
シェーン・ドーン

アリゾナ・コヨーテズ(英語: Arizona Coyotes)は、かつてアメリカ合衆国アリゾナ州テンピを本拠としていた、元ナショナルホッケーリーグ(NHL)所属のプロアイスホッケーチームである。

歴史

このチームはWHA(ワールドホッケーアソシエーション)のウィニペグ・ジェッツ(Winnipeg Jets)としてチーム発足し、1979年にNHLへ加盟した。その後、1996年に南部アリゾナ州へ移転し、フェニックス・コヨーテズ(Phoenix Coyotes)と改名した。

ところが移転当初、本拠地としていたフットプリント・センターの設計がアイスホッケーを念頭に置いていなかったため、構造上の問題(NHL仕様のホッケーリンクを収納するには床のサイズが不足していた)が生じ、2003年からフェニックス郊外のグレンデールのデザート・ダイヤモンド・アリーナに移転することになった。

ジェッツはボビー・ハルがつけた9番とトーマス・スティーンがつけた25番を永久欠番としていた。9番はボビーの息子ブレット・ハル(Brett Hull、2004年にチームに移籍)がチームに在籍した期間中の5試合に限って着用した。

2005年8月8日、チームはチームオーナーの1人でもあるウェイン・グレツキーがヘッドコーチに就任した。10月8日、グレツキーとボビー・ハルがリング・オブ・オナーの最初のメンバーに選ばれた。15日、ブレット・ハルが引退を発表した[1]。2005-2006シーズン、シーズンを通して苦戦し、チームはカンファレンス12位に終わり、プレーオフ進出を逃した。

さらに悪いことには、2006-2007シーズンはフェニックス移転以降最悪の成績(31勝46敗5延長負)に終わった。

しかし、2006-07シーズンの不振により全体3位の指名権を得たコヨーテズは、カイル・トゥリス (Kyle Turris) を指名した。トゥリスは2008年4月3日にNHLデビューを果たした[1]。

2007-2008年は、ドラフトで指名したピーター・ミューラー (Peter Mueller) やマーティン・ハンザル (Martin Hanzal) を中心としてチーム作りを行った。一方でカーティス・ジョセフ (Curtis Joseph) を不安だと見たチームは、アレックス・オールド (Alex Auld) やデービッド・アビッシャー (David Aebischer) を獲得。前年とは一味違った形で開幕を迎えた。

2009年9月24日、グレツキーはヘッドコーチを辞任した[2]。

2009年5月に球団は破産を申請。通信機器メーカー・ブラックベリー の元CEOのジム・バルシリーがカナダのオンタリオ州ハミルトンへの移転を前提として球団の買収に名乗り出たが、アリゾナ州からの移転を認めないNHLによって阻止され、チームはオーナー不在となってNHLの管理下に入った。

チームをアリゾナ州に留め置くことが足枷になり、4年経過した2013年8月にチームの売却先がようやく決まり、オーナーグループはNHLから2億2500万ドルで球団を購入した。この時、チームは5000万ドルの損失を被った場合には5年後に移転できるという条項を盛り込んでいた。

2014年1月29日、チームは2014-15シーズンより名称をアリゾナ・コヨーテズ(Arizona Coyotes)に変更すると発表した[3]。

2015年-2017年まで恐らく日本人としては初めて若林弘紀がアリゾナ・コヨーテズの下部組織であるアリゾナ・ジュニア・コヨーテズで指導を始める。[4]

2020年12月に多発性骨髄腫闘病中の若林弘紀を励ます応援メッセージが公式HPにて掲載される。[5]

2021-22シーズンからは、シアトル・クラーケンの参入に伴い、コヨーテズはセントラル・ディビジョンに移動した。

2022年にグレンデール市がコヨーテズとのリース契約の更新を見送ったことにより、同州テンピにあるアリゾナ州立大学のマレット・アリーナに移転した[6]。

2024年4月18日、新たなホームアリーナ建設の目途が立たないことから2024-25シーズンより活動を休止することを発表。球団の資産はNBAユタ・ジャズのオーナーでもあるライアン・スミスに売却され、ユタ州ソルトレイクシティを本拠地とする新たなチームが創設されることが発表された[7]。コヨーテズは2029年までにホームアリーナの問題を解決できればエクスパンションチームとしての活動再開が予定されていたが、アリーナの建設予定地としていた土地の競売をアリゾナ州土地局が中止したことによりオーナーのアレックス・メルーロが再建を断念したため、北米4大プロスポーツリーグのチームとしては、1978年のクリーブランド・バロンズ(NHL)以来の球団消滅となった[8]。

2024年6月13日、NHLはコヨーテズに所属していた選手・コーチ・スタッフ及びドラフト指名権を引き継いだ新チーム、ユタ・ホッケークラブ(現ユタ・マンモス)のロゴ、チームカラーを発表した。[9]なお、コヨーテズの歴史は引き継がれず同クラブは解散扱いとなり、1972年の旧ウィニペグ・ジェッツのWHA加盟から52年、2つのリーグ(WHA・NHL)・4つの都市(ウィニペグ・フェニックス・グレンデール・テンピ)をまたいで活躍した同クラブの歴史にピリオドが打たれた。

シーズン別成績

年 試合 勝 敗 引分 延長敗 得点 失点 ポイント 最終順位 プレーオフ(相手チーム)
1996-97 82 38 37 7 - 240 243 83 セントラル3位 カンファランス準決勝敗退 (ANA)
1997-98 82 35 35 12 - 224 227 82 セントラル4位 カンファランス準決勝敗退 (DET)
1998-99 82 39 31 12 - 205 197 90 パシフィック2位 カンファランス準々決勝敗退 (STL)
1999-00 82 39 31 8 4 232 228 90 パシフィック3位 カンファランス準々決勝敗退 (COL)
2000-01 82 35 27 17 3 214 212 90 パシフィック4位 不参加
2001-02 82 40 27 9 6 228 210 95 パシフィック2位 カンファランス準々決勝敗退 (SJ)
2002-03 82 31 35 11 5 204 230 78 パシフィック4位 不参加
2003-04 82 22 36 18 6 188 245 68 パシフィック5位 不参加
2005-06 82 38 39 - 5 246 271 81 パシフィック5位 不参加
2006-07 82 31 46 - 5 216 284 67 パシフィック5位 不参加
2007-08 82 38 37 - 7 214 231 83 パシフィック4位 不参加
2008-09 82 36 39 - 7 208 252 79 パシフィック4位 不参加
2009-10 82 50 25 - 7 225 202 107 パシフィック2位 カンファランス準々決勝敗退(DET)
2010-11 82 43 26 - 13 231 226 99 パシフィック3位 カンファランス準々決勝敗退 (DET)
2011-12 82 42 27 - 13 216 204 97 パシフィック1位 カンファランス決勝敗退 (LA)
2012-13 48 21 18 - 9 125 131 51 パシフィック4位 不参加
2013-14 82 37 30 - 15 2126 231 89 パシフィック4位 不参加
2014-15 82 24 50 - 8 170 272 56 パシフィック7位 不参加
2015-16 82 35 39 - 8 209 245 78 パシフィック4位 不参加
2016-17 82 30 42 - 10 197 260 70 パシフィック6位 不参加
2017-18 82 29 41 - 12 208 256 70 パシフィック8位 不参加
2018-19 82 39 35 - 8 213 223 86 パシフィック4位 不参加
2019-20 70 33 29 - 8 195 185 74 パシフィック5位 第1ラウンド敗退 (COL)
2020-21 56 24 26 - 6 153 176 54 イースト5位 不参加
2021-22 82 25 50 - 7 207 313 57 セントラル8位 不参加
2022-23 82 28 40 - 14 228 299 70 セントラル7位 不参加
2023-24 82 36 41 - 5 256 274 77 セントラル7位 不参加

永久欠番

# 国籍 ポジション 選手名 備考
19 カナダの旗 右ウィング シェーン・ドーン (Shane Doan) 2019年2月24日認定

脚注

  1. 1 2 “Team”. NHL. 2015年2月23日閲覧。
  2. ↑ Greg Wyshynski (2009年9月25日). “Seven reasons why Wayne Gretzky failed as Coyotes coach”. Yahoo! SPORTS. 2015年2月23日閲覧。
  3. ↑ Coyotes Announce Team Name Will Change to Arizona Coyotes Beginning in 2014-15 PhoenixCoyotes.com
  4. ↑ “若林弘紀|note”. note(ノート) (2020年6月25日). 2023年12月17日閲覧。
  5. ↑ “Hiroki Wakabayashi: He Betters Goalies as He Battles Cancer | Arizona Coyotes” (英語). www.nhl.com (2020年11月30日). 2023年12月17日閲覧。
  6. ↑ “Report: Coyotes working on deal to play at 5,000-seat arena at ASU” (英語). www.sportsnet.ca. 2025年5月30日閲覧。
  7. ↑ “NHLコヨーテスがユタ州へ移転、24~25年シーズンから新チームで活動、所属選手も新天地へ”. 日刊スポーツ. 2024年4月19日. 2024年4月19日閲覧.
  8. ↑ https://www.sportsnet.ca/nhl/bettman-confirms-meruelo-will-not-be-re-activating-coyotes-franchise/(英語).2024年6月26日閲覧。
  9. ↑ “This Is Utah's Team”. 2024年6月19日閲覧。

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