生態系サービス 生態学

生態系サービス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/11 17:11 UTC 版)

生態学

虹の松原:防風が目的で植えられたマツが、優れた景観をもたらしている

生態系サービスを理解するには、「生物と環境の相互作用・基本原理についての科学」生態学の基礎についての理解が必要になる。生物と環境の交互作用のスケールは、大きさは微生物から景観まで、時間はミリ秒から百万年単位まで変わりえるので、それらのエネルギー循環・物質循環を特徴づけて記述するには、多方面の注意が必要になる。

たとえば、森の生態系について述べるならば、地表には腐葉土が堆積しており、土壌中には微生物が生息する。それらは、有機物の除去・水の浄化・土壌流出防止などのサービスを提供している。複数のサービスが、しばしば付随的に生じることに注意が必要である。たとえば、防風林(調整サービス)として植樹された虹の松原が、現在は優れた景観を持つ名勝として文化的サービスをも提供している例などが挙げられる。

生物・プロセス・地球環境の相互の関係がどのように絡み合っているかを理解する上で、地球の生態系の複雑さは難解さの元になる。生態系サービスは人間生態学[* 8]と関連している。生態系サービス研究の計画として、以下のステップを含むことが提案されている[14]

  1. 生態系サービス提供者(ESPs, ecosystem service providers :特定の生態系サービスを提供する生物種または生物群集)の同定 。それらの機能的な役割および関係の特徴づけ。
  2. 自然景観中でESPsがどのように機能するかについて影響を与える生物群集構造の様相の決定。たとえば、ESPs機能を安定させる補償反応や、ESPsを損なうかもしれない特定生物の絶滅シーケンスなどの分析。
  3. サービス供給の鍵となる環境(非生物的)要因の評価。
  4. ESPsおよびそのサービスが作用する空間的・時間的規模の測定。

ESPsの効率と量について異なる種の相対的重要度を定量化することを通して、ESP機能の評価を改善・標準化する技術が開発された[16]。 そのようなパラメータは、生物種が環境(捕食者・資源の利用可能性・気候)の変化に反応する方法の指標を提供し、 生態系サービスを提供する非常に重要な生物種を特定することに役立つ。しかし、重大な欠点として、その技術では相互作用の影響を説明できないことが挙げられる。そして、その相互作用は、生態系を維持する際にしばしば複雑かつ基本的であり、その中にすぐに見つけられない優占させるべき生物種を含むことがある。そうであっても、生態系の機能的な構造を推定し、それを個別の生物種の特徴に関する情報と組み合わせることは、環境変化にさらされている生態系の回復力を理解することの助けになる。

多くの生態学者も、生態系サービスの供給は生物が多様であることで安定化が可能であると思っている。また、生物多様性が増えることは、社会が利用できる生態系サービスの種類を増やすことになる。生態系とそれによるサービスの管理のためには、生物多様性と生態系の安定性の関係を理解することが必須である。この生物多様性と生態系の安定性に関する仮説を、以下の副節に紹介する。

Redundancy hypothesis

(仮訳:冗長性仮説)生態学的における「冗長性の概念」は、時々「機能的な補償」と呼ばれ、複数の生物種が生態系の中で所定の役割を果たすと仮定している[* 9][17]。 より詳しくいうと、特定の生物種だけがサービスの提供の役割を負っているとき、生態系の安定性の維持には、ストレスがかかっている。このような状態は、さらなるストレスを生態系にもたらし、しばしば以降の撹乱に対する感受性を高めてしまう。冗長性仮説は、「同じ役割を持つ生物種が複数いることが生態系の回復力を強化する」と、纏めることができる[18]

Rivet hypothesis

(仮訳:リベット仮説)この仮説では、各々の種の消失が生態系の機能に与える指数的影響を説明するために、飛行機を留めているリベット比喩を使う。時々「リベット抜き」と表現される[19]。 もし、1つの生物種のみが失われたならば、生態系の効率全体への影響は比較的少ない。しかしながら、いくつかの種が失われるならば、飛行機の翼があまりに多くのリベットを失うと崩壊するように、生態系は根本的に崩壊する。この仮説では、生物種はその役割において比較的に特化していると考える。また、異なる生物種が互いに補償する能力は、「冗長性仮説」よりも少ないとしている。その結果、いかなる生物種の損失でも、生態系のパフォーマンスにきわめて重大である。「冗長性仮説」と「リベット仮説」との鍵となる違いは、種の損失が全体の生態系機能に影響を及ぼす率である。

ポートフォリオ効果

ポートフォリオ効果とは、生物多様性を金融商品ポートフォリオに喩えるものである。投資ボラティリティ[* 10](ここでは、生態系サービスの安定性に関するリスク)は、内容の多様化によって最小化される[20]。 これは、ある生物種群が与えられた環境の撹乱に対して、生物種ごとに異なる反応を示す「反応の多様性」の概念と、ポートフォリオの効果に類似点があるためである。したがって、多くの生物種が共存するとき、サービスの健全性を保存する安定機能が構築される[21]

これら3つの仮説について、野外および研究室内[* 11]で検証実験が行なわれている。室内実験では、植物の根(根系)の周囲のミミズおよび共生バクテリアの影響について、集中的に研究が行なわれた[19]。これらの実験は、リベット仮説を支持するようである。しかし、ミネソタ州の大草原での別の実験は、他の多くの野外実験と同じく、冗長性仮説を支持するようである。[22]


  1. ^ エコロジカルサービス”. EICネット- 環境用語集. 2008年7月5日閲覧。
  2. ^ 厳密には生態系サービスは経済学上のである。供給サービスの産物(食糧・飲料水・木材・バイオマス燃料など)は有形の財、その他の生態系機能はサービスに分類される。
  3. ^ Costanza, Robert; Ralph d'Arge, Rudolf de Groot, Stephen Farber, Monica Grasso, Bruce Hannon, Karin Limburg, Shahid Naeem, Robert V. O'Neill, Jose Paruelo, Robert G. Raskin, Paul Sutton and Marjan van den Belt (1997). “The value of the world's ecosystem services and natural capital”. Nature 387: 253-260.  - 人為的な経済活動による世界総生産は、この論文では年間約18兆ドルとされている(これは当時の値であり、2017年時点での世界総生産は約80兆ドルである)。
  4. ^ a b 環境省生態系サービス『絵で見る環境白書・循環型社会白書』(平成19年版)https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/zu/h19/html/vk0701020100.html#1_22008年7月5日閲覧  環境白書に記載の分類にしたがって、英語版の記述を整理すると5種類。海外では、「保全サービス」以外の4種類を挙げることが主流である。
  5. ^ 物質循環の一種。生物が必要とする物質が生物圏を循環すること。 (エンカルタ百科事典ダイジェスト. “栄養循環”. 2008年7月5日閲覧。
  6. ^ 生態系サービスを生み出す元になる自然を「資本」とみなしたもの - 生態系のサービス”. 生態系と持続可能な経済系. 2008年7月5日閲覧。
  7. ^ a b 環境白書の分類では「調整サービス」
  8. ^ 自然環境・社会環境・人工環境と人間の関連についての生態学(human ecology)
  9. ^ 簡単に言えば、生態系の中には同じ役割を果たす種が複数いると仮定していること。
  10. ^ 生物統計学など一般の統計学の偏差・変動に相当する。通常は標準偏差で示す。野村證券 - 証券用語解説集 - ボラティリティ
  11. ^ ECOTRON:多くの生命および非生物的な自然要因をシミュレーションできるイギリスの研究施設
  12. ^ 財務省財務総合政策研究所 - 栗山浩一 (2005). “環境政策の費用便益分析”. フィナンシャル・レビュー 77: 149-163. http://www.mof.go.jp/f-review/r77/r77_149_163.pdf 2008年7月14日閲覧。. 
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  6. ^ Leopold, A. (1949). A Sand County Almanac and Sketches from Here and There. Oxford University Press, New York.
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  25. ^ DeFries, Ruth S; Jonathan A Foley, and Gregory P Asner (2004). “Land-use choices: balancing human needs and ecosystem function”. Frontiers in Ecology and the Environment 2: 249-257. http://www.esajournals.org/perlserv/?request=get-abstract&issn=1540-9295&volume=002&issue=05&page=0249&ct=1 2008年7月13日閲覧。. 
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