核酸 化学的性質

核酸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/20 04:30 UTC 版)

化学的性質

変性

核酸や蛋白質などの巨大分子に起こる現象の一つで、一般的に二次以上の構造に関係している非共有結合交互作用の破壊を指し、核酸の場合では二本鎖から一本鎖の変換を意味し、[注 1]慣用的に融解といわれる。変性の化学的外因は紫外線、熱、加圧、攪拌、酸・塩基、溶媒のイオンなどである。これらのような刺激を与え続ければ、核酸の螺旋構造(以下、単に螺旋構造といえば二重螺旋の二次構造を指し、螺旋分子といえばその構造を持った核酸分子を意味する)は解けてゆき、最終的には平行していた鎖が完全に解離し、一本鎖となるだろう。この遷移の所要時間をその螺旋構造の安定性といえる。鎖の解離は対向塩基間の水素結合の切断によって進行するが、G/C塩基対の3本の結合より、A/T塩基対の2本の塩基対の破壊が容易であることは明らかである。スタッキング相互作用も安定性に関わるが、それはの項で詳述する。

また、溶液のイオン強度にも影響を受ける。螺旋分子の主鎖には負電荷を持つリン酸基があり、2本の鎖上のこれらの負電荷は互いに近くにあるので、遮蔽されていなければ鎖同士を反発させようとし、分離を促す。イオン濃度が高いと、陽イオンによって負電荷を遮断し、螺旋は安定化される。

G/C含量が増えるたびに、また溶液のイオン強度が強くなるたびに、変性にかかる時間は増加する。溶液のイオン濃度(他に温度、pHなども)を一定に保てばこの時間は塩基組成に依存するので、測定により、その螺旋構造の安定性を定量化することができる。安定性の指標として主に、温度、pH、塩基組成からの計算などがあり、それぞれ、TmpHmと表す。以下にそれぞれの詳細を記述する。

Tmの値[1]

融解温度という。螺旋分子溶液を徐々に加熱すると、そのポリヌクレオチドに特異的な一定の温度範囲内で、その溶液の性質が急変する。温度の増加に伴う種種の性質の変化は螺旋構造の崩壊の進行に比例する。加熱前の螺旋分子の温度と、変性完了の瞬間の温度の、中間の温度が融解温度なのである。熱変性には旋光度粘度の減少、沈降定数の増大などを伴うが、この遷移の経過の検出に最も広く用いられる変化は吸光度の増加である。そこで、吸光度の観測実験を例に取り上げ、Tmの具体的な説明をする。

種種の螺旋分子の溶液を加熱したときの吸光度の変化を観察すると、明らかに狭い温度範囲で吸光度の増加が起こり、ある温度から再び吸光度は一定になる、という特徴が見られる。上昇が止まった吸光度は二次構造の完全な崩壊を意味するので、遷移の途中での螺旋部分の割合(θ)と、非螺旋部分の割合(1-θ)は次の式で求められる。

ここでD, Dt, D0は、完全に変性した分子の吸光度、ある中間温度でのポリヌクレオチド溶液の吸光度、低温でのポリヌクレオチドの吸光度である。 上で「変性完了の瞬間の温度の、中間の温度が融解温度」と述べたが、この式から表現すると、融解温度とは「螺旋部分の割合と非螺旋部分の割合が等しくなる(θ = 1 - θ = 0.5)温度」である。

Tmの値は、一定の外部条件化では一定であり、ためにその構造のみで規定される螺旋分子の安定性を指標することができる。

pHm

pHmは、上昇前のpHと、変性の完了の瞬間のpHの、中間のpHの値である。定義については上のTmで、温度をpH、TmをpHmを代入したものと同様であるので、pHm について特に解説することはない。以下に、両者の変性過程に共通して関わることを述べる。

螺旋分子の変性の遷移過程の特徴として、nativeの状態から変性状態へ遷移するときの遷移間隔の幅(⊿Tm、⊿pHm)があげられる。螺旋分子の変性過程を、上で示した吸光度の観測実験のように解析した結果において、1-θ曲線に対する点での接点が、直線1-θ=1(全変性)、および1-θ=0(未変性)と交差する温度の差から求められる。これは遷移の協力性[注 2]、すなわち温度(pH)の上昇に伴う螺旋構造の要素のすべてが崩壊する同時性の度合いを反映する。螺旋構造がある温度で同時に消失するとき、⊿Tm(⊿pHm) = 0となる。DNAは決してそのような融解はしない。

今まで二重螺旋のことばかり扱ってきたが、核酸には一重や、三重、四重螺旋も存在し、また部分的に二重螺旋を持つ三次構造も存在する。それらと比べ、単一の種類の螺旋分子の未変性温度およびpHは極めて低く、また⊿Tmは特徴的に低い(3〜7℃)ので、他の構造とほとんど区別できる。

- Δ G37°

構造安定エネルギーという。上で示した通り、螺旋構造の安定性はG/C含量に依存することを述べたが、実はそれだけでなく、スタッキング相互作用も関与している。水素結合は螺旋の軸に垂直に、スタッキング相互作用はほぼ平行に形成されるため、両者の、安定性への寄与を分けて考えることが可能である。は37度における構造形成の自由エネルギーを意味し、は水素結合とスタッキング相互作用の両者の寄与から予想された、安定性の指標の一つである。

この指標はI. Tinocoら[注 3]が1971年に最塩基対モデルとして提案され、このモデルは「核酸の塩基対形成に関して最も影響を与えるのは既に生成している隣の塩基対である」という考えを基本にしている。なぜなら、水素結合の強度は1塩基対における二つの塩基の組み合わせに決定され、スタッキング相互作用は距離の6乗に反比例するので、ある塩基対と隣接塩基対のさらに隣の塩基対との間に働く力は無視できると考えられるためである。すなわち、螺旋構造の安定性は、隣接する塩基対の足し合わせによって求められると考えられた。

螺旋構造において可能な最近接塩基対の組は、DNA/DNAおよびRNA/RNAで10種類、DNA/RNAで16種類である。[2]

    1.  DNA/DNA二重螺旋
 DNA          
            
            
 DNA          
 DNA          
        
        
 DNA          
    1.  RNA/RNA二重螺旋
 RNA          
             
            
 RNA          
 RNA           
        
        
 RNA          
    1.  RNA/DNA二重螺旋
 RNA          
          
           
 DNA          
 RNA          
          
           
 DNA         

もし螺旋構造の安定性がこのモデルに従えば、異なる塩基配列を持つ螺旋分子同士でも、同じ最近接塩基対の組成を持つのなら安定性は等しい。最近接塩基対モデルから、上図に示した最近接塩基対の組の構造安定エネルギーの実験的測定の網羅から、構造安定性は解読されている。


  1. ^ 蛋白質の変性については変性#変性(生体高分子)参照
  2. ^ КООПБРАТИВНОСТЬの暫定的和訳。英語ではcooperativeness
  3. ^ I. Tinoco, Jr., O. C. Uhlenbeck, M. D. Levine
  1. ^ N. K. カチェトコフ/E. I. ブドフスキー 編、橋爪たけし 監訳「核酸の有機化学 上」 1974年 講談社出版
  2. ^ 下の図のアイディアは杉本直己「遺伝子化学」2002年 p36 に書かれている図3.9から流用
  3. ^ “Nucleic Acid Contents of Japanese Foods”. NIPPON SHOKUHIN KOGYO GAKKAISHI 36 (11): Table 2. (1989). doi:10.3136/nskkk1962.36.11_934. 


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