山崎蒸溜所 製造

山崎蒸溜所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/13 06:19 UTC 版)

製造

山崎蒸溜所の特徴は非常に多彩な原酒を造り分けられる点にある[2]。度重なる改修工事の結果、2024年時点の山崎ではサイズ、形状、加熱方式、冷却方式が異なる8対16基のポットスチルが稼働しており、それらに2種類の糖化槽と発酵槽、複数種類の熟成樽を組み合わせることで、世界的にも類を見ないほど多様な造り分けが可能になっている[3]。その種類は100以上に及ぶ[48]。このような複雑なウイスキーづくりを行うようになった理由について評論家のチャールズ・マクリーンは、日本の蒸留所間に原酒交換の文化がないことを指摘し、単一の蒸留所で複雑なブレンドを行うには必然的に多種多様な原酒を作らざるを得ないからであると述べている[49]

製麦

麦芽のフェノール値は0 – 40 ppm[4]、40 ppmの麦芽を使った仕込みは年末に行われることが多い[50]。一度の仕込みに4 – 16トンの麦芽を消費する[4]。1924年にウイスキーづくりを始めた当時は国産大麦とイギリスピートを使って蒸留所内でモルティングが行われていた[50][51]。しかし1969年にはフロアモルティングが廃止され、1969年に導入した機械式のモルティングも1972年には廃止、以降はイギリスの専門業者(モルトスター)から麦芽を調達するようになった[50][4]。創業100周年となる2023年には、1回あたり1.1トンという極小サイズではあるもののフロアモルティングを再開している[52][53]

フロアモルティング用の発芽室は1.4トンの大麦を広げられるスペースが2箇所あり、冷涼な気候を再現するために室温は一年を通じて15℃に保たれている[53]。大麦の浸水・断水を繰り返す工程がおよそ2日、発芽室に大麦を広げて発芽を促す工程がおよそ4日である[53]。その後はドイツ製の熱風乾燥機で乾燥させ、除根などの仕上げ工程を経たのち、麦芽としてウイスキーづくりに使用できるようになる[53]。ピートを焚いて乾燥させる設備はない[54]。サントリーのチーフブレンダーである福與伸二はフロアモルティングした麦芽で作った原酒について「非常にリッチでコクのあるスピリッツになっています」と述べている[54]

仕込み・発酵

マッシュタン。左が容量100,000リットル、右が25,000リットル
木製のウォッシュバック

仕込みに使う水は敷地内の井戸から採水しており、水源は天王山を始めとした京都西山である[4][50]硬度は90mg/Lであり[4]、硬水を使うことで知られるグレンモーレンジィ蒸留所と同程度である[55][56]

マッシュタン(糖化槽)はステンレス製で、容量100,000リットル(17.6トン)と25,000リットル(4.5トン)の合計2基が稼働している[4][57]

ウォッシュバック(発酵槽)は1988年まではすべてステンレス製のものだったが、同年の改修で木製のものが導入された[22][注釈 9]。2024年時点では合計20基が稼働しており、その内訳は木製(材木はダグラスファー、容量40,000リットル。温度調節機能はない)が8基、ステンレス製(容量140,000リットル)が6基、ステンレス製(容量80,000リットル)が6基である[4][17]。ステンレス製のウォッシュバックはすっきりとした風味に、木製のウォッシュバックは複雑で重厚な風味につながる[58]。発酵に使う酵母の多くはサントリー自社製のもので、ウイスキー酵母ビール酵母を併用している[4][22]。発酵時間は65 – 75時間[4]

蒸留

ポットスチル

山崎のポットスチルは初留・再留合わせて全部で16基ある[2]

初留器は8基あり、容量は15,000リットルで統一されている[4]。内訳はストレート型が6基、バルジ型が2基である[4]。加熱方式はすべてガスによる直火式、冷却方式は6基がシェル&チューブ、2基がワームタブである[4]。蒸留にかかる時間は7 – 8時間[4]

再留器も8基あり、内訳はストレート型が3基、バルジ型が5基である[4]。容量は8,000 – 10,000リットル[4]。加熱方式と冷却方式はすべて統一されており、蒸気による間接加熱式とシェル&チューブ方式をそれぞれ採用している[4]。蒸留にかかる時間は7 – 8時間[4]

熟成・瓶詰め

ダンネージ式の熟成庫

樽詰め時のアルコール度数は63.5度未満で、熟成環境によって適切な度数に調整される[4]。山崎の熟成庫はダンネージ式ラック式がどちらもあるが[59]、熟成場所は必ずしも山崎であるわけではなく、白州蒸溜所滋賀県の近江エージングセラーで熟成させることもある[4]。山崎で熟成されるのは生産量のうち1割程度である[59]

熟成に用いる樽はシェリー樽、スパニッシュオーク樽、ミズナラ樽などさまざまなものを用いている[48]。かつては山崎にクーパレッジ(製樽所)があったが、1980年代後半に滋賀県の近江クーパレッジへと移設された[59]

1924年に初めて原酒が詰められた樽はイギリスから輸入されたシェリー樽であり、中身は既に空であるものの2022年現在でも山崎の熟成庫内に保管されている[60][61]

パイロットディスティラリー

山崎蒸溜所内には実験的な製造を行うためのパイロットディスティラリーが存在する[4]。設置は1968年[62]。蒸留所内のワンフロアに設置されており、製造設備が一通り揃っているほか、樽詰め設備やテイスティングルームなども備えている[63]。山崎蒸溜所のブレンダー室長である野口雄志は「設立当時から技術開発や研究開発のための原酒づくりを行ってきたパイロットディスティラリーは、まさにサントリーウイスキーの基幹となる施設です」と述べている[63]

製造設備はポットスチルが1対2基あり、初留器は直火加熱と電気加熱のハイブリッド式、再留器は間接加熱式、容量は2,300リットルと極小である[64]。糖化槽と発酵槽もポットスチルに合わせたサイズであり、糖化槽は複数方式での仕込みに対応、発酵槽はステンレス製で温度調整が可能なタイプである[63]


注釈

  1. ^ 1923年は蒸留所の建設が始まった年であり、蒸留を開始したのは1924年である[3]
  2. ^ ヘルメスウイスキーはラベルに「ヘルメス・オールド・スコッチ・ウイスキー」とあったが、実際にはウイスキーの定義に当てはまらない模造品であり、もちろん「オールド」でも「スコッチ」でもなかった[6]
  3. ^ 山崎の気候は年月を経て変化しており、2018年時点では霧の立つ日は月平均1 – 2日ほどである[17]
  4. ^ ロングモーンは竹鶴が1919年にウイスキーの製造実習を受けた蒸留所である[20]
  5. ^ 輸入品スコッチウイスキーのジョニーウォーカー黒ラベルが5円であった[24]
  6. ^ その後の竹鶴は北海道に渡り大日本果汁(のちのニッカウヰスキー)を創業し[28]、1936年に余市蒸溜所でのウイスキーづくりを開始した[29]
  7. ^ 供給は1949年まで続いた[35]
  8. ^ リリース当初は年数表記がなかったが、1986年からは12年と記載されるようになった[40]
  9. ^ 創業初期の写真では木製のウォッシュバックのようなものが使われていたように見えるが、それを裏付ける記録はない[22]
  10. ^ 採点は100点満点で、75点を平均点としている[68]

出典

  1. ^ a b c d 土屋 & ウイスキー文化研究所 2024, p. 20.
  2. ^ a b c d e f g h i j k 土屋 & ウイスキー文化研究所 2024, p. 21.
  3. ^ a b 土屋 & ウイスキー文化研究所 2024, pp. 20–21.
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 土屋 & ウイスキー文化研究所 2024, p. 22.
  5. ^ ジャクソン 2007, p. 252.
  6. ^ a b c エイケン 2018, p. 21.
  7. ^ 土屋 & ウイスキー文化研究所 2022, p. 235.
  8. ^ a b エイケン 2018, p. 22.
  9. ^ a b c d e 土屋 & ウイスキー文化研究所 2022, p. 238.
  10. ^ エイケン 2018, p. 23.
  11. ^ エイケン 2018, pp. 23–25.
  12. ^ a b 土屋 & ウイスキー文化研究所 2022, p. 237.
  13. ^ エイケン 2018, p. 25.
  14. ^ エイケン 2018, pp. 25–26.
  15. ^ エイケン 2018, p. 26.
  16. ^ a b エイケン 2018, p. 236.
  17. ^ a b c d e f エイケン 2018, p. 94.
  18. ^ ウイスキーづくりの理想郷、山崎の地を訪ねる ~水無瀬神宮と天王山~”. suntory.co.jp (2021年8月30日). 2024年2月15日閲覧。
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  20. ^ エイケン 2018, p. 24.
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  22. ^ a b c d エイケン 2018, p. 96.
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  31. ^ 土屋 & ウイスキー文化研究所 2022, pp. 240–241.
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  37. ^ 土屋 2007, p. 236.
  38. ^ エイケン 2018, p. 49.
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