山崎董洤とは? わかりやすく解説

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山崎董洤

読み方やまさき とうせん

幕末・明治画家江戸生。字は始達、号は青〓道人・古骨道人花鳥画能くする宮内省の命により、上毛より両羽山水山花写して奉った。また皇居御造営の際、杉戸画いた明治26年1893)歿、77才。

山崎董洤

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/01 03:33 UTC 版)

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山崎 董洤(山﨑 董洤、やまざき とうせん、文化14年(1817年)‐明治26年(1893年1月1日)は江戸時代から明治時代にかけての絵師

来歴

山崎董烈の門人。本姓は矢橋。字は如達。董泉、董洤、青螾、石骨堂、青螾道人、古骨道人と号す。

師の山崎董烈の家を継ぎ、師の本姓である井戸氏を称するが後に山崎氏を称した。

小川町に住んでおり、師風を守り、花鳥画をよくした。

産業関係の版画版下絵などを天保から没年にかけて作画している。享年77。下谷法養寺に葬られる。

作品

  • 「大日本国産童蒙一覧」 横判 摺物 明治5年から明治9年 董洤は漆製法一覧、製糸草木一覧などを描く。中島仰山溝口月耕らと合作。

参考文献



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