シャリーア
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人権思想の観点からは以下のような論議が存在する。
奴隷制度
シャリーアには奴隷に関する規定があり、奴隷制度自体を容認している。預言者ムハンマド自身が奴隷を所有していたこともあり、奴隷所有者を悪人と断ずればムハンマドが悪人だったことになってしまうため、現代でも奴隷制度を悪と明言されていない。このため、イスラム教国では奴隷制度の廃止はかなり遅く、最後に廃止されたモーリタニアでは1980年まで奴隷制度が存続していた。
ただし、歴史的にはマムルーク朝などの奴隷身分出身者による王朝も存在しており、西洋的な奴隷とは大きく異なる。アブドゥッラー(神の奴隷)などの名前が広く存在し、奴隷というより僕というニュアンスが強く、生存権[5]、訴権[6]等も保証されていた。また、ムハンマドが所有していた黒人奴隷のビラール・ビン=ラバーフはイスラム教初期における聖人の一人であり、その直系子孫であるハバシー家の称号は「預言者ムハンマドの教友たる黒人奴隷」であり、黒人奴隷が高貴な家柄となっている。このような事情からアラブ社会では奴隷という言葉には欧米や極東ほどネガティブなイメージはない。
奴隷解放を善行として奨励していることや、主人の死亡時点を持って奴隷身分から解放されるなど、欧米のように身分が終身であったり、子孫まで継続することはなく、奴隷の獲得数が減少するに伴い奴隷の人数も減少をたどり、耕作地と水資源の少ないアラビア半島では農奴制が発達しなかった。このことから、アラビア半島では16世紀には奴隷人口は極めて少なくなり、奴隷を所有できるのはごく一部の権力者のみとなり、実質的な意味合いとしての奴隷というのは部族外から雇用された雇い外国人のようなものとなり、欧米のような悲惨な扱いをされる者ではなく、高給優遇される者が大半をしめるようになった。奴隷が軍人や官僚を占めるようになると奴隷が国を支配してしまう奴隷王朝が誕生するなど、奴隷が逆に高い身分になってしまうという逆転現象も起きている。
奴隷が部族地域における実質的な高級官僚となってしまったサウジアラビアでは1962年に奴隷制度の禁止を発令した時に部族解体政策が平行して行われていたこともあり、諸部族から強固に反対され、奴隷制度は憲法であるクルアーンで認められた物であると反論され妥協した結果、新規奴隷のみ禁止で既存の奴隷で希望者のみ奴隷の身分を継続してよいことになった。このため、現在では奴隷といえば権力者の腹心という意味合いになり奴隷が高貴な身分となっている。アラビア半島社会で現代の実質的な奴隷は法制度上は自由民である出稼ぎの外国人労働者となっている。
イスラム社会で欧米的な農奴制が始まったのはエジプトがイスラムに征服されてナイル川流域の肥沃な土地が手に入って征服されたエジプト人が農奴となってからで、このシステムは西へと伝わって行きモーリタニアが最西端となっている。気候的な事情からエジプトの農奴制がシナイ半島より東に逆流することはなかった。 アラビア半島では早い時期に奴隷売買そのものが縮小していったが、エジプトから東のアフリカ大陸北部地域を征服したイスラムはアフリカ大陸北部の住民を奴隷としてヨーロッパ人に売りさばき、その多くがアメリカ大陸へ輸出されていった。このため、イスラム教国でもシナイ半島を境に奴隷制度そのものが大きく異なる。
イスラム教国内での非ムスリムの自由・財産・生命の権利の制限
イスラム法において、イスラムの統治する地域(ダール・アル=イスラム)に居住する異教徒にはズィンミーとして一定の権利保障が与えられる。彼らは自身の宗教を保持することが許され、生命権や財産権も保障される。
しかしここで保障される「信仰の自由」は、近現代におけるそれに比べると制限の厳しいものである。ズィンミーは信仰の内面的保持(内心の自由)は完全に保障されているが、信仰の表明(宗教的な表現・結社の自由)に関しては厳しい制限があり、ムスリムの前で二等市民として控えめに振舞うことが要求されている。具体的には、
- 教会の新築が原則禁止され、修理や増築にも制限がつくこと
- 宗教儀礼のうちいくつかはムスリムの感情を害するとして禁止されたこと、
- 自己の宗教的信条をムスリムの前であからさまに主張した場合、イスラーム・ムハンマドへの批判として死刑に処される場合があったこと
などがあげられる。
そのほかにも、ズィンミーはジズヤと呼ばれる特別の税金を支払わなければならず、時代・地域によっては衣服などに特別のしるしをつけさせられたり、馬への騎乗が禁止される場合もあった。またズィンミーの生命権も、ムスリムの生命権より軽く見られることが多く、ハナフィー学派を除き、ズィンミーを殺したムスリムに死刑は科されない。
現在多くの国でズィンミー制は公式には廃止されているが、イスラム国家を名乗るいくつかの国家では今なお非ムスリムへの厳しい政策が採られることもある。
刑罰
シャリーアにおいては、盗みを犯した人物の腕や足を切断するなどのハッド刑、婚外性交・同性愛・離教などに対する石打ちや斬首による公開処刑など、現代社会においては過酷とされる刑罰が存在している。そのためイランやサウジアラビアなど、シャリーアを国法として採用しているいくつかの国における刑罰は、欧米諸国から人権侵害として強い非難を受けている。
刑罰が科されるには多くの条件が定められており、例として、成人である、判断能力がある、強制された行為でない、故意による犯罪である、貧困などのやむを得ない事情が存在しない、盗まれた物品がきちんと管理された状態であった、盗まれた物品が私有財産である、盗まれた物品の弁償、返却が出来ない、改心の意を示さないなどである。
イランではこれらに該当する過酷な刑罰が実際に執行されることは非常に稀で、窃盗を繰り返し何度も有罪判決を受けたケースに限られ、窃盗犯には1年から5年の禁固刑が裁判官の裁量刑(タージール刑)として科されるケースがほとんどであるとされるが、アフマディーネジャード政権発足以降は、斬手や投石刑などが増えつつあるとの指摘がある[7]。
棄教の禁止
前近代においてはほとんどの学派が、イスラーム法においてイスラームからの離脱は死刑に処されるべきとしてきた。クルアーンには典拠がなく、寧ろ信教の自由が説かれているが[8]、預言者の言行録(ハディース)には、ムハンマドが棄教者の殺害を命じたと記述されている[9]ためである。ハナフィー学派のみ、女性棄教者の場合は再入信するまでの禁固としている。
近代においても、スーダンやアフガニスタンでは依然棄教者への死刑が確認されており、アムネスティの批判を受けている[10][1]。一方、モロッコ宗教庁や北米イスラーム評議会などは棄教者の死刑を過去の慣習とみなしており、該当ハディースは棄教よりスパイ行為を咎めた記述であるとして、棄教そのものに対する処罰は不必要とするファトワーを出している[11][8]。
婚姻時の非ムスリムへの強制改宗
イスラーム法上でも、ムスリム男性は啓典の民に属するユダヤ教徒・キリスト教徒という特定の一神教女性と結婚できるが、妻をイスラム教へ改宗させるのが一般的である。女性が非ムスリム男性と結婚することは法的に禁止されており、男性側にイスラム教への改宗が求められる。男性を改宗させないで女性が結婚したことが発覚した場合、イスラム法では姦通扱いとされ、鞭打ち等に処せられるケースがある[1]。
同性愛
イスラーム世界の少年愛のように、前近代イスラーム社会には成人男性と少年の同性愛が見られることもあったが、近代に入るとイスラーム法の同性愛禁止規定を厳格に施行すべきとする解釈が広まった。現在、シャリーアの地域や国家では同性愛を鞭打ち刑罰対象と見なしている[2]。
- ^ a b c “キリスト教から改宗拒んだ女性に死刑判決 スーダン”. CNN.co.jp. 2019年4月6日閲覧。
- ^ a b “イスラム法のむち打ち刑、初めて仏教徒に執行 インドネシア”. www.afpbb.com. 2019年4月6日閲覧。
- ^ 『世界はこのままイスラーム化するのか』幻冬舎新書 島田裕巳、中田考 2015
- ^ “教えて! 尚子先生「イスラム原理主義」とはなんですか?”. 橘玲×ZAi ONLINE海外投資の歩き方 | ザイオンライン. 2019年4月6日閲覧。
- ^ ハディース "4736 - السنن الصغرى"
- ^ Yvonne J.Seng, "Fugitives and factotums: slaves in early sixteenth-century Istanbul" JESHO , PP.136-169, 1996
- ^ 「マシュハドで4人の窃盗常習犯に対して斬手刑が執行」東京外国語大学2007年9月13日
- ^ a b “Is Apostasy a Capital Crime in Islam?” (英語). Islami City (2015年1月1日). 2020年3月20日閲覧。
- ^ ブハーリーのハディース集成書『真正集』「聖戦」第149節2項、「背教者と反抗者に悔い改めを求めること、および彼らと戦うこと」第2節1項など
- ^ “アフガニスタン:改宗で死刑、今すぐ司法改革が必要”. Amnesty International Japan (2006年3月24日). 2020年3月19日閲覧。
- ^ “イスラム教の背教は死罪に値しない モロッコの宗教当局が新たな見解”. CHRISTIAN TODAY (2017年2月10日). 2020年3月19日閲覧。
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