按察使の組織
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正式名に見える「按察使司」は役所名であり、按察使はその長官である。基本的に各省に一人ずつ配される。ただ例外的に新疆省と台湾省のみは、新疆鎮迪道・台湾道という地方官がその地の按察使をそれぞれ兼務し、単独では配置しなかった。 そして按察使の補佐として配下に経歴・知事・照磨・司獄という官が置かれた。ただし補佐として置かれる官は各省ごとに異同があって一様ではない。たとえば照磨は安徽省や福建省など7省で置かれているに過ぎない。彼らには以下のように具体的な職務があり、その役所も按察使司の付近に置かれている。あるいはその中に有る場合もある。 経歴 - 正式名、経歴司経歴。官位は正七品。以下の知事・照磨・司獄のまとめ役。また主に公文書の出納を司る。 知事 - 正八品。刑罰を実地に調査する。 照磨 - 正式名、照磨所照磨。正九品。事件調書を調べ相互に照らし合わせる。 司獄 - 正式名、司獄司司獄。従九品。按察使司の監獄における囚人拘留の管理。 また上記の官僚たちに仕える胥吏・衙役と呼ばれる人々がおり、雑務をこなした。前者が事務的な処理を行い、後者が肉体労働的な処理(逮捕や看守等)を行った。これも省の規模などにより、人数は様々であった。 この他、按察使本人が個人的に雇用する幕友と呼ばれる私的ブレーンがいた。いわば政策秘書であるが、その存在意義は地方行政にあって無視できないものがある。上奏文の起草や詳しい法律知識など秘書的役割を幕友が担っていた。司法関連で雇用された幕友を特に「刑名幕友」といい、財政関連の幕友は「銭穀幕友」という。なおこの幕友には浙江省、特に紹興出身者(紹興師爺)が多かったことで有名である。幕友のような専門的知識を有する者が必要とされたのは、按察使といえど『大清律令』や『大清会典』について隅々まで熟知していなかったためであり、さらに言えば、官僚となるための試験科挙には法律知識を問うような実務的な内容は一切含まれていなかったことも、幕友を必要とした理由である。官僚の司法的専門知識に関する問題は、清末の官制改革でも焦点となる。 さらに中国の官僚には、出身地との癒着が無いように地元以外の所に赴任する本籍廻避の制というルールがある。そのため任地についての情報に疎くなりがちなため、情報収集や地元有力者との折衝を担う人材が必要であった。また前述の胥吏・衙役は民衆からの手数料を生活の資としたため、ややもすれば利己的行動に走りやすく、それを制御する者も必要であった。
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