初代人民元の発行とデノミネーション実行とは? わかりやすく解説

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初代人民元の発行とデノミネーション実行

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/05 21:51 UTC 版)

人民元」の記事における「初代人民元の発行とデノミネーション実行」の解説

1948年12月1日当時共産党支配下にあった石家荘中国人民銀行開業初代人民元紙幣発行された。額面は1元から最大5万元まで62種類あった。5万元という大き額面必要だったのは、建国前ハイパーインフレーション影響で高い物価上昇率続いていたからである。当時責任者(後に初代行長南漢宸は、「人民幣発行制度貴金属及び外貨基礎とするものではなく解放区人民求め穀物綿布・その他生手段及び生産によって裏付けられている」と述べ社会主義経済円滑な運用によって生み出される信用基盤とする新たな管理通貨制度創出宣言したこの後人民元開始思わぬ形で困難を来たした。当初共産党中国人民銀行国共内戦長期化予想して現在共産党把握している華北華東西北の辺幣を整理して統一した通貨体系にすることを目標とし、中国人民銀行発足する以前同年1月より辺幣の廃止や各辺幣の相互通用措置が行われ、徐々に1元・5元・10元・20元・50元・100元の6種による人民元切り替える予定であった。ところが、この頃より、共産党軍攻勢本格化して予想以上に共産党勢力の拡大進み国民政府金円券回収問題浮上してきたのである。そのため、1元・5元などの小額通貨当面発行延期1949年1月発行開始)して従来の辺幣の維持迫られることになった各地の辺幣は1949年1月から回収人民幣交換が行われ、1951年11月新疆省以ってほぼ完了したまた、金円券回収1949年5月の上占領以後本格化した。また、外貨金銀流通停止され前者公定比価人民元交換するか、人民銀行外貨預金にすることが義務付けられ後者民間所有こそ許されたものの取引用いることや輸出禁じられ輸入国内移動許可制とされた。人民元開始からほぼ2年本土における人民元一本化成功したのである。だが、内戦その後中華人民共和国建設への急展開によって人民元安定せず1949年1年間物価75となった。だが、1950年3月中国本土における国民政府軍抵抗終了し、また同月国家財政収支・重要物資需給国家機関現金収支3つの平衡目指す三平政策」が開始され価格などの価値基準である折実単位国民許可なく一定額以上の現金保有することを禁じる(余剰分は人民銀行預金として預けることが許される現金管理制度などが導入された。これによってインフレーション収束傾向向かったが、インフレ以前価格に戻るには至らず1950年には1万元、1953年には5万元が発行された。1955年3月2代目人民元紙幣発行された。物価安定してきたため、新紙幣発行に伴いデノミネーション実行した2代目人民元は、初代人民元1万元を2代目人民元1元とする比率で、紙幣額面も1分(0.01元)から最大10元までとした。デノミネーションにより、国内物価表記日中戦争前の1937年戻った格好となった

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