不動点アプローチ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 17:01 UTC 版)
数理科学としてのゲーム理論の特徴として、不動点定理の利用が挙げられる。古典物理学を始めとする自然科学における対象物が観察者から独立しているのに対して、社会科学における対象物は観察の対象であると同時にまた社会を観察する主体でもある、という点で自然科学と社会科学は本質的に異なっている。特に、プレイヤーが相互の選択を予測し合うゲーム理論では、各プレイヤーが認識する社会に認識主体である彼ら自身が含まれている。したがって、各プレイヤーの社会に対する認識と認識された事実とが整合的である必要があり、さらに、各プレイヤーから一斉に認識される事実がそれぞれの認識に対して頑健である必要がある。社会科学における均衡(英: equilibrium)とは、プレイヤーが社会に向けた観察と、その社会における彼ら自身の行為や選択との整合性や頑健性であり、このような議論の数学的対応物が不動点定理(英: fixed point theorem)である。ナッシュ均衡(英: Nash equilibrium)とは、各プレイヤーが社会に向けた認識の組と一致するような戦略の組であり、それは認識と行為との対応関係(最適反応関数)の不動点に他ならない。このような不動点議論によって、自然科学における因果関係とは異なる社会科学特有の哲学的基礎を定式化することが可能となる。 1937年にフォン・ノイマンによって発表された論文「経済学の方程式体系とブラウワーの不動点定理の一般化」の中ではブラウワーの不動点定理が用いられていたが、1941年にミニマックス定理の補題としてフォン・ノイマンが部下の角谷静夫に一般化された不動点定理を証明させて以来、ゲーム理論にはこの角谷の不動点定理が広く用いられている。不動点アプローチが含意する社会観や哲学的基礎は、明示化こそされていなかったものの、ワルラス的な模索過程(タトヌマンプロセス(英語版))やマクロ的ケインズ均衡のような従来の経済理論にも潜在するものであった。実際、不動点アプローチはゲーム理論以外の「主流派」経済学の一部においても採用されており、1954年にはケネス・アローとジェラール・ドブルーがブラウワーの不動点定理を用いて、同年ライオネル・マッケンジーは角谷の不動点定理を用いて、それぞれ一般均衡の存在定理を証明している。ゲーム理論を始めとする数理経済学において用いられる不動点定理としては、最も基本的な連続関数に対して適用される「ブラウワーの不動点定理」や連続関数を一般化した「閉対応」に対して適用される「角谷の不動点定理」の他に、選択定理を利用した「ファン=ソネンシャインの不動点定理」や完備束上の関数に対して適用される「タルスキの不動点定理」などが挙げられる。
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