メンバーの選抜
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ニュー・ナインと呼ばれる9名の宇宙飛行士たちは、1959年に選抜した第1期宇宙飛行士であるマーキュリー・セブンと共にジェミニ計画とその後のアポロ計画に参加するために選抜された。 1962年4月18日、NASAは第2期宇宙飛行士を選抜する旨を正式に発表した。 候補者に課せられた基本選考条件は以下のようなものであった。 ・応募者がテストパイロットとしてジェット機で1,500時間以上の飛行経験があること(現役の高性能機パイロットであればなお可) ・軍隊、航空業界、またはNASAで実験飛行の資格を得ていること ・物理学、生物科学、工学のいずれかの分野で学士号を得ていること ・35歳以下のアメリカ国民の男性であること ・身長が6フィート(183cm)以下であること ・属する組織が推薦する人材であること この選考基準は、軍隊に属さない民間人のパイロットに応募資格が与えられた点、選抜に関する情報が航空機会社や政府機関、テストパイロット協会などの多くの機関へ大々的に宣伝された点においてマーキュリー・セブンの選抜方法とは大きく異なっている。 選抜の実施を受け、海軍と海兵隊は選考基準を満たした全てのパイロットの名簿を提出したが、空軍は独自の内部選考を行い、選考を突破した11人の名簿のみを提出した。 1962年6月1日の締切までに253件の応募が寄せられたが、同年7月に行われた医学検査と心理テストによって27名まで絞られ、8月に行われた個別面接によって最終的な合格者である9名が選ばれた。 この選抜を突破したニール・アームストロングによると、この時行われた医学検査と心理テストとは ・耳の中に氷水を長時間入れられたまま我慢する ・長時間氷水の中に足を付ける ・真っ暗な部屋に入れられ、2時間経ったと思ったら外へ出てくるようにと指示される といった普通の健康診断のようなものとは全く異なる不可解なものばかりであり、「身体機能をチェックしているのではなく、巧妙な人体実験に違いない」と感じるほど過酷な検査であったという。 9名の宇宙飛行士たちには9月14日に電話で選抜に合格した旨が伝えられ、9月17日にヒューストン大学にて公式発表が行われた。
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メンバーの選抜
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「マーキュリー・セブン」の記事における「メンバーの選抜」の解説
NASAが当初空中ブランコの曲芸師を採用することを検討していたように、メンバーには柔軟かつ体力のある人物が求められていた。当時のアイゼンハワー大統領は、候補者は大学を卒業したパイロットでなければならないとした。体格の面においては、マーキュリー宇宙船のカプセルの大きさによる制約から、候補者は身長5フィート11インチ(180cm)以下、体重180ポンド(82kg)以下でなければならなかった。 NASAは69名の候補者を選び、より詳細な検査を行うため彼らをワシントンD.C.へ連れて行った。カプセルに乗るには身長が高過ぎるという理由で6名がまず除外された。33名が検査の第一段階で失格となった。4名は、体位変換台、ウォーキングマシン、氷水に足を長時間浸すといった試験に参加することを拒否した。検査の第二段階で更に8名が脱落した。残る18名の中から7名が選ばれ,更に一名を脱落させる予定であったが、三軍のバランスを考慮(空軍・海軍出身各3名、海兵隊出身1名)した結果、7名全てを採用する事としてNASA初の宇宙飛行士が選ばれることになった。
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