自力救済 規定・学説・判例

自力救済

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/10 20:33 UTC 版)

規定・学説・判例

民法のなかで自力救済を規定した条文は存在しない。もっとも、民法233条第4項では「隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることが出来る。」と規定しており、代執行によらない所有権に対する妨害排除を認めている。しかし通説・判例は原則禁止の姿勢をとっている。法律構成としては、占有訴権について定めた民法202条第2項を適用する。どのように入手されたものでも(盗んだものであっても)ひとたび占有された以上占有権が発生し、それを自力で奪い返すと占有権侵害となって不法行為により損害賠償請求権などが相手側に発生する。原則、これを取り戻すためには法的根拠と司法手続が必要となる。

例外規定についての条項もないが、学説では自力救済に関するドイツ民法[3]を参考に論じている。判例もこれを受け、1965年の最高裁判決では、当該事件そのものについては自力救済にあたるとして棄却したものの、一般論として「力の行使は原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によったのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能または著しく困難であると認められ緊急やむをえない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許される」と述べた[4]。しかし判決として自力救済を容認した例はほとんどない。

おもな判例

アパートの家主が賃料不払いを理由に玄関の鍵を交換したことを自力救済として違法性が認められた例
東京地裁平成16年6月2日判決。アパートの家主は、店子とその部下[注釈 4]が家賃を払わないことを理由に賃貸借契約を解除した。この解除は有効と認めた。しかし、大家が当該アパートの鍵を交換したことについては、店子が知る由のないまま行われたことであり、裁判所はこれを占有権の侵害および違法な自力救済にあたると認めた。一方、損害賠償請求については、店子側はアパート室内の書類などを持ち出す猶予も与えられず当該事業の遂行に支障が出たとして賠償を求めたが、裁判所は鍵交換時には既に業務が停止しており逸失利益は認められないとしてこれを棄却した[5]
自力救済の例外を認めた例
横浜地方裁判所昭和63年2月4日判決。マンションの目の前に自動車が3箇月間停めっぱなしの状態にあり、ある住人が再三にわたり督促したものの名義人は意図的に車を移動させなかった。故意に置きっぱなしにしてあると判断し、しびれを切らした住人が車を処分したところ、その所有者が損害賠償請求の訴えをおこした。裁判所は「やむを得ない特別の事情」があるとして損害賠償請求を認めなかった。

国税滞納処分

国税の徴収には大量性・反復性があり、徴収のために煩雑な手続を要するとすれば、効率的な行政の執行を妨げるおそれがある。そのため、その徴収にあたっては国税徴収法により、私債権の実現には許されない自力執行権の手段として、滞納処分の手続きが認められている。

税務署長ほか国税徴収の事務に従事する公務員(徴収職員)、または国税の滞納処分の例による処分を許されている公租公課の徴収に従事する公務員(地方税法における徴税吏員など)は、滞納税について滞納者の財産を強制的に差し押さえ、換価することにより、にかかる債権を履行させる権限を有している。

庁舎管理権

横浜地方裁判所の庁舎出口前に駐車された事例では、横浜地裁が警察に通報するも敷地内であったことから関与できず、最終的には横浜地裁が庁舎管理権を根拠にレッカー移動した[6]。これは私有地への無断駐車が違法行為とされないという過去の判例に対する抗議とみられている[6]

行政代執行

東扇島東公園にバスが放置された事例では、管理する川崎市行政代執行で撤去し、撤去費用などを所有者に請求している[7]


注釈

  1. ^ イギリスアメリカなどの判例法重視の法体系。
  2. ^ むしろ、強制執行そのものは法源なしに自力救済によって行われ、しばしば被執行側の抵抗により争乱や戦争を招いていた。日本刀が普及した理由の一つとして、日常的に争いが発生するため携帯できて咄嗟に使いやすい護身用として優れていたからという意見もある。
  3. ^ むしろ、日本の戦国時代には戦乱による将軍家の権威低下と法そのものの不備により法的救済に対する信頼が失墜して、村落レベルから大名などの領主レベルまで実力行使による自力救済が法的救済に代わって行われていたとすら考えられている。
  4. ^ 実際は部下がアパートを使用して業務にあたっており、店子は部下が罪を犯したことにより身柄を拘束された等の事情を知らなかった。

出典

  1. ^ 高橋一修「自力救済」『岩波講座基本法学8 紛争』
  2. ^ 事務所駐車場に無断駐車されたので賠償請求してみた - 弁護士三浦義隆のブログ - 弁護士の三浦義隆による解説
  3. ^ ドイツ民法229条および859条。
  4. ^ 後掲判例最判昭和40年12月7日。
  5. ^ 賃貸人の自力救済に対する賃借人の損害賠償請求が否認された事例」(PDF)『RETIO』第63巻2006年2月号、一般財団法人 不動産適正取引推進機構、2006年2月、42-43頁。 
  6. ^ a b 横浜地裁の「迷惑駐車問題」はなぜ起きた? 警察では解決出来ない理由は? 可能な対策とは”. くるまのニュース. 2022年7月23日閲覧。
  7. ^ 東扇島東公園に1年以上放置されたバスを川崎市が行政代執行で撤去 費用など計100万円、所有者に請求へ:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2022年7月23日閲覧。


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