盗賊 (小説) 作品評価・研究

盗賊 (小説)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/24 03:45 UTC 版)

作品評価・研究

『盗賊』は発表当時にほとんど反響がなかった作品で、敗戦直後の乱世の時代には「他愛のない“お話”」の人工的な物語としか見なされずに低評であった[17][18][7]。個別作品論もほとんど無い傾向にあり、包括的な作家論の一端として言及される場合が多い[7]

武田泰淳は三島の自評の言葉を受け、「決して〈無慙な結果〉ではない」とそれを否定しつつ[19]、「稚心などという単語と、これほど無縁な作品はない」として、小説技術である「作家が自己の精神を吟味し表現する操作に関して、豊富な手がかりを提出している点では、『仮面の告白』より大切な長編だとも言える」と考察している[19]。そして『盗賊』は「やや神経過敏のため、肉色が蒼ざめたきらいがある」とし[19]論理、説明、主張、警句、才智である「骨」があらわとなっているため、「骨をあらわに示さずに、肉づきだけでよく骨格を知らせる」ようなツルゲーネフの『初恋』の域には至っていないが、「骨なし小説の多すぎる日本にあっては、多少骨のきしみが耳ざわりでも、三島氏の長編の骨格の正しさを尊重し宣揚したい」と評している[19]

磯田光一は、戦後直後の三島の中に「青年期の異性に対する喪失感と世代に内包されていた喪失感とが交錯」していたとし、「〈金閣と共に滅びうる〉という幸福」(完璧な愛の実現)が無くなった戦後の三島にとって、『盗賊』の主人公たちは、「三島の思いえがいた理想の生の形式」であり、過ぎ去った「〈愛〉と〈死〉との饗宴」を「人工的に構築しようとした作品」だと解説している[20]。そして磯田は、『盗賊』の創作自体が「エゴイズムヒューマニズムの旗印をおし立てた戦後の進歩主義思想に対する、逆説にみちた兇悪な復讐行為」であり、「エゴイズムを抹殺する楽しさを描いた作品」だとして、「戦後の進歩主義思想の根底にあった〈有効性〉の観念への果敢な挑戦」だと考察している[20]

川端康成は、三島が最初の長編小説で、「恋人が結婚のその日に心中するといふ心理」に陥り、その作品を『盗賊』と名づけた創作意図に触れつつ[14]、「自殺する二人が盗み去つたもの」は、「すべて架空であり、あるひはすべて真実であらう」とし、以下のように語っている[14]

私は三島君の早成の才華が眩しくもあり、痛ましくもある。三島君の新しさは容易には理解されない。三島君自身にも容易には理解しにくいのかもしれぬ。三島君は自分の作品によつてなんの傷も負はないかのやうに見る人もあらう。しかし三島君の数々の深い傷から作品が出てゐると見る人もあらう。この冷たさうなは決して人に飲ませるものではないやうな強さもある。この脆そうな造花は生花の髄を編み合せたやうな生々しさもある。 — 川端康成「序」(『盗賊』)[14]

また、川端は、三島の作家としての将来について、「人生を確実にし、古典近代、虚空の花と内心の悩みとを結実するやう、かねて望んでゐる」と述べながら[14]、「『盗賊』のやうに青春神秘と美とを心理の構図に盗み切らうとする試みも、三島君の歩みには必然の嘆きの呼吸であらうか」と評している[14]

なお、これらの川端の評言は、三島の中に「半歩間違えば、あちらの世界へ行ってしまう」ようなものを、川端が直感し、「脆そうな造花」は、三島を「生に繋げる細い細い糸」と見ていたと松本徹は解説している[4]。この川端の文章は、その後の三島の作家活動や運命を暗示していたものとして、三島の死後、数多くの三島論で引用されている[注釈 1]


注釈

  1. ^ 松本徹をはじめ、その他多数の三島研究者に必ずといっていいほど取上げられている。

出典

  1. ^ a b c d e f g h 「あとがき――盗賊」(『三島由紀夫作品集1』新潮社、1953年7月)。28巻 2003, pp. 93–97に所収
  2. ^ 江口 1973
  3. ^ 武井・トゥンマン・典子「『盗賊』――ラディゲの『ドルジェル伯の舞踏会』との接点を通して――」(論集II 2001, pp. 189–203)
  4. ^ a b c d e 「第二回 果てしない試行錯誤『盗賊』」(徹 2010, pp. 21–35)
  5. ^ a b c 「四つの処女作」(文学の世界 1948年12月号)。27巻 2003, pp. 122–124
  6. ^ a b 井上隆史「作品目録――昭和22年-昭和23年」(42巻 2005, pp. 388–391)
  7. ^ a b c d e f g 井上隆史「盗賊」(事典 2000, pp. 248–251)
  8. ^ a b 山中剛史「著書目録――目次」(42巻 2005, pp. 540–561)
  9. ^ 久保田裕子「三島由紀夫翻訳書目」(事典 2000, pp. 695–729)
  10. ^ 「第二章 戦中・戦後の苦闘」(佐藤 2006, pp. 39–72)
  11. ^ a b c 「I 青春――『酸模』から『盗賊』へ――恋の破局」(村松 1990, pp. 78–97)
  12. ^ 「蜷川親善宛ての書簡」(1949年)。日録 1996, p. 120、猪瀬 1999, p. 262
  13. ^ 川端康成宛ての書簡」(昭和21年5月12日-昭和23年11月2日付)。川端書簡 2000, pp. 36–61、38巻 2004に所収
  14. ^ a b c d e f 川端康成「序」(『盗賊』真光社、1948年11月)。雑纂1 1982, p. 126に所収。28巻 2003, pp. 95–97、徹 2010, pp. 33–34、太陽 2010, pp. 40–41
  15. ^ 「終末感からの出発――昭和二十年の自画像」(新潮 1955年8月号)。28巻 2003, pp. 516–518に所収
  16. ^ a b 「『盗賊』創作ノート」(1巻 2000, pp. 605–650)
  17. ^ 田中美代子「『盗賊』の完全犯罪」(『三島由紀夫全集27巻』月報 新潮社、1975年7月)
  18. ^ 「戦後派ならぬ戦後派三島由紀夫」(本多・中 2005, pp. 97–141)
  19. ^ a b c d 武田泰淳「解説」(盗賊・文庫 1968, pp. 170–175)
  20. ^ a b 「殉教の美学 第一章 恩寵としての戦争」(文學界 1964年2月-4月号)。磯田 1979, pp. 17–34に所収


「盗賊 (小説)」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「盗賊 (小説)」の関連用語

盗賊 (小説)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



盗賊 (小説)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの盗賊 (小説) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS