百武彗星 (C/1996 B2) 近日点通過とその後

百武彗星 (C/1996 B2)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/21 14:40 UTC 版)

近日点通過とその後

地球接近後、百武彗星は約2等級まで減光した。彗星は1996年5月1日近日点に達し、再び増光して、地球通過時によく見えていたイオンテイルに加えてダストテイルも見せるようになった。しかしこの頃には彗星は太陽に非常に近い位置にあったため、容易には見ることができなかった。百武彗星の近日点通過は太陽観測衛星 SOHO によって観測された。この時の画像には彗星と同時に太陽の大規模なコロナ質量放出が記録されている。近日点での太陽から彗星までの距離は0.23AUで水星軌道よりもかなり内側だった。

近日点通過後、百武彗星は急速に暗くなり、5月の終わりには肉眼で見ることができなくなった。彗星の軌跡は南の空へと下がり、近日点通過後には観測報告は大きく減った。地上からの最後の観測報告は1996年10月24日のもので、この時の光度は16.8等でコマはもはや見えなかった。

百武彗星はかつて約17,000年前に太陽系内部を通過したと考えられている。1996年の回帰の際に太陽系のガス惑星から重力相互作用を受けた結果、その軌道は大きく引き伸ばされ、次に太陽系内部に再び戻ってくるのは約72,000年後とされている (James 1998)。しかし一方で公転周期を約114,000年とするデータもある[3]

科学的成果

探査機による尾の通過

太陽探査機ユリシーズは1996年5月1日に百武彗星の尾を通過した。尾を通過することは計画されていたものではなく予想外だった。ユリシーズがこのような遭遇をしていたことは知られていなかったが、1998年にある研究者達がユリシーズの古いデータを解析した際に、ある時期に陽子の通過個数が大きく減少し、また局所的な磁場の方向と強度が変化していることをユリシーズの観測装置が検出しているのを見つけた。研究者らは、このデータは探査機がある天体、おそらくは彗星の「航跡」を横切ったことを示すものと考えたが、これに対応する天体を同定することはできなかった。

2年後、2つの研究チームが独立にこの時の現象を分析した。磁力計担当のチームは、上述の磁場の方向の変動の様子が、彗星のイオンテイル(プラズマテイル)で生じると考えられる「ひだ」状構造のパターンと一致することに気づいた。磁力計チームはこの原因となる候補を探した。当時の探査機の位置近くには既知の彗星は存在しなかったが、さらに広い範囲を探したところ、百武彗星が1996年4月23日にユリシーズから約5億km離れた位置でユリシーズの軌道面を横切っていることを突き止めた。この時の太陽風の速度は約750km/sだったため、彗星の尾の物質がこの速度で、黄道面から約45度離れ、3.73AUの距離にあったユリシーズ探査機の位置まで流されるには約8日かかると推定された。この磁場測定データから推測されたイオンテイルの配置は百武彗星の軌道面上にある彗星核の位置とよく合っていた (Jones, BAlogh & Horbury 2000)。

もう一つのチームは探査機のイオン組成分光計のデータを調査し、磁場の変動と同時に荷電粒子の検出個数が突然大きく増えていることを発見した。この時に検出された元素の相対存在度から、この現象に対応する天体は彗星に間違いないことが明らかになった (Gloekler, Geiss, Schwadron et al. 2000)。

このユリシーズと百武彗星の遭遇から、百武彗星の尾は少なくとも5億7,000万km (3.6AU) 以上の長さを持っていたことが分かった。これはそれまで知られていた最も尾の長い彗星である1843年の大彗星の尾の2.2AUに対してそのほぼ2倍に達する長さである。

組成

地上からの観測で、百武彗星にエタンメタンが見つかった。これらのガスが彗星から検出されたのはこれが初めてであった。化学分析によって、エタンとメタンの存在量はほぼ同じであることが分かった。これは彗星の氷が太陽から遠く離れた星間空間で作られたことを示唆するものと考えられている。太陽の近くではこのような揮発成分は容易に蒸発してしまうためである。百武彗星の氷は20K以下の低温の環境で作られたはずであると推定されており、このことは、この彗星の核が平均的な星間雲よりは密度の高い環境で形成された可能性を示している (Mumma et al. 1996)。

百武彗星の水の氷に含まれる重水素の量も分光観測によって決定された (Bockelee-Morvan, Gautier, Lis et al. 1998)。重水素と軽水素の比(D/H 比)は約 3 x 10-4 で、これと比較して地球の海水での値は約 1.5 x 10-4 である。地球の海水の起源を説明する説の一つに、海水の大部分は彗星の衝突によってもたらされたとする説があるが、百武彗星やその他のヘール・ボップ彗星、ハレー彗星などの彗星で測定されている高い D/H 比は、この説とは矛盾を生じることになる。

観測により同定された物質として、イソシアン化水素(HNC)、アセトニトリル(CH3CN)などのニトリル[2][3]イソシアン酸(HNCO) などの窒素含有化合物[4]硫化カルボニル(OCS)、二硫化炭素(CS2)、硫黄分子(S2)などの硫黄を含む分子[5]が報告されている[3]

X線放射

ROSAT によって観測された百武彗星からのX線放射

百武彗星の太陽系通過によってもたらされた驚くべき成果の一つに、彗星からX線の放射を発見したことが挙げられる。これは ROSAT 衛星の観測で判明したもので、彗星のコマから非常に強いX線放射が観測された (Glanz 1996)[6]。彗星からのX線放射が観測されたのはこれが初めてだったが、間もなく研究者はほぼ全ての彗星がX線を放射していることを発見した。百武彗星からのX線は核を取り囲む三日月状の領域で最も強く、この三日月形の端は太陽の反対方向を向いていた。

このX線放射の原因は、いくつかのメカニズムが複合していると考えられている。太陽からのX線を天体が反射する現象はのような他の太陽系天体でも見られるが、百武彗星のX線フラックス全体を太陽X線の反射で説明することはできないと思われている。彗星の希薄なコマではX線を十分に反射することができないためである。太陽風に含まれる高エネルギー粒子が彗星物質と相互作用してX線を放射するという過程も、彗星からのX線の多くに寄与する有力な候補と考えられている。2000年チャンドラ衛星によって行われたLINEAR彗星の観測で、この彗星から観測されるX線の大部分は太陽風に含まれる窒素及び酸素のイオンと彗星のコマに含まれる中性水素原子との衝突による荷電交換反応で生成した励起イオンから放射されていることが明らかになった。

核の大きさと活動性

アレシボ天文台でのレーダー観測によって、百武彗星のは直径約2kmで、核から数m/sの速度で放出された小石サイズの粒子の「雨あられ」がその周囲を取り巻いていることが分かった。この核の直径の測定値は赤外線放射や電波の観測から間接的に見積もられた値とよく一致している (Sarmecanic, Fomenkova, Jones & Lavezzi 1997; Lisse, Fernández, Kundu et al. 1999)。

このように核のサイズが小さい(ハレー彗星の核は直径約15km、ヘール・ボップ彗星は約40km)ことから、百武彗星は増光時にかなり激しい活動が起きたことが示唆されている。多くの彗星ではガス放出は核表面の狭い範囲でしか起こらないが、百武彗星では表面の大半または全体で放出活動が起こったと推定される。ダストの放出率は3月初めの時点で約 2 × 103 kg/s、近日点通過の頃には 3 × 104 kg/s まで増加したと推定されている。また同じ期間にダストの放出速度も 50m/s から 500m/s に増加したと見られる (Fulle, Mikuz & Bosio 1997; Jewitt & Matthews 1997)。

また、核から放出された物質を観測すると、核の自転周期を見積もることができる。百武彗星が地球を通過したとき、彗星物質の大きな塊が太陽の方向に向かって6.23時間ごとに放出される様子が観測された。さらに別の小規模な放出も同じ周期で観測されたことから、この周期が核の自転周期であることが確認された (Schleicher, Millis, Osip & Lederer 1998)。

脚注

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注釈・出典


  1. ^ Horizons output (2011-01-30). "Barycentric Osculating Orbital Elements for Comet Hyakutake (C/1996 B2)". Archived from the original on July 3, 2013. Retrieved 2011-01-30. (Horizons)
  2. ^ Irvine, W. M., et al. (1996) "Spectroscopic evidence for interstellar ices in comet Hyakutake." 03 October 1996, Nature, 383, 418‒420.
  3. ^ a b 菅原春菜、「彗星の有機分子とその物質進化への役割」 『地球化学』 2016年 50巻 2号 p.77-96, doi:10.14934/chikyukagaku.50.77
  4. ^ Lis, D. C., Keene, J., Young, K., Phillips, T. G., Bockelée-Morvan, D., Crovisier, J., Schilke, P., Goldsmith, P. F. and Bergin, E. A. (1997a) "Spectroscopic observations of comet C/1996 B2 (Hyakutake) with the Caltech Submillimeter Observatory." Icarus, 130, 355‒372., doi:10.1006/icar.1997.5833
  5. ^ Woodney, K. M., McMullin, J. and AHean, M. F. (1997), "Detection of OCS in comet Hyakutake (C/1996 B2)." Planetary and Space Science, 56, 717‒719., doi:10.1016/S0032-0633(97)00076-7
  6. ^ C. M. Lisse, K. Dennerl, J. Englhauser, M. Harden, F. E. Marshall, M. J. Mumma, R. Petre, J. P. Pye, M. J. Ricketts, J. Schmitt, J. Trümper, R. G. West, others (1996). “Discovery of X-ray and Extreme Ultraviolet Emission from Comet C/Hyakutake 1996 B2”. Science (American Association for the Advancement of Science) 274 (5285): 205-209. doi:10.1126/science.274.5285.205. https://doi.org/10.1126/science.274.5285.205. 


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