欧州石炭鉄鋼共同体 歴史

欧州石炭鉄鋼共同体

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/13 06:35 UTC 版)

歴史

1919年に出版した『平和の経済的帰結』において、ジョン・メイナード・ケインズヴェルサイユ条約を「ヨーロッパの経済復興に資する条項を一つだに設けていない」と批判した。そこでケインズが示した具体案にはECSC構想と理解できる部分が存在した。それは次のような計画であった。連合国が設立した石炭委員会を国際連盟の付属機関として、ここにドイツだけでなく中東欧諸国と北欧中立国も参加させ、国際連盟の管理下で石炭生産体制をつくるというものである。[6]

1926年に結ばれたEntente internationale de l'acier という国際カルテルがECSC の土台となった。

1950年5月9日(のちにヨーロッパ・デーとされる)に発表されたシューマン宣言は次のように述べている。

ヨーロッパの他の国々が自由に参加できるひとつの機構の枠組みにおいて、フランスとドイツの石炭および鉄鋼の生産をすべて共通の最高機関の管理下に置くことを提案する。 — 駐日欧州委員会代表部による仮訳、10px

この提案は経済の成長を促し、また長らく敵対してきたフランスとドイツとの間での平和を強固にするということが目的とされている。石炭と鉄鋼は国家が戦争を起こすのに欠かせない資源であり、敵同士であった両国の間でこれらの資源を共有するということはきわめて象徴的なものとして受け止められた。そのためシューマンの構想は「ヨーロッパ連邦」の第一歩としても捉えられている[7][8]

政治的圧力

西ドイツではヨーロッパの労働組合や社会主義者の支持を受けているにもかかわらず、社会民主党がシューマンの構想に反対することを決定した。フランスや資本主義、コンラート・アデナウアーに対する個人的な不信感とは別にクルト・シューマッハーは、「6か国による小ヨーロッパ」という統合の概念は社会民主党の党是であるドイツ再統一を覆すもので、西側諸国のアルトラナショナリズムや共産主義の動きを強めるものだと主張した。またシューマッハーは、欧州石炭鉄鋼共同体では鉄鋼産業の国有化が不可能となり、「カルテル、聖職者、保守派」のヨーロッパが独占することになると考えていた[9]

フランスでは、シャルル・ド・ゴールがかねてより経済圏の「連携」を支持しており、また1945年にはルール地方の資源開発を行う「ヨーロッパの同盟」について語っていた。ところがド・ゴールは欧州石炭鉄鋼共同体について、「見せかけの共有」 "le pool, ce faux semblant" と表現している。ド・ゴールは、欧州石炭鉄鋼共同体がヨーロッパの統合においては不十分な「断片的なアプローチ」であり、また共同体におけるフランス政府の優位性があまりにも弱すぎると考えていたのである[10]。また議員総会がヨーロッパ市民の選挙で選ばれていないことからスープラナショナル機関として欧州石炭鉄鋼共同体は不完全なものであるとも考え、欧州石炭鉄鋼共同体の設立はアメリカ主導の経済復興からの脱却であるというレイモン・アロンの主張を受け入れなかった。このような状況でド・ゴール率いるフランス国民連合はパリ条約批准承認にあたって、国民議会で反対にまわった[10]

このような反対勢力があったものの、欧州石炭鉄鋼共同体は設立されることになった。

条約

欧州石炭鉄鋼共同体を設立することがうたわれた100か条にわたるパリ条約は1951年4月18日にフランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクによって調印された。パリ条約により史上初のスープラナショナリズムに基づく国際機関が設立されることになり、またそもそもが石炭と鉄鋼の共同市場の設立が目的であったものが、共同体における経済の拡大、雇用の増進、市民の生活水準の向上といったことも狙いとなっていた[7]。さらに共同市場は、安定と雇用を確保する一方で高水準の製品の流通を合理化するということも企図されていた。石炭の共同市場は1953年2月10日に、鉄鋼市場は同年5月1日にそれぞれ開設された[11]。欧州石炭鉄鋼共同体が発足したことをうけて、ルール国際機関はその役目を欧州石炭鉄鋼共同体に譲った[12]

パリ条約の調印から6年後に、欧州石炭鉄鋼共同体の加盟国は欧州経済共同体と欧州原子力共同体の創設を取りまとめたローマ条約に調印した。両共同体は若干の修正がなされているものの、欧州石炭鉄鋼共同体の持つ構造や理念に基づいて設立されている。パリ条約が発効から50年後に効力を失うのとは異なり、ローマ条約には期限が設定されていない。この新たな共同体はそれぞれ関税同盟原子力エネルギーでの協力体制を構築するものであったが、その後対象とする分野が急速に拡張され、欧州経済共同体が政治面での統合において最も大きな役割を持つようになったのに対して、欧州石炭鉄鋼共同体の存在感は薄くなっていった[7]

統合、消滅

法令上は別個の組織で閣僚理事会最高機関・共同体委員会もそれぞれに設置されていたが、欧州石炭鉄鋼共同体、欧州経済共同体、欧州原子力共同体は議員総会(のちの欧州議会)や欧州司法裁判所を共有していた。その後重複による無駄を省くため、ブリュッセル条約により3共同体の機関が統合された。また欧州経済共同体はのちの欧州連合における3つの柱の1つとなった[8]

パリ条約は欧州諸共同体や欧州連合が発展、拡大するにつれてたびたび修正がなされていった。また2002年にパリ条約が失効することもあり、その後の対処に関する議論が1990年代初頭から始められたが、規定どおり失効させることが決定された。欧州石炭鉄鋼共同体の対象分野についてはローマ条約に移し、未処分の財産や欧州石炭鉄鋼共同体の研究基金についてはニース条約の附属議定書で扱うこととなった。2002年7月23日にパリ条約は失効し、ブリュッセルの欧州委員会本部の前で掲げられていた欧州石炭鉄鋼共同体の旗は降ろされて欧州旗に取り替えられた[13]

条約の変遷

署名
発効
条約
1948年
1948年
ブリュッセル
1951年
1952年
パリ
1954年
1955年
パリ協定
1957年
1958年
ローマ
1965年
1967年
統合
1986年
1987年
単一議定書
1992年
1993年
マーストリヒト
1997年
1999年
アムステルダム
2001年
2003年
ニース
2007年
2009年
リスボン
                   
欧州諸共同体 (EC) 欧州連合 (EU) 3つの柱構造
欧州原子力共同体
I

I
欧州石炭鉄鋼共同体 (ECSC) 2002年に失効・共同体消滅 欧州連合
(EU)
    欧州経済共同体 (EEC) 欧州共同体 (EC)
     
III
司法・内務
協力
  警察・刑事司法協力
欧州政治協力 共通外交・安全保障政策
II
(組織未設立) 西欧同盟    
(2010年に条約の効力停止)
                   

注釈

  1. ^ 「共同市場において競争が正常に行われることを阻止・制限・歪曲することを、直接または間接の目的とする企業間の協定、企業団体の決定および通謀行為はすべて禁止される。」
  2. ^ 以下の①②③を満たすことが認可の要件。ときどきの市況にって判断される。更新制の有無は不明。
    ①生産・分配の顕著な改善に貢献すること。
    ②先の改善にカルテルが不可欠であり、改善に不必要なほどに競争を制限しないこと。
    ③価格・販路を統制する決定力がないこと。決定権を外へ移譲したり、共同体内のアウトサイダーに元々競争力があったりするときは要件を満たす。

出典

  1. ^ Falk Illing, Energiepolitik in Deutschland: Die energiepolitischen Maßnahmen der Bundesregierung 1949-2013, Baden-Baden: Nomos. 2012, pp.69-70.
  2. ^ Michael T. Hatch, Politics and Nuclear Power: Energy Policy in Western Europe, Lexington: University Press of Kentucky, p.196.
  3. ^ a b ドイツ経済諮問委員会(いわゆる五賢人委員会)HPの統計資料(2016年1月11日アクセス
  4. ^ a b c 江夏美千穂 『現代の国際カルテル』 日本評論新社 1961年 第4章
  5. ^ Convention on jurisdiction and the enforcement of judgments in civil and commercial matters”. 欧州連合理事会. 2014年11月6日閲覧。
  6. ^ 早坂忠 『ケインズ全集第2巻 平和の経済的帰結』 東洋経済新報社 1977年 178頁
  7. ^ a b c The European Communities” (English). CVCE Centre for European Studies. 2013年8月9日閲覧。 (要Flash Player)
  8. ^ a b Treaty establishing the European Coal and Steel Community, ECSC Treaty” (English). EUポータルサイト "EUROPA". 2008年5月31日閲覧。
  9. ^ Orlow, Dietrich (English). Common Destiny: A Comparative History of the Dutch, French, and German Social Democratic Parties, 1945-1969. Oxford. ISBN 978-1-57181-225-4 
  10. ^ a b Chopra, Hardev Singh (English). De Gaulle and European Unity. New Delhi: Abhinav Publications. ISBN 978-81-7017-012-9 
  11. ^ a b c d e f g h i The Treaties establishing the European Communities” (English). CVCE Centre for European Studies. 2013年8月9日閲覧。 (要Flash Player)
  12. ^ Office of the US High Commissioner for Germany Office of Public Affairs, Public Relations Division, APO 757, US Army, January 1952 "Plans for terminating international authority for the Ruhr" , pp. 61-62 (英語、PDF形式)
  13. ^ Ceremony to mark the expiry of the ECSC Treaty (Brussels, 23 July 2002)” (English). CVCE Centre for European Studies (2002年7月23日). 2013年8月9日閲覧。(要Flash Player)
  14. ^ a b European Economic and Social Committee and ECSC Consultative Committee” (English). CVCE Centre for European Studies. 2013年8月9日閲覧。
  15. ^ The seats of the institutions of the European Union” (English). CVCE Centre for European Studies. 2013年8月9日閲覧。 (要Flash Player)
  16. ^ Members of the High Authority of the European Coal and Steel Community (ECSC)” (English). CVCE Centre for European Studies. 2013年8月9日閲覧。 (要Flash Player)
  17. ^ Negotiations on the ECSC Treaty: Multilateral negotiations” (English). European NAvigator. 2013年8月9日閲覧。 (要Flash Player)
  18. ^ Council of the European Union” (English). CVCE Centre for European Studies. 2013年8月9日閲覧。 (要Flash Player)
  19. ^ Michael T. Hatch, Politics and Nuclear Power: Energy Policy in Western Europe, Lexington: University Press of Kentucky. 1986, p.195.
  20. ^ a b Mathieu, Gilbert (1970年5月9日). “The history of the ECSC: good times and bad” (English). Le Monde, accessed on CVCE. 2013年9月8日閲覧。 (要Flash Player)





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