横山大観 エピソード

横山大観

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/26 17:09 UTC 版)

エピソード

  • 大観は大変な酒好きとして知られ、人生後半の50年は飯をほとんど口にせず(たまに食べる時も一粒二粒と数えるほど)、酒と肴(少量の野菜)だけで済ませていたという。飲んでいた酒は広島の「醉心」で、これは昭和初期に醉心山根本店の社長・山根薫と知り合った大観が互いに意気投合し、「一生の飲み分を約束」した山根より無償で大観に送られていたものだった。しかし山根は年に四斗樽で何本も注文が来るので驚いたという。代金のかわりとして大観は毎年1枚ずつ自分の絵を無償で送り、結果、醉心酒造に大観の記念館ができることとなった[3]。もっとも、最初から酒好きだったわけではない。若い頃は猪口2 - 3杯で真っ赤になってしまう下戸だった。しかし大観の師の天心は日に2升ともいわれる酒豪であり、「酒の一升くらい飲めずにどうする」と大観を叱咤したため、飲んでは吐きながら訓練した結果であった。なお1955年(昭和30年)頃までは毎日約1升もの酒を飲んでいたものの、晩年は酒量も減り、1957年(昭和32年)頃になると1日に4合飲むのがやっとだったという。最晩年の1958年(昭和33年)になると1日に5勺(1合の半分)しか酒を飲めなくなっていた。鯨飲はしていたもののアルコール中毒にはならず、大病もせずに90年近い寿命を全うした。
  • 東京美術学校の同期生である菱田春草とは無二の親友で常に行動を共にし、『春の朝・秋の夕』『帰路、入船』などを合作している。1911年(明治44年)に春草が36歳で夭折すると大観は大いに嘆いた。菱田春草追悼展の開催を主導し、自らも『五柳先生』(東京国立博物館蔵)を出品した。晩年に至るまで、自らが日本画の巨匠と称されるたびに「あいつ(春草)が生きていたら俺なんかよりずっと巧い」と口にしていたという。
  • 熱烈な勤王派であった父・捨彦、思想家としても著名であり国粋主義者とも称された師・天心の影響を色濃く受けた大観は、自身も国粋主義的な面を持っていた。日本の象徴である勇美な富士山を好んで題材としたほか、皇室にも絵を度々献上していた。また、支那事変太平洋戦争大東亜戦争)当時の日本では、銃後の個人や団体が陸海軍に対して兵器生産費用分を寄付する運動が盛んに行われていた(対象は主に戦闘機爆撃機など軍用機が多く、これらは愛国機・報国機と称されていた)。大観も自らが売却した絵の代金を帝国陸軍に寄付し、九七式重爆撃機の「愛國445(大観)」号などを献納している。終戦後にはGHQより戦犯容疑者として取り調べを受けた事もあった。
  • 大観のタッチは独特ながら一見、模倣しやすいと考えられ、戦前の一時期、大観を騙り地方の素封家食客となって渡り歩く無名画家が多数現れた。この時、彼らによって描かれた作品が数多く現存している。地方名士の子孫には、真筆と信じて所蔵している者も多い。これらの模倣作ないし贋作を指して、揶揄的に「田舎大観」と呼ぶことがある。これらも含めて贋作が非常に多い画家としても知られ、鑑定の結果、真筆と判定された作品には「大観番号」という番号をつけて保護されている。
  • 没線画法は、天心に「空気を描く工夫はないか」と問われ、春草らとともに考え出したもの。
  • 歌手の笠置シヅ子が好きだったと言われ、「東京ブギウギ」や「買物ブギー」のレコードを愛聴していた。大観が80代の頃であった。
  • 弟子の一人である渡邉包夫は、テレビ東京のバラエティー番組『開運!なんでも鑑定団』の鑑定士軍団の一員であった。
  • 1908年制作と見られる『白衣観音』は、1912年刊行の『大観画集』掲載後に所在不明となっていたが、2017年10月に東京国立近代美術館が、約100年ぶりに発見したと発表した[4]。同館と京都国立近代美術館で2018年に開催の「生誕150年 横山大観展」で公開される予定である[5]



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