最上義守 逸話

最上義守

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/14 07:00 UTC 版)

逸話

  • 天正最上の乱の原因として、義守は次男の義時を溺愛し、義光を疎んじて高擶に幽閉したとされる。義光は幽閉先から脱出し、クーデターを起こすとこれに伊達輝宗が干渉し内乱となるが、重臣・氏家定直の仲介で和睦した。しかし定直の死後、再び義守は義光と争って敗れ、強制的に隠居させられたという。後世の創作とする説もある。
  • 一方、義守の隠居は永禄年間に遡らせる説もある。これは、長年元亀元年(1570年)の文書と年代比定されてきた義守が隠居の経緯について触れた、某年5月15日付の義守から伊達氏の重臣・牧野久仲に充てた書状に関して、元亀元年4月に失脚して伊達家から追放された牧野が同年5月に伊達家の家臣として受け取ったことになる矛盾が指摘されたことによる[8]
  • 天正最上の乱の後、当主を引き継いだ義光とは完全に和解したらしく、1583年(天正11年)に義守が危篤状態になったとき、義光は伊達輝宗・妹義姫夫妻らと父のもとを訪れている。そのとき義守が上杉氏や佐竹氏を警戒する訓戒を義光、輝宗の最上・伊達両家当主に与えた[17](なお、1987年のNHK大河ドラマ独眼竜政宗』では、その訓戒を与えたところで義守が他界するという、史実ではない描写が含まれている)。

偏諱を与えた人物

参考文献

  • 七宮ケイ三陸奥・出羽 斯波・最上一族』新人物往来社、2005年。 
  • 伊藤清郎; 山口博之 編 『中世出羽の領主と城館』〈奥羽史研究叢書2〉高志書院、2002年。 
  • 伊藤清郎 『最上義光』〈人物叢書〉吉川弘文館、2016年。 
  • 国立国会図書館デジタルコレクション 国書刊行会『言継卿記. 第三』1914-1915

外部リンク


注釈

  1. ^ 中野義建(よしたつ)の子で最上義淳の孫。
  2. ^ 戦火で荒廃した立石寺の大旦那となり再建に尽力し、延暦寺から不滅の法灯を得た[13]
  3. ^ 永浦尼については、永禄6年(1563年)永浦尼が息子最上義光の上洛の道中安全のため奉納したという文殊菩薩騎獅像が現存するが、義定が当主で健在であるのに出家していることから、永浦尼は義守のの姉妹との説もある[14]

出典

  1. ^ a b c 『系図纂要』『最上家譜』
  2. ^ 「伊達正統世次考」『史料総覧』9編910冊189頁。
  3. ^ 『寒河江市史 上巻』p.755-758
  4. ^ 武田喜八郎「山形・曽根家の中世文書の写本について」『山形県地域史研究』10号、1984年。
  5. ^ 『言継卿記. 第三』pp.353-354。永禄6年6月14日条。
  6. ^ 伊藤 & 山口 2002, pp. 97–99.
  7. ^ 「立石寺文書」『大日本史料』10編3冊1012頁。元亀元年正月。
  8. ^ a b 粟野敏之「戦国大名最上氏の成立過程-元亀・天正初期の内訌をめぐって-」『史学論集』10号、駒澤大学大学院史学会、1980年。/所収:竹井英文 編 『最上義光』〈シリーズ・織豊大名の研究 第六巻〉戎光祥出版、2017年、57-58頁。ISBN 978-4-86403-257-5 
  9. ^ 伊達輝宗日記/原題天正二年御日日記『大日本史料』10編20冊589頁
  10. ^ 『伊達輝宗日記』/原題天正貳年御日日記『大日本史料』10編23冊259頁。
  11. ^ 伊藤 2016, p. 42.
  12. ^ 伊藤 2016, p. 44.
  13. ^ 伊豆田忠悦「一相坊円海置文」『山形市郷土館 郷土館だより』No.54、1993年9月。
  14. ^ 粟野俊之(大本山永平寺史料全書編纂室室長)『村山民俗学会 会報』第207号、2009年。
  15. ^ a b 胡偉権「山形最上氏と中野氏・寒河江大江氏―義光のゆかりを探る」
  16. ^ 快庵良慶長光尼「高野山観音院過去帳」
  17. ^ 『奥羽永慶軍記』最上義光記念館HP、片桐繁雄、2008


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