日本航空機駿河湾上空ニアミス事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/15 01:33 UTC 版)
被害状況
乗員・乗客の負傷
907便の乗客411名・乗務員16名計427名中、乗客7名及び客室乗務員(CA)2名計9名が重傷を負い、乗客81名及びCA10名計91名が軽傷を負った。重傷者については、重度の捻挫・打撲、骨折等があった。軽傷者についても、頸椎等の捻挫や、頭部および背中等の打撲が最も多かった。958便においては、負傷者はなかった[15]。
区分 | 搭乗者数 | 負傷者数 (重傷者数) |
負傷率 | |
---|---|---|---|---|
乗 客 |
ベルト非着用 | 67 | 35 (5) | 52% |
ベルト着用 | 344 | 53 (2) | 15% | |
運航乗務員 | 4 | 0 | 0% | |
客室乗務員 | 12 | 12 (2) | 100% | |
合計 | 427 | 100 (9) | - |
当時、907便の客室ではシートベルト着用サインが消灯されており、CAによる乗客への飲み物の提供が開始されてから約5分後に急降下が発生した。そのため、CA・ギャレーカートは共に浮揚して天井パネルに衝突した。乗客の負傷状況として、シートベルト非着用者の半数以上が浮揚後の落下による重軽傷を負った。シートベルト着用者の中でも、着用の緩かった者の多くが負傷したほか、適切に着用していた者の若干名も軽傷を負った。また、シートベルトの着用状況にかかわらない負傷として、ギャレーカートに積載されていた飲み物や、荷物棚に収納されていなかったカバン等が飛散したことによる火傷ないし打撲や、耳の痛み等が認められた[15][16]。
航空機の損壊
両機とも機体外部に損傷は認められなかった。907便の客室では、主に座席のアームレスト部、天井板、床板、空調用ダクト等に損傷が認められた。また、急降下によって浮揚したギャレーカートの中には、天井パネルを突き破り、天井裏に跳ね上がったままとなったものもある[17]。特に機体自体の損傷は、客室1階の後方部に集中している[18]。958便においては、客室の損傷もなかった[19]。
なお、907便の機材であるJA8904号機は、本件事故の約3ヶ月後にJALドリームエクスプレス21の"SWEET"号として就航した。
事故発生の経過[12][注釈 2] | |||||
---|---|---|---|---|---|
時刻 | 東京ACC・関東南Cセクター | 日本航空 907便 (羽田→那覇、西方向) |
日本航空 958便 (プサン→成田、東方向) | ||
事故前 | Xは、15:47から15:48の間、アメリカン航空157便に対して、FL350に降下するよう複数回指示。Yも、隣接セクターと共に同機に関する調整を行っていた。このころのXの1分あたりの送信回数は4 - 5回。15:52頃から、XはYより業務に関する解説を受けていた。 | 15:36、羽田空港を離陸。15:41頃、関東南Cセクターの管轄空域に入り、FL390に向けて上昇していた。15:52頃、958便のトラフィックを確認。 | 15:48頃、関東南Cセクターの管轄空域に入り、FL370を水平飛行していた。15:54頃、907便のトラフィックを確認。 | ||
15:54:15 | レーダー表示画面に「CNF」表示。その時、907便のFLは367、958便のFLは370と表示。 | ||||
15:54:18 | TCASにおいて、TAが作動[注 1]。 | ||||
15:54:19 | TCASにおいて、TAが作動。 | ||||
15:54:22 | X「(咳払い)907便、訂正…取り消します。」 | ||||
15:54:27 | X「907便、FL350まで降下してください。関連機があるため降下を始めてください。」(指示Z) | ||||
15:54:33 - 38 | 「FL350まで降下、…関連機を視認しています。」 | ||||
15:54:34 | ピッチ幅が減少し始めた | TCASにおいて、RAが作動(-1500ft/minの降下指示)。 | |||
15:54:35 | TCASにおいて、RAが作動(1500ft/minの上昇指示)[注 2]。 | ||||
15:54:38 | X「(958便)、間隔設定のため磁針路130で飛行してください。」 | 応答はなかった[注 3]。 | |||
15:54:40 | 上昇の頂点(FL371)に達し、その後、高度が低下し始めた。 | ||||
15:54:43 | 高度が低下し始めた。 | ||||
15:54:49 | Y「958便、間隔設定のため磁針路1…140で飛行してください。」 | FL370 | TCASのRAはインクリース(-2500ft/minの降下指示)となった。Yに対する応答はなかった[注 4]。 | FL369 | |
15:54:51 | FL369 | FL369 | |||
15:54:52 | FL369 | FL369 | |||
15:54:53 | FL368 | FL368 | |||
15:54:54 | FL368 | FL368 | |||
15:54:55 | Y「957便、降下を開始してください。」[注 5] | FL367 | FL368 | ||
15:54:56 | FL367 | FL367 | |||
15:54:57 | FL366 | FL367 | |||
15:54:58 | FL366 | FL366 | |||
15:54:59 | FL366 | FL366 | |||
15:55:00 | FL365 | FL365 | |||
15:55:01 | FL365 | FL365 | |||
15:55:02 | Y「907便、FL390まで上昇して下さい。」 | 応答はなかった[注 6]。 | FL365 | FL364 | |
15:55:03 | FL364 | FL363 | |||
15:55:04 | FL363 | FL363 | |||
15:55:05 | FL363 | FL362 | |||
15:55:06 | TCASのRAはインクリース(2500ft/minの上昇指示)となった。 | FL362 | 操縦桿の角度が機首下げ側から機首上げ側に変化した。 | FL361 | |
15:55:07 | FL362 | FL360 | |||
15:55:08 | FL360 | FL359 | |||
15:55:09 | FL358 | FL358 | |||
15:55:10 | FL357 | FL358 | |||
15:55:11 | 958便と最接近 | FL355 | 907便と最接近 | FL357 | |
15:55:12 | FL354 | FL357 | |||
15:55:13 | FL353 | FL356 | |||
15:55:15 | RAがTAとなり、CLR CFT(クリアコンフリクト)となった。 | ||||
15:55:18 | ピッチ角が正の値となり始めた。 | FL348 | |||
15:55:21 - 27 | 上昇に移り始めた。 | 「東京ACC、RAが作動し、今降下中ですが、再び上昇します。」[注 7] | |||
15:55:29 - 30 | Y「90…8便、了解。」[注 8] | ||||
15:55:32 - 35 | 「907便、関連機は解消しました。」 | ||||
15:55:36 - 37 | Y「907便、了解。」 | ||||
15:55 | 東京ACCにB747型機とニアミスがあった旨を通報。 | ||||
15:59 | 東京ACCにDC-10型機とニアミスがあった旨を通報。 | ||||
その後 | 16:00頃、X・Yらは他の管制官に引継を行い管制業務を交代。 | 負傷者が発生しているため羽田空港へ引き返すことを要求し、了承された。16:44、羽田空港に着陸。 | 16:32、成田空港に着陸。 | ||
|
注釈
- ^ 最高裁では10mと認定されているが、これは907便の機長が、帰着後に作成した「機長報告書」において垂直距離を10mと記載したことに基づくと思われる[11]。
- ^ 管制交信は一部を除き英語で行われているが、本表では事故調査の日本語訳を掲載している。
- ^ 乗客のシートベルト着用状況は、乗客に対する聞き取り調査などから算出されている。また、事故当時は機内サービスの提供中であったため、客室乗務員は全員がシートベルトを着用していなかった[15]。
- ^ この指示を聞いていたレーダー調整席の管制官は、907便を降下させるという選択肢もありうると考えたため、これが便名の言い間違いであると認識しなかった[22]。
- ^ 同旨の証言は刑事裁判の全証人によりなされている[29]。
- ^ 管制官が使用するレーダー画面上に表示される情報は約10秒ごとに更新され、実際とのタイムラグが発生するため、管制官の言い間違いによる場合以外でも、RAと相反する管制指示が出される状況は起こりうる[31]。
- ^ 1960年に発生した全日空小牧空港衝突事故では、航空管制官が指示を間違って旅客機と自衛隊機を衝突させたとして、裁判で有罪になっている。
出典
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, p. 185.
- ^ a b 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 1–2.
- ^ a b 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 123–125.
- ^ a b c 航空・鉄道事故調査委員会 2002, p. 21.
- ^ “概要 日本航空株式会社所属JA8904”. 運輸安全委員会. 2018年8月16日閲覧。
- ^ a b c d e 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 160–162.
- ^ a b “管制官有罪確定 航空事故防止への重い教訓(10月30日付・読売社説)”. 読売新聞. (2010年10月30日). オリジナルの2010年11月1日時点におけるアーカイブ。 2018年8月16日閲覧。
- ^ “日航機ニアミス、管制官の有罪確定へ 最高裁”. 日本経済新聞. (2010年10月28日). オリジナルの2018年8月9日時点におけるアーカイブ。 2018年8月9日閲覧。
- ^ a b 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 17–18, 60.
- ^ a b 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 14–16.
- ^ a b 鈴木博康「日本航空機ニアミス事故と刑事司法」『九州国際大学法学論集』第18巻第3号、九州国際大学法学会、2012年3月、253-277頁、CRID 1050282676654368640、ISSN 1341061X。
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 211–231.
- ^ a b 航空・鉄道事故調査委員会 2002, p. 42.
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- ^ a b c 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 34–37.
- ^ a b 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 154–155.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 18–19, 37–39.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, p. 199.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 21–22.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 84–85, 128.
- ^ a b 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 131–132.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会, pp. 86–89.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, p. 161.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 99–104.
- ^ a b 最決平成22年10月26日 平成20(あ)920 業務上過失傷害被告事件 (PDF) (Report). 裁判所.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, p. 62.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, p. 143.
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 136–137.
- ^ 『日航907便最高裁決定にあたっての声明』(PDF)(プレスリリース)全運輸労働組合、2010年10月29日。 オリジナルの2016年3月4日時点におけるアーカイブ 。2024年1月15日閲覧。
- ^ 航空・鉄道事故調査委員会 2002, pp. 146–148.
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- ^ a b “ニアミス事故、管制官に逆転有罪判決”. 朝日新聞. (2008年4月11日). オリジナルの2008年4月12日時点におけるアーカイブ。 2008年4月11日閲覧。
- ^ “report outline”. ICAO. 2007年9月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年1月22日閲覧。
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- ^ 最高裁判決文, p.10
- ^ “「もう管制できない」ニアミス逆転有罪、現場に衝撃”. 朝日新聞. (2008年4月11日). オリジナルの2008年4月14日時点におけるアーカイブ。 2018年8月16日閲覧。
- ^ a b “ニアミス管制官は有罪確定へ 空の安全、重い職責”. 産経新聞. (2010年10月29日). オリジナルの2010年11月8日時点におけるアーカイブ。 2018年8月16日閲覧。
- ^ “ニアミス事故裁判:「現場萎縮」判決を懸念…初の有罪確定”. 毎日新聞. (2010年10月28日). オリジナルの2010年10月29日時点におけるアーカイブ。 2018年8月16日閲覧。
- ^ 轟木一博『航空機は誰が飛ばしているのか』日本経済新聞出版社、2009年。ISBN 978-4-532-26058-3。
- ^ 『Japan ? Supreme Court Appeal Verdict ? 7th November 2010』(PDF)(プレスリリース)IFATCO、2010年11月4日 。
- ^ 加藤寛一郎著作 航空機事故50年史P.138-140「洋上のニアミス」
固有名詞の分類
日本で発生した航空事故 |
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