忠臣蔵 講談における赤穂事件

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 忠臣蔵の解説 > 講談における赤穂事件 

忠臣蔵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/25 02:01 UTC 版)

講談における赤穂事件

講談(講釈)の世界においても、事件当初から「赤穂義士伝」が好んで読まれた[229]。赤穂義士伝は赤穂事件全体の流れを述べる「赤穂義士本伝」、個々の義士の逸話を述べる「赤穂義士銘々伝」、義士以外の関連人物を対象とした「赤穂義士外伝」に分かれるが、この区分ができたのは近世中期である[229]

幕末ごろに徳川幕府が衰微すると「将軍家や諸大名家を名指しすることの禁制がだんだんゆるみ、明治以後は全面的に解禁された出版事情の変化に助けられて、講談や浪曲といった大衆文芸の中でドンドン成長していった」[230]


大正13年発行の『講談落語今昔譚』によれば、19世紀前半に田辺南窓(のちに柴田南窓を名乗る)という博覧強記な講釈師が義士伝を得意とし、大正13年当時の義士銘々伝はおおむね南窓のものを稿本にしているという[231]

その後講談は幕末に大いに流行し[229]、明治初期に黄金期を迎える[232]。忠臣蔵がらみでは三代目一龍斎貞山は大石内蔵助を日本一の忠臣として尊敬し、赤穂城明け渡しでは聴衆を泣かせたという[232]

明治初期の講談の黄金期は講談の内容を書き記した「講談速記本」が登場したことの影響が大きい[233]。忠臣蔵がらみでは桃川如燕の『二十三品義士の遺物』や、『文芸倶楽部』に発表された『講談忠臣蔵』(1899年)や『義士講談 雪の梅』(1900年)などがある[233]

1913年には文部省・宮内省の呼びかけで発足した組織「通俗教育普及会」の要請により、『通俗教育叢書 赤穂誠忠録』が書かれその中で講釈師の桃川如燕・若燕に義士伝を語らせている[234]

しかし講談はその後、浪曲や大衆小説の登場により衰微していく[234]人間国宝の講談師・落語家の神田松鯉は著書で「師匠の神田山陽は赤穂義士伝は流行らない」と、外伝を含めると五十段を超す連続ものの演目指導を渋られたと回想している[235]

松鯉の弟子・伯山(松之丞)も、義士伝について(自身にも複数の「持ちネタ」があるものの)「今の世の中にそれだけのニーズがあるとは思えない」「『徳川天一坊』や『天保六花撰』などのほうがまだ魅力的で、連続物としてやる価値がある」と発言している[236]。本記事の講談の項目ではそのごく一部を記す。


注釈

  1. ^ 東京都港区赤坂二丁目と六本木二丁目の間のあたり、氷川神社の南側を北東に下る坂[99]

出典

  1. ^ 廣野行雄『なぜ大石が大星なのか』14頁(『駿河台大学論業叢』第51号、2015年)
  2. ^ 『常憲院殿御実記』巻四十七
  3. ^ 地域社会貢献活動 ふるさと歴史シリーズ「博多につよくなろう」福本日南西日本シティ銀行、平成12年1月
  4. ^ 元禄快挙録 岩波書店
  5. ^ ドナルド・キーン『日本文学史近世編二』中公文庫。p218
  6. ^ 宮澤(2001) p236
  7. ^ a b 佐藤(2003)
  8. ^ 山本(2012a) 第七章四節「自己犠牲の精神」
  9. ^ 山本(2012a) 第七章四節「赤穂浪士は義士か」より重引。
  10. ^ a b c d e 稲田(2014) p13
  11. ^ 谷川( 2013) p282
  12. ^ 谷川( 2013) p389-390
  13. ^ 定本講談名作全集(1971) 「山鹿送り」p312-325
  14. ^ (『山鹿語類』、巻二十九
  15. ^ 『山鹿語類巻第二十一』より「士道」
  16. ^ 常陸宮妃華子中山慶子
  17. ^ 『仮名手本忠臣蔵』
  18. ^ 『元禄快挙別禄』
  19. ^ 『赤城盟伝』
  20. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 野口(1994)p35-45
  21. ^ 実際の脇坂への処分は、赤穂城にて在番していた脇坂重臣の左次兵衛が乱心して、同僚の貞右衛門を切り殺すという事件が起こったためである(『赤穂城在番日記』)。
  22. ^ 近代デジタルライブラリ元禄快挙四十七士
  23. ^ コトバンクデジタル版 日本人名大辞典+Plus脇坂安照
  24. ^ a b c 野口(1994) p75
  25. ^ 講談名作文庫(1976)
  26. ^ 忠臣蔵新聞「ダイジェスト忠臣蔵(第12巻)」
  27. ^ a b 国際日本文化研究センターデータベース『近世畸人伝(正・続)』「大石氏僕」
  28. ^ 国際日本文化研究センターデータベース『近世畸人伝(正・続)』「寺井玄渓」
  29. ^ 国際日本文化研究センターデータベース『近世畸人伝(正・続)』「小野寺秀和妻」
  30. ^ 『筆のすさび、仁斎日礼ほか』 日野龍夫校注、<新日本古典文学大系99>岩波書店、2000年
  31. ^ 白峰旬「元禄14年の脇坂家による播磨国赤穂城在番について--播磨国龍野藩家老脇坂民部の赤穂城在番日記の分析より」
  32. ^ 八坂神社祇園商店街振興組合一力亭
  33. ^ a b 講談名作文庫(1976)
  34. ^ 田口(1998)、第四章2山科妻子の別れ
  35. ^ a b c d e 宮澤(1999) p118-119
  36. ^ a b c d e 山本(2012a) 第四章一節「祇園遊びの真意」
  37. ^ a b 佐々木(1983) p191
  38. ^ a b 野口(1994)p124
  39. ^ a b 宮澤(1999) p120-121
  40. ^ a b 今尾(1987)、p199
  41. ^ a b c 山本(2013) p131
  42. ^ 山本(2012a) 第五章二節「大石の残す子への思い」
  43. ^ a b c d e 佐々木(1983) p433
  44. ^ a b 宮澤(2001) p29
  45. ^ コトバンクデジタル版 日本人名大辞典+Plus『林鶴梁』
  46. ^ a b 宮澤(1999) p58-60
  47. ^ 山本(2012a) 第五章二節
  48. ^ a b c 谷川(2013)p280、283、379
  49. ^ 宮澤(2001) p47。関根(1924)149コマ目
  50. ^ コトバンク 新撰 芸能人物事典 『伊東燕尾』
  51. ^ a b c 箱根町観光情報ポータルサイト「箱根旧街道休憩所」”. 2024年2月21日閲覧。説明の看板の拡大図:東海道53次 箱根越えー10(甘酒茶屋)”. 2024年2月21日閲覧。
  52. ^ a b c d 講談名作文庫(1976)
  53. ^ 尾崎(1974) p249-252
  54. ^ a b c d e f g h 忠臣蔵文庫(1912)
  55. ^ 赤穂市忠臣蔵 第四巻 p876-883
  56. ^ a b c 田口(1998)第二章2節「いないはずの女たち」
  57. ^ a b c d 田口(1998)第二章3節「それぞれの母」
  58. ^ 『正史実伝いろは文庫』第十四回。忠臣蔵文庫(1912)
  59. ^ 佐々木(1983)。p756
  60. ^ a b 赤穂市忠臣蔵 第四巻p640
  61. ^ a b 田口(1998)第二章2節「絵図面をめぐる恋の話」
  62. ^ 山本(2013) p147
  63. ^ a b 山本(2012a) 第五章二節「赤穂浪人の潜伏先」
  64. ^ 内侍所 112コマ目から
  65. ^ 赤穂義士伝一夕話 七之巻二十九頁
  66. ^ 忠臣蔵文庫(1912) p15 -
  67. ^ コトバンク『忠臣蔵物』
  68. ^ 赤穂市忠臣蔵 第4巻p337
  69. ^ a b 佐々木(1983) p336
  70. ^ コトバンクデジタル版 日本人名大辞典+Plus『天野屋利兵衛』
  71. ^ 松島(1964) p174
  72. ^ a b 江崎(1940) p14 -
  73. ^ 佐々木(1983)
  74. ^ 野口(2015)第二章「新人類の武士道」3節「其角の孫弟子たち」冒頭部
  75. ^ a b 山本(2012a) 第五章四節
  76. ^ 宮澤(1999) p157
  77. ^ 山本(2012a) 第五章四節「吉良邸茶会の情報」
  78. ^ 宮澤(1999) p157
  79. ^ 中央義士会『忠臣蔵四十七義士全名鑑』より「大高源五忠雄」P177-178
  80. ^ 吉良氏秘伝の『吉良懐中抄』が松浦家に伝わり、その写しが平戸市に現存する(「松浦家関係文書」松浦史料博物館)
  81. ^ a b 野口(2015) 第七章「吉良邸討ち入り」3節「本懐を遂げて」の「小野寺十内は記す」
  82. ^ 『江戸歌舞伎の残照』吉田弥生著 文芸社 p165
  83. ^ a b c 佐々木(1983) p175
  84. ^ a b 佐々木(1983) p405
  85. ^ 両国の俵星玄蕃道場跡の看板”. 2024年2月26日閲覧。
  86. ^ 墨田区観光協会編 墨田区観光協会『高札めぐり 両国歴史散歩』2009年、16頁。 、下記より重引:赤穂義士の討ち入りに協力したとされる「俵星玄蕃」は実在の人物か。”. レファレンス協同データベース. 2024年2月26日閲覧。
  87. ^ 立命館大学『忠臣蔵と見立て』誠忠大星一代話
  88. ^ 宮澤(1999)
  89. ^ 『赤穂義人纂書. 第2 巻之9−18』 国書刊行会 p432
  90. ^ データ百科シリーズ『元禄忠臣蔵データファイル』、元禄忠臣蔵の会編、人物往来社 p238。近代デジタルライブラリ『文芸叢書. 忠臣蔵文庫 』 四十七石忠箭計 四幕目(404コマから)の葉泉院第舎の場
  91. ^ コトバンク世界大百科事典「南部坂雪の別れ」
  92. ^ a b 南部坂雪の別れ 図書 桃中軒雲右衛門 講演 (東京明倫社(ほか), 1912年)近代デジタルライブラリの該当箇所
  93. ^ a b 大石内蔵助東下り : 武士道精華 雪花山人著 (立川文明堂, 1912年)。近代デジタルライブラリの該当箇所
  94. ^ a b c d e f g 谷川(2013)「瑤泉院に見られる字自立する女性のイメージ」 p369 - p376
  95. ^ 谷川(2013)ではその例として忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻1959年)と赤穂浪士1961年)を挙げている
  96. ^ 1958年大映版の忠臣蔵谷川(2013)より。
  97. ^ 真山(1982) p59
  98. ^ a b c d e 山本(2012a) 第五章三節の「南部坂の別れ」より
  99. ^ 山本(2012a) 第五章三節「南部坂の別れ」
  100. ^ 『宝永四年江戸全図』(国会図書館蔵)でも空白で何も描かれていない。
  101. ^ すみだあれこれ/討ち入り蕎麦
  102. ^ a b c 近代デジタルライブラリ『義士伝』泉岳寺書上。p450に楠屋の件が載っており、p466に浅野内匠頭の亡霊が登場する。p455には太鼓を打ち鳴らしたとある。
  103. ^ a b 三田村(1930) p256 -
  104. ^ 今尾(1987) p49
  105. ^ a b 赤穂義士史料下(1931) p4, p513
  106. ^ a b 山本(2012b)第四章3節「計画通りの討ち入り」
  107. ^ 赤穂義士史料上(1931)p268(本書では寺坂信行筆記のうち寺坂私記と共通する部分は省かれているため、寺坂私記の方に当該文書が載っている)
  108. ^ a b c 元禄(1999)p118
  109. ^ こよみのページ「暦のこぼれ話」赤穂義士祭
  110. ^ 講談名作文庫(1976)。「神崎与五郎かながきの詫び証文」
  111. ^ a b c d e f g 宮澤(1999) p163-166
  112. ^ 「浄瑠璃大全. 第1 仮名手本忠臣蔵」(和田三郎 編/1882年)
  113. ^ 『歴史群像デジタルアーカイブス<元禄赤穂事件と江戸時代>討ち入りは愚策? 山鹿流兵法と忠臣蔵』大山格
  114. ^ 山鹿素行『武教全書』巻二・営法
  115. ^ 落合勝信『家秘抄』『義人纂書』第二
  116. ^ 『山鹿素行兵法学の史的研究』(P173)
  117. ^ 赤穂市史編纂室主幹・三好一行「赤穂四十七士列伝」(P112)
  118. ^ 同市編纂室「赤穂四十七士列伝」大石内蔵助良雄
  119. ^ 「Web版(兵庫県赤穂市の文化財 -the Charge for Preservation of Caltural Asset ,Ako-)」赤穂城跡二之丸門枡形発掘調査現地説明会資料”. 赤穂市教育委員会. 2020年1月23日閲覧。
  120. ^ 松浦清「心得ぬ事なり。人を出して即往きたるに、果たして大石の輩」「弘前候ばかり之を知れり」(松浦清山『甲子夜話』)。
  121. ^ 『山鹿語録』第一(「臣道」より報仇論)
  122. ^ 松浦清『甲子夜話』では吉良関係者に尊称、赤穂義士を蔑称の記述あり
  123. ^ 堀勇雄『山鹿素行』
  124. ^ a b 『山鹿素行兵法学の史的研究』(P171-174、P260-272)
  125. ^ a b 『「兵法者の生活」第六章.幕末兵法武道家の生涯 三.窪田清音の業績』(P221-229)
  126. ^ 「剣法規則後伝口伝」および「論語私記」には赤穂事件(忠臣蔵)や赤穂義士に関係する記述はない。
  127. ^ a b c d e f g h i 宮澤(1999) p166-168
  128. ^ a b c d e f 山本(2012a)第六章四節「上杉家の対応」
  129. ^ 大佛次郎の小説並びにその映像化「赤穂浪士」、歌舞伎「松浦の太鼓」など
  130. ^ a b 宮澤(1999) p185-186
  131. ^ 佐々木杜太郎『吉良上野介の正体』。宮澤(1999) p184から重引
  132. ^ a b 宮澤(1999) p177
  133. ^ a b 『忠臣蔵四十七義士全名鑑 完全版』 中央義士会 p324-325
  134. ^ 佐々木(1983) p342
  135. ^ 「堀内伝右衛門覚書」に「神かけて泉岳寺が左様な事はないだろうと思ったが、事実であった」旨の記述あり 。
  136. ^ 兵庫県たつの市「赤穂浅野家資料」。再度の散逸防止のため非公開(教育事業部歴史文化財課)
  137. ^ 「芸術新潮」(特集「世紀の遺書」・2000年1月号)
  138. ^ 縣居通信10月”. 賀茂真淵記念館. 2024年2月21日閲覧。
  139. ^ 真山(1982)
  140. ^ a b c 佐々木(1983) p177-178
  141. ^ CiNii『 赤穂義士傳一夕話』
  142. ^ 近代デジタルライブラリ『赤穂義士伝一夕話』四巻53ページ
  143. ^ 山本(2013) p189
  144. ^ a b c 田口(1998)第三章3『祇園可音物語』
  145. ^ a b c 今尾(1987)、p108-119
  146. ^ a b 『歴史群像デジタルアーカイブス<元禄赤穂事件-忠臣蔵外伝>なぜ大多数の赤穂藩浪士は仇討ちに参加しなかったのか』桐野作人
  147. ^ 日暮高則『板谷峠の死闘』など
  148. ^ a b 谷口(2006) p179-180
  149. ^ 元禄(1999)p113
  150. ^ a b 山本(2012a)第四章三「脱盟者の思い」
  151. ^ 近代デジタルライブラリ『正史実伝いろは文庫』 p103, 177, 401を参照。
  152. ^ 今尾(1987)、p97
  153. ^ 近代デジタルライブラリー『赤穂義士伝一夕話』巻之六 三十八ページ
  154. ^ a b c d 野口(2015) 第四章「浅野赤穂家の危機」の「九郎兵衛逃亡」の節
  155. ^ 「北斎」(3 - 5ページ、総合研究大学院大学教授・大久保純一、岩波書店)
  156. ^ 旧・吉良神社は明治政府の神社合祀の方針により旧・松坂稲荷と統合され、義央の墓を持つ現在の姿になっている。
  157. ^ 「三田村鳶魚編随筆百種」第六(1977年)
  158. ^ 現代でも曹洞宗では「自死志願者の24時間相談」など自殺防止に特化した寺院がある。
  159. ^ 『宝夢録』「東叡山通夜物語」
  160. ^ 定本講談名作全集(1971) p308
  161. ^ 山本(2013) p127
  162. ^ a b 赤穂市忠臣蔵 第四巻 p345-349
  163. ^ 定本講談名作全集(1971) 「お薬献上」p308-312
  164. ^ 定本講談名作全集(1971) 「向島の花見」p325-331
  165. ^ 定本講談名作全集(1971) p331-337
  166. ^ 『翁草』巻百六十七など
  167. ^ 講談名作文庫「名代の粗忽者」
  168. ^ 定本講談名作全集(1971) 「粗忽の権化」、「首のない馬」p379-386
  169. ^ 定本講談名作全集(1971) 「安兵衛の生立、良薬の由来」、「図らず知る孫の孝行」、「妻の貞節、懺悔の自殺」
  170. ^ 定本講談名作全集(1971) 「義母の仇討ち」p408-411
  171. ^ 定本講談名作全集(1971) 「高田馬場へ一ッ飛び」、「十八人切り、記念の五合枡」、「仇討の物語」・、「安兵衛の身元」、「入聟の相談」、「酔うても本心狂わず」p411-434
  172. ^ 定本講談名作全集(1971) 「意外の惨事」、「名主へ相談」、「情けも籠る奉行の裁断」p435-446
  173. ^ 定本講談名作全集(1971) 「雪ぐ師の恥」、「使者の供」、「槍術の妙」p464-471
  174. ^ 定本講談名作全集(1971) 「乞食の姉弟」p472-478
  175. ^ 定本講談名作全集(1971) 「放蕩指南」「伯母の執拗」、「万事休す」p479-490
  176. ^ 定本講談名作全集(1971) 「嫉妬のほむら」「孝子の袖乞い」、「親子の再会、「妻子の一心、一番槍の功名」p491-505
  177. ^ 定本講談名作全集(1971) 「伊勢屋の家宝」 p521-531
  178. ^ 講談全集(1929) 「父の訃音」、「重なる不幸」、「一夜に討つ君父の仇」 p581-599
  179. ^ 中央義士会『忠臣蔵四十七義士全名鑑 子孫が綴る、赤穂義士「正史」銘々伝』より「菅谷半之丞政利」(小池書院、2007年)
  180. ^ 定本講談名作全集(1971) 「同志の憤激」、「老人の屈死」 p532-538
  181. ^ 野口(2015) 第二章2節「まことに多士済々」の「人斬り大好き不破数右衛門」の箇所から重引。なお
  182. ^ 定本講談名作全集(1971) 「変名の再生」」 p568-576では「井上真改」という名刀を買い、使ってみたくてたまらなった為辻斬りしたとしている。また本書では墓を暴くのみならず辻斬りもしている。
  183. ^ 野口(2015) 第二章2節「まことに多士済々」の「人斬り大好き不破数右衛門」の箇所
  184. ^ a b c 山本(2012b) 第一章3節「新参者と元藩士」
  185. ^ 定本講談名作全集(1971) 「変名の再生」、「主家に擬する芝居」、「同志の落涙」 p568-576
  186. ^ 定本講談名作全集(1971) 「女武芸者」、「嫁入りの条件」、「正宗の刀が加増の種」 p611-621
  187. ^ 定本講談名作全集(1971) 「情けの勘当」、「報恩の身売り」、「情けが仇、事理明白」 p627-646
  188. ^ 関根(1924) p72
  189. ^ Google Books『窓のすさみ』 p200
  190. ^ 定本講談名作全集(1971) 「忠僕直助」 p678-708
  191. ^ 講談全集(1929) p1094
  192. ^ 今井敏夫 『<元禄赤穂事件と江戸時代>スッキリ解決! 忠臣蔵のなぜと謎』「吉良側に剣客はいなかったのか?」
  193. ^ 講談全集(1929) 「腕試し、父の仇討」、「怪物退治、上杉家召抱」p1094-1113
  194. ^ 講談全集(1929) p1114-1142
  195. ^ 六代目 宝井馬琴『四十七士の最期』より「小田小右衛門」
  196. ^ 八代目 一龍斎貞山『四十七士の最期』より「誉の三百石」
  197. ^ 『堀内伝右衛門覚書』で、堀内本人が当日帰宅について悪びれず記述している。
  198. ^ a b c d e 立命館大学デジタル展示『忠臣蔵と見立て』仮名手本忠臣蔵成立史
  199. ^ a b c d e f g h i j k l m n 松島(1964) p132-142
  200. ^ 松島(1964) p133
  201. ^ a b 赤穂市忠臣蔵 第四巻p302-303
  202. ^ a b c 松島(1964) p147-148
  203. ^ a b 赤穂市忠臣蔵 第四巻p305-306
  204. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 松島(1964) p180-189
  205. ^ a b c 赤穂市忠臣蔵 第四巻p318
  206. ^ a b c 松島(1964) p199-200
  207. ^ 赤穂市忠臣蔵 第四巻p640
  208. ^ 赤穂市忠臣蔵 第四巻p654
  209. ^ 松島(1964) p200
  210. ^ a b c d 松島(1964) p201
  211. ^ 松島(1964) p161
  212. ^ 赤穂市忠臣蔵 第四巻p661
  213. ^ a b 元禄(1999) p238
  214. ^ a b c d 宮澤(2001) p33-35
  215. ^ 吉田(2004) p136-137, p160
  216. ^ 赤穂市忠臣蔵第四巻 p678
  217. ^ 赤穂市忠臣蔵第四巻 p663
  218. ^ a b c 元禄(1999) p240
  219. ^ a b 宮澤(2001) p129-130
  220. ^ 『青果全集 第1巻』(講談社、復刊1975年)
  221. ^ 世相風俗観察会『増補新版 現代世相風俗史年表 昭和20年(1945)-平成20年(2008)』河出書房新社、2003年11月7日、11頁。ISBN 9784309225043 
  222. ^ 歌舞伎公演データベース『仮名手本忠臣蔵』
  223. ^ 歌舞伎公演データベース『元禄忠臣蔵』
  224. ^ a b 宮澤(1999) p234
  225. ^ 歌舞伎公演データベース『瑤泉院』
  226. ^ 歌舞伎公演データベース『続・瑶泉院』
  227. ^ 歌舞伎公演データベース『四谷怪談忠臣蔵』
  228. ^ 歌舞伎美人『通し狂言四谷怪談忠臣蔵』
  229. ^ a b c 宮澤(2001) p11-12。
  230. ^ 野口(2015)第六章2節「身をやつし、地に伏して」の「銘々伝の世界」より。
  231. ^ 宮澤(2001) p11-12。関根黙庵『講談落語今昔譚』(雄山閣)を重引。関根(1924) 46コマ目
  232. ^ a b 宮澤(2001) p46-47
  233. ^ a b 宮澤(2001) p73-74
  234. ^ a b 宮澤(2001) p110-113
  235. ^ 『人生を豊かにしたい人のための講談』(2020年10月、マイナビ出版)ほか
  236. ^ 『神田松之丞 講談入門』p272、河出書房新社、2018年7月30日
  237. ^ a b c d e f 松島(1964) p203-208
  238. ^ 水野稔『山東京伝の黄表紙』有光書房、1976年。
  239. ^ a b c d e f g h i j k 宮澤(2001) p20-21
  240. ^ 谷口(2006) p187
  241. ^ 宮澤(2001) p22
  242. ^ 「水戸徳川家文書」財団法人水府明徳会・彰考館文庫
  243. ^ a b c 谷口(2006) p186-188
  244. ^ a b c d e f g h 松島(1964) p210-215
  245. ^ 青空文庫『学問のすすめ』
  246. ^ 宮澤(1999) p6-7
  247. ^ 『赤穂誠忠録』「序」に「吉良家の忠臣義人も併記」とある。
  248. ^ 萬松山泉岳寺公式web「泉岳寺の歴史」
  249. ^ 片山伯仙編「仙珪和尚日記抄」(花岳寺、1967年)
  250. ^ a b c 宮澤(2001) p15
  251. ^ a b 宮澤(2001) p82
  252. ^ 松島(1964) p217
  253. ^ 広瀬玲子 『国粋主義者の国際認識と国家構想─福本日南を中心として─』 芙蓉書房出版、2004年 ISBN 4829503394
  254. ^ a b c d e 宮澤(2001) p82-84
  255. ^ 御園京平『映画・忠臣蔵』。谷川(2013) p294から重引。
  256. ^ 宮澤(2001) p109
  257. ^ 宮澤(2001) p113-116
  258. ^ a b 宮澤(2001) p15
  259. ^ 柳敏栄『韓国演劇運動史』(檀国大学出版部、津川泉訳、風響社、2020年)
  260. ^ a b 宮澤(2001) p144-146
  261. ^ 宮澤(2001) p147-153
  262. ^ 松島(1964) p222
  263. ^ 「忠臣蔵」三社競作など映画界は花盛り『中外商業新報』昭和2年1月10日(『昭和ニュース事典第1巻 昭和元年-昭和3年』本編p18 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  264. ^ a b 宮澤(2001) p167-168
  265. ^ 松島(1964) p223
  266. ^ 宮澤(2001) p175-176
  267. ^ a b 宮澤(2001) p15-16
  268. ^ 宮澤(2001) p181-186
  269. ^ 宮澤誠一『近代日本と「忠臣蔵」幻想』より「真山の忠臣蔵・その一、その二」
  270. ^ 宮澤(2001) p187-190
  271. ^ a b 宮澤(2001) p200-202
  272. ^ a b 宮澤(2001) p216-217
  273. ^ 『尋常小學修身書 複式編制學校兒童用. 第3・4學年 甲』(文部省, 1933.5)など
  274. ^ 宮澤(2001) p220-221
  275. ^ 宮澤(1999) p228
  276. ^ 谷川(2013) p290
  277. ^ a b 谷川(2013) p292
  278. ^ 谷川(2013) p22
  279. ^ 谷川(2013) p309
  280. ^ 佐藤(2003) p153-154
  281. ^ 今井正『自作を語る』(1990年、映画の本 工房ありす)p303
  282. ^ a b c d 谷川(2013) p306-311
  283. ^ a b c 宮澤(1999) p230-231
  284. ^ 「赤穂飛脚(走る忠臣蔵)」などを収録した短編集のタイトルであり、「妖説忠臣蔵」表題の小説自体は無い。
  285. ^ フジテレビ時代劇スペシャル『くノ一忠臣蔵』(1983年/昭和58年)ほか多数。
  286. ^ 『赤穂浪士 上・下』、大佛次郎、新潮文庫、新潮社、2007年11月 上 ISBN 4101083045 / 下 ISBN 4101083053
  287. ^ 番組エピソード 大河ドラマ『赤穂浪士』 - NHKアーカイブス
  288. ^ 番組エピソード 赤穂浪士を題材にした、主なNHKドラマ-NHKアーカイブス
  289. ^ 番組エピソード“忠臣蔵”でおなじみ!【赤穂浪士特集】-NHKアーカイブス
  290. ^ 谷川(2013) p331
  291. ^ 谷川(2013) p315
  292. ^ 『考えるヒント2』文春文庫、1975年(昭和50年) pp.10 - 33
  293. ^ A Collector's Guide to Books on Japan in English: An Annotated List of Over 2500 Titles with Subject Index Jozef Rogala, Routledge, 2012
  294. ^ a b c 宮澤(1999) p240-244
  295. ^ 元禄(1999) p216-217
  296. ^ 『キネマ旬報』(No.1072、1991年)
  297. ^ 浅野長矩が「乱心」だとすれば命は助かり、流罪もしくは蟄居で済み長広の家督継承が可能。
  298. ^ ’47 Ronin’ Tanks at Japanese Box Office; Is U.S. Doom Next?”. 2022年5月3日閲覧。
  299. ^ 「玉川太福 サカナ手本忠臣蔵」(江戸東京博物館、2021年3月13日)





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「忠臣蔵」の関連用語

忠臣蔵のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



忠臣蔵のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの忠臣蔵 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS