広島市 歴史

広島市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/03 01:02 UTC 版)

歴史

古代

古代には太田川デルタは未だ形成されておらず、可部付近まで海が入り込んでいたと考えられている[44]

古墳時代

太田川下流域の長束から可部にかけて古墳群が存在することから、下流域にはある程度の規模の集落が形成されていたと思われる。

飛鳥時代

7-8世紀の律令の時代には古安芸郡(現在の広島県の西半分)には11ヶ郷があり可部近辺が漢弁郷と呼ばれ、太田川、根之谷川、三篠川の合流地点であり出雲往還および石見往還の分岐点として栄えていた[45]

平安時代

平安時代には可部、中野、四日市、水落、大毛寺、今井田柳瀬、勝木などの地域が可部荘で、南原川と根之谷川の間が三入荘、三篠川の中流域に三田郷、戸坂あたりが田門荘があり、祇園近辺に佐東倉敷が置かれていた。太田川下流部の流路は江戸時代初期に福島正則が流路を東に移すまでは古河(佐東川)が本流であり、下流部では 左岸(東側)は現在よりかなり広かった。当時はまだ太田川デルタが形成されておらず、海田に開田荘があり、国府は現在の安芸郡府中町または東広島市西条に置かれたと推定される[2]。 この時期には平安海進(8世紀から12世紀)があり、可部付近の河川水位と海水位の差は現在より小さかった。

中世

平安時代

平安時代後半(1100年頃)には、湾頭は長束付近[46]牛田村、長束、三篠が河口を囲んでおり、山陽道戸坂村で太田川を渡河していた。

南北朝時代

1371年(応安4年)に当地を通った今川了俊は紀行文『道ゆきぶり』の中で「かひた」から「佐西の浦」(現廿日市市あたり)にかけては「しほひ (潮干)の浜」であったと記述している[47]

室町時代

室町時代中期(1400年頃)にデルタが形成され始め、戦国時代(1500年頃)には現在の平和大通りあたり(長束から約4km)までに広がっ た。この急速な土砂堆積は当時太田川中流域で盛んであったたたら製鉄の為の砂鉄採取で行なわれた鉄穴(かんな) 流し[48]の影響が考えられている。室町時代に武田山 に佐東銀山城を築いた安芸武田氏の基盤は未開発の太田川デルタ以北の長束より上流であり、下流域の当時の中洲(川内・中筋・東野・東原一帯)に本拠を持つ土豪である川内衆(かわのうちしゅう)と府中を本拠とした安芸白井氏の水軍を擁していた。これら両水軍は武田氏滅亡後は毛利氏に仕えた[49]。川内衆は毛利氏の指示によりデルタの干拓に携わった[47]

近世

謀神と称される戦国時代最高の知将の一人、毛利元就
正保年間に書かれた『安芸国広島城所絵図』。
安土桃山時代~江戸時代初期

安土桃山時代の開府以降、山陽道沿線の行政の中心地として、広島市は発展した。

毛利氏による 広島城築城開始後は福島氏や淺野氏によりデルタの開発は継続された。広島デルタの開発は1589年毛利輝元が開始し、1601年福島正則が入城したが、城内の建物やその周辺の補修や普請は継続し福島氏改易の原因となる1617年の普請まで城下の整備が継続された。

1619年に 浅野氏の入城後はほぼ洪水や火災などの補修に留まっているので、少なくとも1619年には城内の工事は完了していたと思われる[50]。 毛利氏により10年、福島氏により約20年が城およびデルタ開発に費やされ、干拓事業などにより広島市道霞庚午線(長束から約6km)のあたりまでデルタが拡大した。 デルタ形成に寄与した「鉄穴流し」ではあるが、治水の為に1628年寛永5年)に禁止された[51]

江戸時代には、それまで猿猴川京橋川の河口の島であった比治山黄金山一帯が埋め立てられた[52]

(特徴:地方王国たる広島藩の首府

  • 毛利元就中国地方一円の戦国大名となった時、小盆地である吉田(郡山城)は手狭であり、交通の便も悪かった。そこで、山陽道(西国街道)が通り、太田川瀬戸内海の水運を利用できる、太田川下流デルタの寒村・五箇庄に注目した。元就の死後、毛利輝元によってその着想を現実化し広島の開発が始まった。
  • 1589年(天正17年):毛利輝元が、五箇庄の箱島(現在の白島)を中心とした干拓と、広島城の築城とを命じる。
  • 1591年(天正19年):毛利輝元が、未完成ながらも広島城に入府し、地名を「広島」と命名する。
  • 1599年(慶長4年):広島城の完成
  • 1600年(慶長5年):関ヶ原の戦いで敗北し、長門国・移封された毛利氏の替わりに福島正則が城主となる。
  • 山陽道が、福島正則によって城下町を通るように南寄りに付け替えられる。また、同時期に出雲街道や石見街道も整備される。干拓により新開地も増え続け、江波や草津が港として整備される。
  • 1619年(元和5年):広島城石垣の無届け改修を理由として福島正則が改易となり、浅野長晟が城主となる。以降、浅野氏の広島藩が明治維新まで続く。

江戸時代を通して広島の人口は拡大し続け、幕末には武家・町人併せて7万人あまりの規模に達していたと言われる。これは日本三都(江戸・大坂・京)および名古屋金沢に次ぐ水準で、この当時から日本屈指の都市となっていた。

近代

1878年郡区町村編制法後、廣島市として想定された範囲の地図。
楊斎延一『広島県御安着之図』
明治時代

(特徴:中央集権国家での地方統治の拠点・軍事都市) 明治に入り軍港の整備や、産業誘致の為の埋め立てでデルタはさらに拡大していった [53]。現在の空港通り最南端は長束より約9kmの距離である。

  • 1871年
    • 8月29日:廃藩置県により、旧広島藩領は全域「廣島縣」となる。
    • 10月12日:「鎮西鎮台第一文営」が広島城に設置される。徴兵制が始まっていないので旧藩兵からなる部隊であった。
  • 1873年1月9日:「第五軍管広島鎮台」が第一文営跡に設置される。
  • 1884年9月:千田貞暁県令知事)により広島県営として宇品港の建設に着工。
  • 1888年5月14日:第五軍管広島鎮台が第五師団司令部に昇格する。
  • 1889年
    • 4月1日:開府300周年。市制施行により広島市となり、広島県の県庁所在地とされた。
    • 11月:宇品築港及び干拓工事の終了。当初の計画では氏族殖産補助金(旧藩主浅野氏)、氏族殖産金(国庫)と埋め立てによりできる新開地を担保とした。災害と計画変更により、更に二回に渡り国庫の補助を受けて私財も投じたため、千田県令は工事の完成を見ず新潟県に左遷されてしまう。漁民に抵抗を受け、県民に負担をかけ、当時の広島には不釣合いな大規模港湾であり県令の功名心による土木工事であるとの批判も受けた。しかし、日清戦争において広島が臨時首都となった要因は、前線に近い点だけでなく、鉄道が開通しており、近代港湾を持ち、物資の生産・集積・貯蔵に必要な十分な土地を持つという理由からであった。宇品港と宇品干拓と共に、近代における広島の発展の原動力となった千田県令は、後に再評価され勲三等旭日章を受け、男爵に叙せられ、千田廟公園(千田神社)が建てられた。
  • 1893年5月:広島電灯設立。
  • 1894年
    • 6月10日:山陽鉄道(現山陽本線)が広島まで開通。
    • 8月4日:陸軍省の山陽鉄道への依頼により、広島駅から宇品港への宇品線の建設着工、2週間の突貫工事により同月20日完成。
    • 9月15日:日清戦争に伴い、大本営や帝国議会が臨時に広島に移る。以来、広島は軍都として発展する。(→首都機能移転
    • 10月:市初の発電所(火力、30キロワット)が大手町に建設され、市内に電灯がともる[54]
  • 1896年5月19日:市章を制定する[55]
  • 1899年1月1日:広島市内で上水道の給水開始。
  • 1903年12月27日:海田市駅から呉軍港を結ぶ呉線、官設により開通。
  • 1905年2月:府中煙草製造所(元JT府中工場、及び同廣島分工場(元JT広島工場)が煙草製造開始。
  • 1909年
  • 1910年10月1日:市内にガス供給開始。
  • 1911年:広島城の外堀が埋められる。
  • 1912年明治45年)
    • 広島市歌(初代)を制定
    • 7月8日亀山発電所(水力、2100キロワット)が送電開始[54]
    • 西堂川(西塔川)(現在の鯉城通り・一部千田通り)が埋め立てられる。これが御幸橋方面への市内電車通りとなる。
大正
二葉山から広島市街。大正期。
左半分全体に広がるのは当時あった東練兵場。左端写真中央付近が広島駅。左から2番目写真の中央は猿猴川と京橋川の分岐。
1945年米軍作成の広島市地図。赤い斜線(濃い赤)の部分が原爆による全壊地域、赤い点(薄い赤)の部分が半壊地域である。地図の升目は1000ヤード(914.4メートル)である。一部1930年代の情報で書かれている[56]
    • 4月28日:芸備鉄道が東廣島(現在の東広島駅とは別)-志和地間を(現芸備線)開業。
    • 6月1日:芸備鉄道志和地-三次(現在の西三次)間が開業。
  • 1920年7月15日:芸備鉄道広島-東広島(現在の東広島駅とは別)間が開業。国鉄廣島駅へ乗り入れ。
  • 1922年8月22日:広島電気軌道宮島線(己斐-草津)が開業。
  • 1925年7月15日:宮島線廿日市-地御前間が開業。
  • 1926年7月15日:宮島線地御前-新宮島(後に廃止)間が開業。
昭和
  • 1929年:昭和産業博覧会開催。4月18日、博覧会開催を記念して中国新聞社より広島市歌(2代目)を市に寄贈。
  • 1931年2月1日:宮島線新宮島-電車宮島(現在の広電宮島口)間が開業し、宮島線全通。
  • 1932年:太田川の山手川と福島川の改修工事(太田川放水路)が帝国議会で決定。工事は第二次世界大戦で一時中断。
第二次世界大戦中
原爆投下前。
投下後。
広島市中央部
同心円の中心が爆心地。すぐ左上に目標の相生橋。画面右上の矩形は広島城

(特徴:中央集権国家での地方統治の拠点・戦時体制下の軍事都市)

現代

第二次世界大戦終結から現在まで
広島に行幸した昭和天皇を歓迎する市民(1947年)。左に当時の広島護国神社の鳥居、右に原爆ドーム

(特徴:中央集権国家での地方統治の拠点・平和記念都市としての都市整備・工業都市)

比治山から広島市内を望む。1955年頃。
1950年代後半頃より、社会福祉資産の充実
戦後復興の対象が生活や産業基盤などの基礎インフラの再建・整備から文化・体育関連へと移っていった。1958年(S33)に広島復興大博覧会開催、1960年(S35)に広島県立図書館開館、広島港1万トンバース完成、1962年(S37)広島県立体育館が開館、1965年(S40)広島女子大学開学、1968年(S43)広島県立美術館開館[59]
平成
比治山から広島市内を望む。2007年。
2016年G7広島外相会合
  • 2009年3月28日:広島東洋カープの新しい本拠地となるMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(略称『マツダスタジアム』)完成。
  • 2010年4月26日:広島高速2号線開通。広島高速3号線広島南道路吉島出入口まで開通。
  • 2012年
    • 11月15日:広島西飛行場としての供用廃止。ヘリポートとして存続し、広島ヘリポートとしての供用開始。
    • 11月24日:サンフレッチェ広島が初のJリーグ年間王者に輝く。
  • 2013年4月19日 - 5月12日:全国菓子大博覧会・ひろしま菓子博2013が広島市中央公園および広島市民球場跡地で開催。
  • 2014年
    • 3月23日:広島高速3号線(広島南道路)全線開通。
    • 8月20日:19日深夜に降り続いた局地的豪雨の影響により、安佐北区、安佐南区で大規模な土石流、土砂崩れが発生(平成26年8月豪雨による広島市の土砂災害)。このように旧広島市は太田川の開口部に干拓して作られた土地の上にあり、多くの地名に海や干拓にまつわる字句が入っている[60]。またデルタ開発以前の長束から可部にかけての太田川下流域には古代からの水運に因んだ地名(大字・字)が残っている。
  • 2015年3月14日:JR西日本アストラムラインの「新白島駅」がそれぞれ開業。
  • 2016年
    • 4月10日 - 4月11日:G7広島外相会合開催。
    • 5月27日:オバマ第44代アメリカ合衆国大統領広島訪問。
    • 9月10日:広島東洋カープが7度目のリーグ優勝を果たす。
    • 9月23日:HIROSHIMA ORIZURU TOWERグランドオープン。
令和
  • 2019年令和元年)11月24日:ローマ・カトリック教会第266代教皇フランシスコ広島訪問。

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