土岐光衡 土岐光衡の概要

土岐光衡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/23 14:13 UTC 版)

 
土岐 光衡
時代 平安時代末期 - 鎌倉時代初期
生誕 平治元年(1159年
死没 元久3年3月25日1206年5月4日
別名 土岐三郎(『吾妻鏡』)
土岐左衛門蔵人(『尊卑分脈』)
官位 従五位下蔵人左衛門尉
主君 源頼朝頼家
氏族 土岐氏
父母 父:源光長
母:宣能卿女白川局
養父:源光基
兄弟 国長、光経光衡
未詳
土岐光行浅野光時
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略歴

治承・寿永の乱で討死した源光長の末子であったが、伯父・光基の養子となり土岐氏の嫡惣を継承した[1]平家滅亡後は鎌倉幕府御家人となり、建久4年(1193年)に源頼朝富士の巻狩に出掛けた際、これに随行した「土岐三郎」は光衡を指すものと推定されている(『吾妻鏡』同年5月10日条)。

美濃国土岐郡一日市場館を本拠として「土岐」を号したとされることから、実質的な土岐氏の祖とされる場合が多い。系図類では2子が確認され、土岐氏は、光信から始まり、嫡惣は長子・光行に継承させている。全国に浅野家(広島)・浅野家(赤穂)=千葉、土岐頼忠→水野→神野城の神野家(現在は奈良県)として散らばっている。

系譜

関連項目

  • 一日市場館

  1. ^ 尊卑分脈』に「実父光長也 為光基子相続」の記述。


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