国鉄3400形蒸気機関車 国鉄3400形蒸気機関車の概要

国鉄3400形蒸気機関車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/01 07:30 UTC 版)

山陽鉄道 116(後の鉄道院 3412)

概要

アメリカ合衆国ピッツバーグ・ロコモティブ・アンド・カー・ワークスから複数の私設鉄道に導入された、40tクラスの車軸配置2-6-2(1C1)の単式2気筒、飽和式タンク機関車である。ボールドウィン・ロコモティブ・ワークス製の3300系よりやや大きく、形態もピッツバーグ流に洗練されていた。車軸配置2-4-2(1B1)の210形とは系列設計で、デザインラインが類似している。

本形式を最初に導入したのは、1896年(明治29年)の南海鉄道播但鉄道で、翌1897年(明治30年)には豊州鉄道(初代)、1907年(明治40年)には横浜鉄道が導入し、計23両が日本に輸入されている。

これらのうち鉄道国有法により国有鉄道籍となったのは、播但鉄道から山陽鉄道に譲渡された1両、豊州鉄道から九州鉄道に譲渡された12両で、その後の買収により横浜鉄道の5両と、戦時買収によって国有化された西日本鉄道糟屋線)の2両の合わせて20両であるが、西日本鉄道買収の際の買収機のうち、本来3350形に編入されるべきブルックス・ロコモティブ・ワークス製の1両が本形式に編入されており、3400形を称した機関車は、都合21両ということになる。

主要諸元

形式図(3400 - 3412)

3400 - 3412の諸元を示す。

  • 全長 : 9,963mm
  • 全高 : 3,597mm
  • 全幅 : 2,478mm
  • 軌間 : 1,067mm
  • 車軸配置 : 2-6-2(1C1)
  • 動輪直径 : 1,321mm
  • 弁装置 : スチーブンソン式アメリカ型
  • シリンダー(直径×行程) : 381mm×559mm
  • ボイラー圧力 : 10.6kg/cm2
  • 火格子面積 : 1.32m2
  • 全伝熱面積 : 87.0m2
    • 煙管蒸発伝熱面積 : 80.9m2
    • 火室蒸発伝熱面積 : 7.0m2
  • ボイラー水容量 : 2.7m3
  • 小煙管(直径×長サ×数) : 45mm×2,946mm×169本
  • 機関車運転整備重量 : 44.39t
  • 機関車空車重量 : 34.67t
  • 機関車動輪上重量(運転整備時) : 34.95t
  • 機関車動輪軸重(第2動輪上) : 12.56t
  • 水タンク容量 : 4.4m3
  • 燃料積載量 : 1.27t
  • 機関車性能
    • シリンダ引張力 : 5,480kg
  • ブレーキ装置 : 手ブレーキ蒸気ブレーキまたは真空ブレーキ

3418の諸元を示す。

  • 全長 : 9,998mm
  • 全高 : 3,581mm
  • 全幅 : 2,438mm
  • 軌間 : 1,067mm
  • 軸配置 : 2-6-2(1C1)
  • 動輪直径 : 1219mm
  • 弁装置 : スチーブンソン式アメリカ型
  • シリンダー(直径×行程) : 381mm×559mm
  • ボイラー圧力 : 10.6kg/cm2
  • 火格子面積 : 1.46m2
  • 全伝熱面積 : 92.0m2
    • 煙管蒸発伝熱面積 : 84.3m2
    • 火室蒸発伝熱面積 : 6.6m2
  • 小煙管(直径×長サ×数) : 44mm×2,876mm×210本
  • 機関車運転整備重量 : 44.72t
  • 機関車空車重量 : 34.98t
  • 機関車動輪上重量(運転整備時) : 33.53t
  • 機関車動輪軸重(第3動輪上) : 11.79t
  • 水タンク容量 : 4.55m3
  • 燃料積載量 : 1.47t
  • 機関車性能
    • シリンダ引張力 : 5,940kg
  • ブレーキ装置 : 手ブレーキ、蒸気ブレーキ

南海鉄道

南海鉄道へは1896年に3両(製造番号1688 - 1690)が入線したが、後述する播但鉄道の2両(製造番号1691, 1692)も引き受けて、1形と称した。製造番号と南海鉄道での番号の対照は、次のとおりである。

  • 製造番号1688 → 南海鉄道5
  • 製造番号1689 → 南海鉄道1
  • 製造番号1690 → 南海鉄道2
  • 製造番号1691 → 南海鉄道3
  • 製造番号1692 → 南海鉄道4

これらは、1907年の電化後も貨物列車用として残留したが、1917年(大正6年)に3が、翌1918年(大正7年)に4が播州鉄道を介して博多湾鉄道(後の博多湾鉄道汽船)に譲渡され、1944年(昭和19年)の戦時買収により国有鉄道籍となったが、南海鉄道に残った3両(1, 2, 5)は、国有鉄道との接点のないまま、1923年(大正12年)の電気機関車全面的採用にともなって用途を失い、1927年(昭和2年)に廃車解体された。

博多湾鉄道から西日本鉄道に編入された2両については、戦時買収により本形式に編入されたが、3が3419、4が廃車による欠番を埋める形で3410(2代目)となった。3410が埋番2代目となったのは、横浜鉄道引継ぎ車の続番に3両を編入すると、次形式(3420形)と番号が重複してしまうためと推定されている。

3418は、博多湾鉄道汽船の1(2代目)であったが、前述のように1896年(明治29年)ブルックス社製の別物である。元は、南和鉄道が発注したもの(製造番号2710, 2711 → 4, 5)であったが、1899年(明治32年)、1898年(明治31年)に南海鉄道に譲渡され、同社の3形7, 8)となり、そのうちの7が1925年(大正14年)に博多湾鉄道へ譲渡され、それが国有化されたわけである。南海鉄道に残った8は、1928年の全面電気動力化にともない、廃車解体された。


  1. ^ この時点で、ピッツバーグ工場はアメリカン・ロコモティブに統合されていた。
  2. ^ 予定番号は、6(2代目)
  3. ^ 予定番号は、7(2代目)


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