千日デパートビル火災事件 千日デパートビル火災事件の概要

千日デパートビル火災事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/17 02:01 UTC 版)

千日デパート火災 > 千日デパートビル火災事件
最高裁判所判例
事件名 千日デパートビル火災事件(業務上過失致死傷被告事件)
事件番号 昭和62(あ)1480
1990年(平成2年)11月29日
判例集 刑集第44巻8号871頁
裁判要旨
  • デパート閉店後に電気工事が行われていたデパートビル3階から出火し、当時7階で営業中だった風俗店(アルバイトサロン[注釈 1])に多量の煙が流入したことにより、多数の死傷者が生じた火災事故において、デパート管理部管理課長にはビル防火管理者として夜間店内工事に際して3階売場の防火区画シャッター等をあらかじめ可能な範囲で閉鎖し、保安係員等を工事に立ち会わせ、火災が発生した際にはすぐさま開いている防火区画シャッターを閉鎖させ、7階風俗店側に火災発生を連絡させる等の体制を取るなど、各注意義務を履行する立場にあったというべきであり、右各注意義務に違反し、本件結果を招いた被告人には明らかな過失責任がある[1]
  • 7階風俗店の支配人は、右同店の防火管理者として、あらかじめ安全な避難経路を点検したうえで避難計画を立案し、唯一の避難器具である救助袋を保守管理し、平素から従業員に避難訓練や救助袋の使い方等を指導すべきであった。実際に階下で火災が発生した際には従業員らを指揮して適切に客等を地上へ避難誘導できるように平素から避難誘導訓練を実施しておくなどの右注意義務を負っていたというべきであり、デパート保安係員が同店に対する通報を失念したという不手際があったとしても、右注意義務を怠った被告人の過失は明らかである[1]
  • 7階風俗店を経営する会社の代表取締役業務部長には、右同店の管理権原者として、平素から救助袋の保守管理が為されず、避難誘導訓練が全く行われていないことを知っていながら、同店防火管理者である支配人が防火管理業務を適切に遂行しているかどうかを具体的に監督指導すべき注意義務を果たしていなかったのであるから、被告人に過失があるのは明らかである[2]
  • それぞれの被告人には業務上過失致死傷罪が成立する[3][4]
第一小法廷
裁判長 大堀誠一[5]
陪席裁判官 角田禮次郎[5]大内恒夫[5]四ッ谷巌[5]橋元四郎平[5]
意見
多数意見 全員一致[5]
意見 なし[5]
反対意見 なし[5]
参照法条
刑法211条前段 刑事訴訟法414条、同386条1項3号
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第一審で被告人3名全員に無罪判決が出され、検察が控訴した。控訴審では一転して破棄自判により被告人全員に有罪判決が出され、判決を不服として被告人側は上告した。上告審で上告棄却が決定し、被告人全員の有罪が確定した。

日本のビル火災史上において最大の惨事となった本件火災の刑事訴訟は、火災発生の直接的な原因を作った疑いがある失火の当事者やビルの経営責任者は起訴されずに、ビルや店舗の防火管理者ら二次的な過失を犯した疑いがある者が起訴された。それは事件当時の日本の裁判では異例ということで司法判断の行方に注目が集まった。さらには雑多なテナントが同じビルに入居し、管理権原や防火管理が複雑に入り組む「雑居ビル」という新しい概念の営業形態が増えていた中で、管理権原者や防火管理者の過失責任がどこまで問われるのか、当時の日本では判例がなく、本件裁判の結果が先例になることから法曹界はもとより、消防関係者やビル管理関係者の間でも関心を呼んだ。また本件訴訟は、最終的な判決が確定するまで初公判から17年の歳月を費やしたこと、一審と二審で正反対の異なる司法判断が示されたことでも社会的な関心が高まった。


注釈

  1. ^ 素人の女性がアルバイト感覚で客を接待する大衆サロンのこと。キャバクラの元祖。昭和30年代から昭和40年代にかけて主に関西で流行った。別名アルサロとも呼ばれる。
  2. ^ 検察および裁判所が認定した負傷者42人は、全体の負傷者81人のうち、消防士および警察官などのプレイタウン関係者以外の負傷者34人を含めていない。つまり被告人らの過失によって負傷させられたと認定した負傷者数が42人ということである。プレイタウン関係者の負傷者は合計47人であるが、そのうちの5人については、被告人らの過失による負傷とは認定されなかった。
  3. ^ 刑法第211条前段 業務上過失致死傷罪等=業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
  4. ^ 主要な煙の侵入経路は階段E、Fからであるが、その他の経路としてはプレイタウン専用南側(A南)エレベーター昇降路の2階および3階の天井付近に、手抜き工事によってできたと推定される隙間が開いており、その部分から煙が流入し7階へ上昇した。また3階から7階までを竪穴で垂直に繋ぐ空調ダクト内に設置されていた防火ダンパーが火災発生時に機能せず、事務所前のダクト開口部から煙と熱気が噴出した。
  5. ^ 閉鎖については、ボタンを押すことでシャッターの自重により降下する仕組みで、作業は容易だった。
  6. ^ ハンドルを10回転させたときのシャッター巻き上げ量は約14センチメートルであるから、防火区画シャッターの高さ(長さ)が2.64メートルであることを考えると、巻き上げ完了までに約189回転を要する。裁判所に提出された「防火シャッター開閉所要時間等調査結果報告書」の実験結果によれば、巻き上げ所要時間はハンドルの重さ、疲労による作業効率の低下を考慮しても急ぎで1分20秒、通常で2分半程度である。
  7. ^ a b c B階段とは、プレイタウン専用の南側(A南)エレベータ―西隣に設置されていた特別避難階段である。鉄扉が二重に設置され附室(バルコニー)が備わっていた。7階を除いて他の階の出入口は常時施錠されており、普段から事実上プレイタウン専用階段になっていた。
  8. ^ 1970年9月29日、南消防署主催・防火研究会(福田屋百貨店火災)。被告人A欠席。代理で保安係長が出席。 1970年10月3日、大阪市消防局・説明会(福田屋百貨店火災)。被告人A出席。
  9. ^ 福田屋百貨店火災(宇都宮市)=1970年9月10日早朝4時ころ、地下1階から出火。地下2階を除き8階建ての建物13,285平方メートル(延床面積の92パーセント)が焼損した。負傷者9人。火災原因は不明だが、エスカレーター増設工事に用いた溶接の火花が関係しているとの見方がある。竪穴区画の不備、閉店後の防火区画シャッター開放により建物全体に延焼した。
  10. ^ 1971年5月25・26日、大阪市消防局・夜間査察(田畑百貨店火災)。被告人A立会い。
  11. ^ 1971年6月上旬、南消防署・管内百貨店特別点検(田畑百貨店火災)。被告人A立会い。
  12. ^ 1971年6月1日、大阪市消防局・夜間査察の結果説明および防火指導会(田畑百貨店火災)。被告人A出席。
  13. ^ 1971年6月11日、南消防署・特別点検の結果説明会(田畑百貨店火災)。被告人A出席。
  14. ^ 次のシャッターへ移動する時間も含まれる。
  15. ^ 「職務分掌」とは、企業組織などにおいて職務上の役割や職責を明確化すること。
  16. ^ a b 「キャビネットを取り除き、投げ綱の砂袋を先頭に投下し、袋本体を降下させ、入口枠を起こして、下部取付完了を確認のうえ、降下してください」と表示されていた。
  17. ^ 刑事訴訟法第336条 無罪の判決=被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。
  18. ^ 「趣意」とは、物事をおこなう際に表明する目的、意見、考えのこと。
  19. ^ 「所論」とは、意見を主張し論じること。
  20. ^ 大阪高裁が証拠として採用したのは被告人Cの以下の供述である。「エレベーターの様子を見るため、急ぎ足で午後10時40分過ぎころ、アーチとクロークの中間付近まで行ったが、その時点では、南側(A南)エレベーター昇降路から流入する煙はそれほど多くなく、右エレベーター付近にいた客やホステスら7~8人は、平穏にエレベーターを待っている様子であったため、これなら混乱なく客を送り出すことができると考え、しばらく同所に立って様子を見ているうちに、午後10時42~43分ころ、南側(A南)エレベーターの昇降路から流入する煙が急激に増加し、右エレベーター前からクローク前付近一帯に煙が充満し始め、暗くなって来たことから、客やホステスらを早急に避難させねばならないと考えるに至り・・・」という内容である。
  21. ^ 被告人Cの煙に関する証言が最も信用できる根拠は、火災直後と火災4か月後に警察の取り調べに対して供述した内容が一貫していること、同被告人の記憶が鮮明なうちに調書が作成されていること、「煙立体図面」なるものは作成者の描画力によって違いがあり、異なる図面を比較することが信頼性の面で困難であること、客などの証言によって作成された図面は、どの時刻の状況なのか定かではなく、客観的な証拠と成り得ないことなどが挙げられる。
  22. ^ 「失当」とは、その主張自体に意味がなく、道理に合わないこと。的外れな主張。
  23. ^ 原審説示によれば「当直保安係員は通常5名のうちの1名が通用口受付、1名が保安室で監視業務を担当していて、防火区画シャッター閉鎖に割ける人員は3名」と認定した。検察の所論では「9時30分までは受付要員は不要であり、4名で右シャッター閉鎖を担当できる」と主張したが、大阪地裁は「9時30分以前でも外部から館内へ人の出入りがあり、受付要員1名は必要」として、検察の所論は採用されなかった。
  24. ^ a b 大阪科学技術センタービル火災(大阪市西区)=1984年4月4日11時30分ころ発生。何者かが仕掛けた時限発火装置から出火し、建物の3階部分473平方メートルを焼損。13時25分ころ鎮火した。滞在者679人は、施設管理者の適切な避難放送と避難誘導によって全員が避難に成功した。猛煙に巻かれた人は219人いたが、人的被害はCO中毒8人で済んでいる。同時に大阪府庁舎でも火災が発生し、大阪府警は犯行の手口や犯行声明から中核派によるゲリラ事件と断定した。
  25. ^ 刑事訴訟法第414条 控訴に関する規定の準用=前章(上告)の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
  26. ^ 刑事訴訟法第386条1項3号 控訴棄却の決定=控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第377条ないし第382条および第383条に規定する事由に該当しないとき。

出典

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