千日デパートビル火災事件 判決に対する評価

千日デパートビル火災事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/17 02:01 UTC 版)

判決に対する評価

本件の司法判断は、無罪から有罪に振れたことで一般社会から様々な意見が出されたが、特に第一審の無罪判決については経営責任者への責任追及が為されなかったことを含めて多くの疑問が呈された。また消防関係者からは共同防火管理についての責任追及が為されていないことへの懸念が示され、法曹関係者からは有罪決定について法理論的な問題点が指摘された。

交通事故の法理論を適用 

第一審判決では、被告人3名全員が無罪となったが、遺族やマスコミ、消防関係者の間からは一部を除き「予想外の判決だ」とする意見が多かった[116][117]。日本のビル火災史上最大の惨事となった本件火災で、ビルの防火保安管理の不備や7階プレイタウン滞在者に対する避難誘導の懈怠、避難器具の保守管理放置などは各被告人の注意義務違反であり、被害の予見可能性はあったと認定されながら、各過失と死傷結果との間に因果関係はなく、不測の事態であるから各被告人がいくら手を尽くしても結果回避ができた証明がない、などとする司法判断は到底納得できるものではなかった。死者118名、負傷者42名にも及ぶ被害を出しながら、誰一人として刑事責任を問われないというのは、遺族や被害者の処罰感情や再発防止の観点からは、判決に非難が集まった[117][118]。一部では雑居ビルゆえに無罪判決が出されたのでは、とも言われた[119]

一転して控訴審は各被告人の過失責任を認めて有罪判決を下し、最高裁も原審判決を支持した[19][23]。3被告人とも管理権原者や防火管理者としてデパートビルや7階プレイタウンに滞在する客や従業員に対して保証人的地位にいる者であり、それらに監督過失を認めた。雑居ビルの安全性保障の見地からビルを所有管理する者に幅広い高度な注意義務を課し、刑事過失責任を追及することを最高裁が認めたことは司法判断として意義が大きく、本件有罪決定が実務に大きな影響を及ぼすとされる[120]。またビル管理者とテナントの間で信義則を適用することでビル側が刑事責任を免れるということは容易に認められないという司法判断でもあった[120]。被告人A(デパート管理課長)について、上司に指示を求める「進言義務」に言及されている点は注目され、上司と部下の間で職務上の指示が無かったことで責任を免れることを塞ぐ判断である[120]。被告人B(プレイタウン管理権原者)について、右被告には同店防火管理者である被告人C(プレイタウン支配人)が右業務を忠実に実施しているかを監督する注意義務に違反した過失があるとした点は、監督過失を高度に判断したものであり、部下が注意義務を履行していると信頼しているだけでは監督過失責任は免れないということを示した[120]

商業施設や宿泊施設の火災事件では、重大な死傷結果が出た場合に管理権原者や防火管理者が過失責任を追及される判例が増えてきたが、犯罪の構成要件、違法性、責任が具体的に何であるのかがはっきりしないという問題がある[121]。交通機関の事故における責任追及では、運行規則による注意義務を遵守するだけではなく、広汎な注意義務も要求され、さらには信義則を肯定したうえで判決が出されるが、火災事件の場合は法整備が立ち遅れていたことから判例にも乏しく、本件の判決では従来の交通事故の法理論をそのまま適用せざるを得ない側面もあった[122]

処罰感情や予防的な社会要請に従って被告を処罰することは法理論的には問題だとする考えもある。火災事件の場合、防火管理者などに科す刑事責任は、火災が発生する前の行為に重点が置かれる。本件でいえば夜間店内工事に際して売場の防火区画シャッターを閉鎖する体制を整えなかったこと、保安係員を夜間工事の監視業務に就かせなかったこと、吹き抜け閉鎖用シャッターや救助袋のメンテナンスを怠ったこと、避難訓練や従業員の指導を行わなかったことなどが当てはまる。法的根拠なしに審理すれば、それらの行為が適用される範囲が過去に遡り、どのようにも拡大解釈される恐れがあり、実際の実行行為と法律で保護される権利侵害との関係が曖昧になりかねないとする見方もある。また経営者や防火管理者の保証人的地位や不作為犯の実行行為の構造を明確にしない限り、裁判官の裁量によって有罪にも無罪にもどちらにも判決が揺れる可能性があり、被告人を不安に陥れる点で問題だとされる[123]

避けられた責任追及

本件では、公訴事実および公判廷全般において「共同防火管理」についての責任が追及されていないのは問題だとする意見がある[124]。千日デパートビルは複合用途の防火対象物であり、雑多なテナントが一つのビルに入居して営業し、管理権原や保安体制も分かれていることから消防法令の定めるところによりデパート側とテナントが一つにまとまって共同防火管理をおこなう義務があった。しかし法令の縛りが緩く、違反に対して罰則もなかったことから同ビルは本件火災発生までにその体制が取られていなかったことで被害が拡大した。本件民事裁判における損害賠償請求訴訟では、共同防火管理の下に保証される最も重要な保安管理義務は、千日デパートではテナントに対する保安管理契約という形で事実上存在し、その不備や懈怠によって債務不履行が生じてテナントは損害を被ったと認定された[125]。そのことからすれば、刑事裁判においても公訴事実に従って共同防火管理の不備について責任が追及されるべきだとする意見があり、なぜそのことは不問にされたのか疑問が呈された。共同防火管理に対する責任追及が無いということは、千日デパートを経営管理する日本ドリーム観光の経営陣の責任に波及しないということであり、企業組織の一社員に過ぎない防火管理者だけに刑事責任を科すことは妥当ではないといった指摘も見られた[119]。本件よりも1年半早く一審判決が出された大洋デパート火災事件では、5名の被告が業務上過失致死罪で起訴されたが、そのうちの3名は経営者であり、管理権原が一つにまとまっている百貨店では責任の所在は明確であった。しかし千日デパートのような複合用途の商業施設ではテナントからの出火となれば責任の所在もさることながら、家主と店子の間で責任の擦り合いに至ることからも司法判断が難しく、実際に本件では千日デパート経営者に過失責任が及んでおらず、防火管理に直接関与していないことを理由に経営者や管理権原者(デパート店長)に対する責任追及に結びつくところは避けた印象もある[126][127]

さらに本件では「火災通報の欠如」について責任の追及が為されていないことには問題があると指摘する向きもある[128][129][130]。本件火災は3階で発生した火災を7階プレイタウンに通報しなかったことで同店に滞在していた客や従業員の逃げ遅れに繋がり、未曾有の人的被害を出すに至っており、1階保安室が火災を覚知した22時34分過ぎに速やかにプレイタウンへ電話で通報しておけば人的被害は最小に抑えられたとされている[130]。通報業務はデパート保安係員の役割とされているが、実際にはプレイタウンへの通報を失念し、通報体制について平素から何らの取り決めもされていなかった。この火災通報の欠如が人的被害発生の根本原因だと言っても過言ではなく、建設省「千日デパートビル火災調査委員会」の調査で被害拡大の2大要因のうちの1つに挙げられているほどである[131]。それにもかかわらず保安係長が書類送検はされたが起訴は見送られた[11][9]。理由は「火災が延焼を始めたころには7階プレイタウンでも火災を覚知していたのであり、通報しなかったことに落ち度はない」というものだが[11][9]、消防法令で共同防火管理が義務付けられている中では、建物の管理者からテナントへ災害発生の通報義務があって然るべきと考えられ、たとえ通報の取り決めがなく、プレイタウンがビル内で管理外に置かれていたとしても、道義的あるいは条理の観点からも通報は当然の義務だとされる。保安係にはテナントの客や従業員に対して保証人的地位はなく、信義則もない、通報しなかったことは不作為であり、実行行為もないとすれば罪にも問えないだろうが、被害者の法律で護られるべき権利が侵害されているとすれば問題がある。

有罪判決の是非

被告人C(プレイタウン支配人)について、客や従業員に対して適切な避難誘導を怠った過失を控訴審で認定したことは注目されるところで、平素からの避難訓練を怠っていたことと、実際の火災で避難誘導を失念したことを関連付けて死傷結果に至ったことに過失責任があるとした。防災対策や訓練の不備によって刑事責任を追及すると、因果関係や予見可能性が曖昧かつ抽象的に判断され、結果回避の可能性が法的根拠によらずに論理的思考によって認定されるなど、過失犯認定の判断が曖昧になる[132]。防災対策は、火災が発生する前の予防的措置が目的であり、火災が発生したあとの責務不履行は次元の違う話だとする見方がある[132]。防火管理者に保証人的地位を認めるとしても、その過失は不作為によるものであるから、過失犯として処罰される可能性があるのは疑問だとする考えもある[132]。結果発生の現実的危険が発生した時点で、当該結果の発生の防止が可能であるにも関わらず、それを故意に防止しないとか、過失によって防止しない不作為があって初めて過失致死傷罪の構成要件となるが、被告人Cはプレイタウンの支配人であり防火管理者でもあったから保証人的地位が認められるとされる[123]。実際に同被告人は火災発生時に現場に居て業務を行っていたのであるから、各注意義務違反によって結果回避義務を尽くさなかったことが過失責任の認定根拠になっていることに関しては、控訴審の有罪判決は評価できるとする向きもある[123]

一方、被告人A(デパート管理課長)および同B(プレイタウン管理権原者)の有罪判決については不当だとする意見がある[123]。被告人Bに保証人的地位があったとしても、発災当時に同被告人は火災現場に居なかったのであり、過去の防災対策の不備や職務怠慢、被告人Cへの指導監督不足など、それらが実行行為の内容なので、不真正不作為犯の過失行為とはなり得ず、被告人Bに保証人的地位が認められないのなら、過失は認められないとする考え方がある[123]。そのことは被告人Aについても同様で、発災時には3階火災現場に居なかった同被告人が過去の防災対策の不備で過失を問われるのは「不作為」であるから不当であると考える向きもある[123]。被告人Aおよび同Bについては、もしも本件火災またはそれに類する失火などが起きないと仮定した場合、注意義務違反と言われていることが現に存在しても、けして火災は起きないのであるから死傷結果も生じないのであり、不作為の過失に実行行為を認めるのは難しいとする意見もある[133]。また防火管理者としての平素の怠慢を追及するだけではなく、夜間店内工事などの危険度がある実際の行為に対して、具体的に取るべき措置を怠ったことについて責任が追及されるべきとする考えもある[133]

過失の競合について、本件では各被告人の過失の同時責任を認めている。本件の各被告人は不作為犯であるから、独立した結果について同時責任が追及されるべきであるが、不作為犯の構造は明確にする必要がある[123]。また今後はビル火災事件では過失の共同正犯を認定していく方向になるべきとする考えもあり、個別の管理監督に対する過失を求めるよりも共同実行の過失のほうが認定しやすく、妥当な判決をもたらすとされる[133]

判決の影響 

本件の有罪判決決定によって不特定多数が出入りする建築物の管理権原者および防火管理者には、平素から防火設備などを保守点検したうえで火災を未然に予防し、避難訓練や避難誘導で滞在者の安全を図る高度な注意義務があり、結果回避措置を取る責務は重いと判断が示されたことは、経営者や防火管理者にとっては戒めとなった[134]。本件以降、類似の火災事件に対しては管理権原者や防火管理者などに厳しい刑事責任が科せられる流れになった。現在では幾度にも亘り消防法令が改正され、共同防火管理が法令に基づき義務化されたことで予防面や設備面の充実が図られるきっかけとなり、作為的犯罪行為によるものを除き、過失や失火等による大規模なビル火災事件は、火気取り扱いに対する一般的なモラルの向上と相俟って激減するに至っている。


注釈

  1. ^ 素人の女性がアルバイト感覚で客を接待する大衆サロンのこと。キャバクラの元祖。昭和30年代から昭和40年代にかけて主に関西で流行った。別名アルサロとも呼ばれる。
  2. ^ 検察および裁判所が認定した負傷者42人は、全体の負傷者81人のうち、消防士および警察官などのプレイタウン関係者以外の負傷者34人を含めていない。つまり被告人らの過失によって負傷させられたと認定した負傷者数が42人ということである。プレイタウン関係者の負傷者は合計47人であるが、そのうちの5人については、被告人らの過失による負傷とは認定されなかった。
  3. ^ 刑法第211条前段 業務上過失致死傷罪等=業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
  4. ^ 主要な煙の侵入経路は階段E、Fからであるが、その他の経路としてはプレイタウン専用南側(A南)エレベーター昇降路の2階および3階の天井付近に、手抜き工事によってできたと推定される隙間が開いており、その部分から煙が流入し7階へ上昇した。また3階から7階までを竪穴で垂直に繋ぐ空調ダクト内に設置されていた防火ダンパーが火災発生時に機能せず、事務所前のダクト開口部から煙と熱気が噴出した。
  5. ^ 閉鎖については、ボタンを押すことでシャッターの自重により降下する仕組みで、作業は容易だった。
  6. ^ ハンドルを10回転させたときのシャッター巻き上げ量は約14センチメートルであるから、防火区画シャッターの高さ(長さ)が2.64メートルであることを考えると、巻き上げ完了までに約189回転を要する。裁判所に提出された「防火シャッター開閉所要時間等調査結果報告書」の実験結果によれば、巻き上げ所要時間はハンドルの重さ、疲労による作業効率の低下を考慮しても急ぎで1分20秒、通常で2分半程度である。
  7. ^ a b c B階段とは、プレイタウン専用の南側(A南)エレベータ―西隣に設置されていた特別避難階段である。鉄扉が二重に設置され附室(バルコニー)が備わっていた。7階を除いて他の階の出入口は常時施錠されており、普段から事実上プレイタウン専用階段になっていた。
  8. ^ 1970年9月29日、南消防署主催・防火研究会(福田屋百貨店火災)。被告人A欠席。代理で保安係長が出席。 1970年10月3日、大阪市消防局・説明会(福田屋百貨店火災)。被告人A出席。
  9. ^ 福田屋百貨店火災(宇都宮市)=1970年9月10日早朝4時ころ、地下1階から出火。地下2階を除き8階建ての建物13,285平方メートル(延床面積の92パーセント)が焼損した。負傷者9人。火災原因は不明だが、エスカレーター増設工事に用いた溶接の火花が関係しているとの見方がある。竪穴区画の不備、閉店後の防火区画シャッター開放により建物全体に延焼した。
  10. ^ 1971年5月25・26日、大阪市消防局・夜間査察(田畑百貨店火災)。被告人A立会い。
  11. ^ 1971年6月上旬、南消防署・管内百貨店特別点検(田畑百貨店火災)。被告人A立会い。
  12. ^ 1971年6月1日、大阪市消防局・夜間査察の結果説明および防火指導会(田畑百貨店火災)。被告人A出席。
  13. ^ 1971年6月11日、南消防署・特別点検の結果説明会(田畑百貨店火災)。被告人A出席。
  14. ^ 次のシャッターへ移動する時間も含まれる。
  15. ^ 「職務分掌」とは、企業組織などにおいて職務上の役割や職責を明確化すること。
  16. ^ a b 「キャビネットを取り除き、投げ綱の砂袋を先頭に投下し、袋本体を降下させ、入口枠を起こして、下部取付完了を確認のうえ、降下してください」と表示されていた。
  17. ^ 刑事訴訟法第336条 無罪の判決=被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。
  18. ^ 「趣意」とは、物事をおこなう際に表明する目的、意見、考えのこと。
  19. ^ 「所論」とは、意見を主張し論じること。
  20. ^ 大阪高裁が証拠として採用したのは被告人Cの以下の供述である。「エレベーターの様子を見るため、急ぎ足で午後10時40分過ぎころ、アーチとクロークの中間付近まで行ったが、その時点では、南側(A南)エレベーター昇降路から流入する煙はそれほど多くなく、右エレベーター付近にいた客やホステスら7~8人は、平穏にエレベーターを待っている様子であったため、これなら混乱なく客を送り出すことができると考え、しばらく同所に立って様子を見ているうちに、午後10時42~43分ころ、南側(A南)エレベーターの昇降路から流入する煙が急激に増加し、右エレベーター前からクローク前付近一帯に煙が充満し始め、暗くなって来たことから、客やホステスらを早急に避難させねばならないと考えるに至り・・・」という内容である。
  21. ^ 被告人Cの煙に関する証言が最も信用できる根拠は、火災直後と火災4か月後に警察の取り調べに対して供述した内容が一貫していること、同被告人の記憶が鮮明なうちに調書が作成されていること、「煙立体図面」なるものは作成者の描画力によって違いがあり、異なる図面を比較することが信頼性の面で困難であること、客などの証言によって作成された図面は、どの時刻の状況なのか定かではなく、客観的な証拠と成り得ないことなどが挙げられる。
  22. ^ 「失当」とは、その主張自体に意味がなく、道理に合わないこと。的外れな主張。
  23. ^ 原審説示によれば「当直保安係員は通常5名のうちの1名が通用口受付、1名が保安室で監視業務を担当していて、防火区画シャッター閉鎖に割ける人員は3名」と認定した。検察の所論では「9時30分までは受付要員は不要であり、4名で右シャッター閉鎖を担当できる」と主張したが、大阪地裁は「9時30分以前でも外部から館内へ人の出入りがあり、受付要員1名は必要」として、検察の所論は採用されなかった。
  24. ^ a b 大阪科学技術センタービル火災(大阪市西区)=1984年4月4日11時30分ころ発生。何者かが仕掛けた時限発火装置から出火し、建物の3階部分473平方メートルを焼損。13時25分ころ鎮火した。滞在者679人は、施設管理者の適切な避難放送と避難誘導によって全員が避難に成功した。猛煙に巻かれた人は219人いたが、人的被害はCO中毒8人で済んでいる。同時に大阪府庁舎でも火災が発生し、大阪府警は犯行の手口や犯行声明から中核派によるゲリラ事件と断定した。
  25. ^ 刑事訴訟法第414条 控訴に関する規定の準用=前章(上告)の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
  26. ^ 刑事訴訟法第386条1項3号 控訴棄却の決定=控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第377条ないし第382条および第383条に規定する事由に該当しないとき。

出典

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