千日デパートビル火災事件 第一審判決

千日デパートビル火災事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/17 02:01 UTC 版)

第一審判決

第一審判決は、1984年(昭和59年)5月16日に大阪地方裁判所第6刑事部(裁判長裁判官・大野孝英)で言い渡された[36]。主文は「被告人3名はいずれも無罪」であった[37][13][14]。検察が主張した被告人らの火災被害の予見可能性および各注意義務については、その存在が概ね認められたが、各注意義務の履行、結果回避の可能性、火災発生と人的被害との因果関係、被告人3名の業務上の過失責任については、その大半が認めらず、検察側の主張は退けられた。弁護人らの被告人に対する無罪主張がほぼ認められた形の判決となった。

本件刑事裁判は、一審判決までに初公判から10年半、火災発生から12年の歳月を要した[14]。一審判決までに長い期間を要した理由は、失火の容疑者は嫌疑不十分で起訴には至らず、出火原因も特定できずに「原因不明」と結論付けられたことから、原因を基にした責任追及が不可能になったことにある。そこで検察は、被告人である防火管理責任者らの職務権限による過失責任の追及に重点を置いた。それによって関係証拠を積み重ねて立証すべき事柄が多岐にわたり、証人出廷なども多くなったことで審理に時間が掛かったためである[14][20]

大阪地裁が「被告人3名を無罪である」と判断するに至った理由の要旨および検討の内容を判決文の要約を引用する形で以下に記す。なお公訴事実、認定事実、火災事件の概要や詳細等は、千日デパートビル火災の記事各節で記している内容と同様なので、本記事では省略する。

本件火災原因についての判断

本件火災の出火原因は、下記引用の大阪地裁認定のとおり原因不明である。ただし、大阪府警捜査一課・南署特別捜査本部の現場検証および現場火災実験の結果では、出火推定時刻(22時27分)の少し前に出火場所付近(3階東側売場)をタバコを吸いながら歩き回っていた工事監督の失火が原因であると断定した。しかしながら重過失失火等の容疑で逮捕した被疑者の供述が二転三転し信用性が疑われたこと、被疑者の供述以外に直接的な証拠が無かったことから被疑者が不起訴処分になったことで出火原因を確定させることができなかった。→出火原因

本件火災は、工事監督が3階東側を歩いている際にタバコを吸い、その煙草若しくはこれに点火する際に用いたマッチの火が原因となって発生した疑いが濃厚であるが、この点を証拠上確定することは出来ず、結局、出火原因は不明と言わざるを得ない[38][39]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

 

被告人Aの各注意義務および過失責任の有無

大阪地裁は被告人A(日本ドリーム観光・管理部管理課長=千日デパート防火管理者)の過失責任に関して「同被告人はデパート閉店後に火災が発生した場合の拡大防止策を平素から講じていなかったのであり、そのために火災を拡大させ、多量の煙を7階プレイタウンに流入させた責任を問われている。したがって以下の検討すべき内容『7階プレイタウンに煙が流入する予見の可能性、デパート閉店後の防火体制、防火区画シャッター閉鎖の必要性、防火区画シャッター閉鎖の体制づくり、保安係員を工事に立ち会わせる義務』について、同デパート閉店後における防火体制のあり方およびその事態の検討をおこない、被告人Aの過失の有無を判断する」とした[40]

被告人Aが防火管理者として為すべき業務

(要旨)大阪地裁によれば「被告人Aの防火管理者としての業務は説示のとおりであり、右被告は千日デパートビルの防火管理全般についての業務に従事し、消防法第8条に規定する防火管理者の地位にあったのは明らかである」と認定した。

被告人Aは、日本ドリーム観光管理部管理課長として同会社が直営し、あるいは賃貸して営業している千日デパートビルについて、その維持管理の統括者である同管理部次長を補佐するとともに、1969年(昭和44年)4月30日から本件火災同日まで、同ビルの防火管理者として同ビルについての消防計画を作成し、消防法第8条に基づき消火・通報・避難等の訓練の実施、消防用設備等の点検整備、避難または防火上必要な構造および設備等の防火管理上において必要な業務に従事していた[40]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

煙がプレイタウン店内に流入する予見の可能性

(要旨)大阪地裁は、被告人Aが大阪市消防局主催の防火研究会などに出席し、ビル火災の特性や煙の流動性などについて説明や講習を受け、その内容を知っていたと解釈できることから「階下で火災が発生した場合の7階プレイタウンへの煙流入の予見は可能だった」と判断した。

  • 千日デパート閉店後は、6階以下の一部の階には少数の滞在者がいるのみだが、7階プレイタウンには多数の客や従業員が23時まで滞在しているのであり、防火管理者は同デパートの防火体制を考えるうえで、これらのことを念頭に置かねばならない[40]
  • 6階以下で火災が発生した場合、耐火構造の建物ゆえに7階まで燃え広がる恐れは少ないが、同デパートには煙を多量に発生させる可燃物(商品や内装材)が多数存在しているのは明らかであり、その煙が階段や換気ダクトなどを通じて7階まで到達することは充分に考えられる[40]
  • 被告弁護人らは「被告人Aが南側(A南)エレベーター、階段(E、F)、換気ダクトを通って煙がプレイタウンに流入することは予見できなかった」と主張したが、同ビルで火災が発生した場合、煙が上層階に流入する具体的な経路までは予見できなくても、プレイタウンに煙が流入する恐れがあることは予見できたと認められる[40]
  • 大阪市消防局および南消防署は、「福田屋百貨店火災」を教訓に管内の百貨店などに対して防火研究会と説明会をそれぞれ1回ずつ実施した[40][注釈 8][注釈 9]。さらに消防当局は田畑百貨店火災を教訓とした夜間査察や特別点検を実施し[注釈 10][注釈 11]、その結果を説明する防火指導会および説明会をそれぞれ1回ずつ開いた[注釈 12][注釈 13]。合計4回開かれた説明会などに被告人Aは3回出席していた[41]。また欠席した1回についてはデパート管理部の保安係長が出席し、その内容の報告を受けていたのであるから、各階段や換気ダクトが煙道になり、多量の煙が同店に流入することがあり得ることは充分に予見できたと認められる[42]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

千日デパート閉店後の防火体制

(要旨)大阪地裁は「被告人Aなどのデパート防火管理者らが夜間に店内工事が行われる場合、テナントや工事業者に防火管理を徹底するように申し渡していたことは認められるが、その対応が不十分だ」とした。しかしながら火災原因が不明であることから「防火予防措置に落ち度があったとしても被告人Aの過失は問えない」と判断した。

  • ニチイ千日前店の売場改装工事に際して、デパート管理部次長はニチイ千日前店店長に対して工事の要望書を交付し、被告人Aと管理部次長がニチイと工事業者らを集めて要望事項を伝えているが、そのなかで喫煙については所定の場所であらかじめ水を入れた大きな容器を置き、そこでタバコを吸うように要望していることが認められるから、火の不始末による火災予防について、いちおうの対策は講じていた。大阪市内の大手百貨店では、閉店後の工事に際して部外者が店内に入るときは、百貨店側が喫煙用のバケツ等の容器を用意し、それを使用させていたことが認められるから、それらの事例に比べて、右のような要望をしただけで喫煙用の容器等をニチイや工事関係者に用意させていた被告人らの措置は、火災予防の措置としては不十分であるが、火災原因が不明である以上、火災予防措置に落度があったとしても、この点をとらえて被告人Aの過失を問うことは出来ない[42]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

閉店後に防火区画シャッターを閉鎖しておくことの必要性

(要旨)大阪地裁は、閉店後の夜間店内工事に際して火災延焼防止のためにあらかじめ防火区画シャッター等を閉鎖しておく必要性を認めた。また被告人Aが防火区画シャッター閉鎖の必要性を認識していた事実も認めた。

  • 3階東側売場で発生した火災を同エリアだけで食い止めるには、北側と南側に設置されている2か所の空調機械室間を南北に一直線で結ぶ6枚の防火区画シャッターを閉める必要があったが、工事作業者らが3階で火災を発見したあとの火災の拡大と急速な煙の充満した状況によって、ボタン操作で降下可能な6枚の防火区画シャッターのスイッチがある東側には近づけなかった[42]。また保安係員を工事に立ち会わせることの実現性は低く、訓練も受けていない工事作業者らが防火区画シャッターを閉鎖することは出来なかった[42]。結局のところ、工事に際して開けておくべき防火区画シャッターと防火扉以外は、あらかじめすべて閉鎖しておき、火災発生時には開けておいた2枚の防火区画シャッターを直ちに閉鎖する方法しか火災を食い止める手立てはなかった[43]
  • 夜間は保安係員5名と電気・気罐係2名がデパートビルに勤務(宿直)しているが、仮に2階から4階の間で火災が発生した場合、それらの階には熱式感知器が設置されていないことから、速やかに火災を発見し、保安係員などが現場に駆けつけ初期消火や防火区画シャッターを閉鎖できる体制になかったことは明らかである。また地下1階もしくは1階で火災が発生した場合を考えてみても、初期消火に必ずしも成功するとは限らず、保安係員らが19枚もある1階の防火区画シャッターをとっさに閉鎖できるかどうかは疑わしい。保安係員らが、平素から防火区画シャッターを閉鎖する訓練を受けていたとしても、初期消火の傍らで冷静に行動できるとも限らず、潜戸のない同デパートの防火区画シャッターのどこを開けてどこを閉めるのかを判断するのは難しい。この点を考えても防火区画シャッターは閉店後にそのすべてを閉鎖しておく必要がある[44]
  • 大阪市消防局は、田畑百貨店火災の発生を受けて、夜間の防火区画シャッター閉鎖を指導する方針に改めたことから、千日デパートに対しても同シャッターを閉店後に閉鎖するように指導していた。その査察の際に被告人Aと保安係長は、消防局係官に対して「防火区画シャッターを降ろすのは簡単だが、手動式なので巻き上げに時間が掛かり、少ない保安係員で57枚ある同シャッターを巻き上げるのは困難なために閉鎖していない」と答えている。それに対して消防係官は「上司に改善を要求すべきだ」と答えたところ、被告人Aは後日上司に「電動式に替えられないか」と尋ねているのであり、少なくとも同被告人は、夜間の防火区画シャッター閉鎖の必要性は認識していた[44]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

被告弁護人らの主張に対する判断

(要旨)被告弁護人が「夜間閉店後に売場の防火区画シャッターを常時閉鎖しておく義務はない」旨を主張したことについて大阪地裁は「千日デパートビルの防火区画シャッターは手動巻き上げ式で開店時の作業が困難であったところ、各階段の出入口シャッターは以前から電動式が備わっており、日本ドリーム観光は売場出入口シャッターの常時閉鎖の必要性は認識していた。そのことから右同社は売場内防火区画シャッターについては火災発生時だけ閉鎖すれば足りると判断していた。しかしながら消防当局からの指導により売場防火区画シャッターの夜間閉鎖の必要性が生じたのだから、その体制を早急に整えるべきだったが、その実効性は無かった」とした。

  • 同ビルの売場に設置されている防火区画シャッターは、同シャッターを設置した1958年(昭和33年)当時の法令基準には適合していたものであり、その後の法令の改正でも遡及適用はされなかった[45]。その一方で同ビルの各階段出入口の防火シャッターは当初から電動巻き上げ式のものが備わっており、日本ドリーム観光の考えでは階段出入口は常時閉鎖する必要があり、売場の防火区画シャッターは火災発生時だけ閉鎖できれば足りると判断し、それらを設置したと考えられる。しばらくはその取扱いで特に問題が無かったところ、田畑百貨店火災による夜間の防火区画シャッター閉鎖が消防当局から指導され、夜間常時閉鎖の必要性が存在するようになった以上、日本ドリーム観光は、その体制を早急に整えるべきであった[46]
  • 1階から4階までの計61枚の防火区画シャッターのうち、3階の自動降下式4枚を除く57枚の同シャッターを毎日閉店後に閉鎖し、開店前に巻き上げるには、1枚につき3分から5分の時間を要する[注釈 14]。保安係員のうち、シャッターの巻き上げに割ける人員は最大3名に過ぎず、これらが1名平均19枚を巻き上げなければならないことを考えると、作業効率の観点から巻き上げ完了まで1時間35分程度の時間が必要になる。これを実現可能にするためには人員を増員するか電動式に替える体制を整えない限り難しい[46]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

防火区画シャッターを閉店後に閉鎖できる体制づくり

(要旨)被告人Aが手動巻き上げ式の防火区画シャッターを閉店後に閉鎖し、開店時に巻き上げる体制を作るには、1.保安係員の増員、2.他の従業員の協力を得る、3.テナントの協力を得る、など右の方策が考えられるところ、それについて大阪地裁は「いずれも人員の確保や労働条件の問題から実現が難しかった」とした。またテナントの協力についても大阪地裁は「テナントには、防火管理はデパート管理部が行うべきだとする認識があり、そのことからもテナントの協力を得るのはやはり困難で、被告人Aが防火区画シャッター閉鎖の体制づくりを行おうとしても実際に実現できたかは疑問だった」とした。

売場内の手動巻き上げ式防火区画シャッターを毎日閉鎖するための体制づくりとしては、以下の3点が考えられる[46]
  1. 保安係員を増員する。
  2. デパート管理部の他の従業員にも担当させる。
  3. テナント従業員の協力を得る。
  • 「1」については、待遇面が良くないことから欠員の補充が困難であった。日本ドリーム観光は保安係員の待遇改善には消極的であり、保安体制強化のために増員することにも消極的であったため、被告人Aが上司に保安係員の増員を働きかけても実現は難しかった[47]
  • 「2」については、火災当日の同管理部の出勤表によれば、9時30分ごろまでに保安係員を含めて54名が出勤していたことが認められ、各々が1枚から2枚の防火区画シャッターを巻き上げれば、それほど時間もかからず可能であった。しかしながら、本来の業務以外の作業を保安係員以外の従業員におこなわせることは、労使間で労働条件を変更する交渉をおこなうことになり、日本ドリーム観光が労働条件の変更に応じるような状況にあったという証拠がない。また被告人Aと管理部次長が従業員側に労働条件の変更を申し入れたとしても火災当日までに実現できたかは断定が難しい。さらには保安係員について、24時間勤務明けの際に交代要員の協力が得れるかどうか検討したところ、結局のところ防火区画シャッター閉鎖に割ける人員は最大3名で、早出の対応も必要になるが、待遇面の悪さから労働加重を強いるような要請に対して従業員の協力が得られたかどうか疑問である[47]
  • 「3」については、そもそもテナント側は防火区画シャッターの存在をあまり重要視しておらず、シャッターライン上に商品や商品台などを置いており、火災当日も地下1階で7枚中2枚、1階で19枚中11枚、2階で19枚中8枚、3階で15枚中11枚、4階で8枚中3枚がシャッターを閉めた場合に下まで完全に降りない状態だった。各テナントは、防火区画シャッター閉鎖に対して非協力的であり、被告人Aの上司に直接交渉して天井裏を倉庫にしたり、1階外周店舗を物置にしたりしていて、デパートビルの防火管理は専らデパート管理部が行うべきものと考えていた[48]。ニチイについては、3階と4階を賃借した際に、売場に面した階段C、E、Fの各出入口の防火シャッターと防火扉の閉鎖ならびにエスカレーター防火カバーシャッターの閉鎖をデパート側との合意に基づき、同店の従業員が閉店時におこなう取り決めがなされていた。しかし売場内の防火区画シャッター閉鎖については、双方の間で何らの取り決めもされていなかった。同シャッター閉鎖の実現については、シャッターラインの確保は他のテナントと同様の問題があったうえ、同シャッターを毎日開閉するとなると、ニチイとしても従業員の労働条件に関係してくることから、同管理部がシャッター閉鎖の協力をニチイに求めたとしても、それを容易く実現できたかは疑問である[47]したがって仮に同被告人が各テナントに協力を要請しても防火区画シャッターの夜間閉鎖や巻き上げ作業の協力を得るのは著しく困難であり、同シャッター閉鎖を実現できたかは甚だ疑問である[48]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

本件火災当日だけでも防火区画シャッターを閉鎖しておくことの可能性および過失責任

(要旨)火災当日だけでも防火区画シャッターを閉鎖しておく可能性について大阪地裁は「工事があるときだけ防火区画シャッターを閉めるにしても、1階ないし3階にはエスカレーターに防火カバーシャッターが備わっていないことから、合計41枚の防火区画シャッターを閉鎖しなければならず、結局のところ1階ないし4階のすべての同シャッターを閉鎖する場合と大差が無くなるので、あらかじめ同シャッターの閉鎖体制が整っていなければならず、本件火災までにその問題が解決したという証明がない」とした。また被告人Aの防火区画シャッター閉鎖実現の可能性について大阪地裁は「同被告は、防火区画シャッター閉鎖実現に向けての方策について、公判で具体的な供述をしておらず、その実現が状況的に可能であったとは認められない」とした。

  • 3階の工事に際して、火災延焼を防止するために防火区画シャッターを閉鎖する場合、1階から3階までの間にはエスカレーターの防火カバーシャッターが設置されていないので、1階から2階までのエスカレーター周辺の防火区画シャッターを合計32枚閉めなければならず、3階についても工事に必要な個所を除いて9枚の防火区画シャッターを閉めなければならない(ただし3階から4階のエスカレーターには防火カバーシャッターが備わっている)。結局のところ1階から4階までの57枚ある防火区画シャッター全部を閉めるのと大差が無くなることから、デパート閉店後の工事に際して平素から防火区画シャッターを開閉できる体制が整っていなければならない。工事がある日だけ防火区画シャッターを閉鎖するにしても、結局は毎日閉鎖する場合と同じ問題が生じるのであり、本件火災までにこれらの問題が解決できたという証明ができない[49]
  • 被告人Aは「自分がデパート店長や管理部次長に働きかけ、テナントの協力を得られるような方策を講じ、閉店後に防火区画シャッターを閉鎖すべきであった」とか、「平素から防火区画シャッターを閉鎖しておけば、自然とシャッターラインも確保されるようになったと思う」と供述しているが、どのような方策を講じればそれらが実現するのか、具体的なことを何も供述していないのであり、防火区画シャッター閉鎖の実現性は状況的に可能であったとは認められない[49]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

以上の各検討結果から大阪地裁は、被告人Aが火災発生当日に防火区画シャッターを閉鎖していなかった過失責任を以下のように判断した。

まとめ

したがって本件火災当日、あらかじめ防火区画シャッターを閉鎖していなかったために火災が拡大したことについて、被告人Aと管理部次長の過失責任を問うことは出来ない[50] — 大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)


店内工事立会いについての日本ドリーム観光側の義務

(要旨)大阪地裁は「日本ドリーム観光は千日デパートに入居する各テナントに対して、盗難や防火などの保安管理を行う義務があった」と認めた。また火災当日の夜間工事に際しては「3階には工事発注者のニチイ以外に4店舗が入店しており、それらの店舗に対しての保安義務もあることから、日本ドリーム観光は保安係員を夜間工事に立ち合わせる義務があった」とした。また被告人Aは「上司に保安係員の工事立会いを要請すべきだった」とした。

  • 千日デパートの職務分掌によると、保安係の職務の一つに「店内諸工事等の立会いならびに監視取締り業務」が挙げられていた[注釈 15]。しかしながら昭和40年以降から店内の工事に際して、一部のテナント工事を除き、保安係員が工事の立会いをおこなうことはなかった。日本ドリーム観光と各テナントとの売場賃貸借契約では、デパート閉店後にテナントが宿直することを禁じ、閉店後の残業についてはデパート管理部への届け出を必要とし、売場や施設の改造をおこなう場合は事前にデパート管理部の許可を得る必要があった[51]

さらには各証拠によると各テナントは・・・

  1. 付加使用料名目の共同管理費を賃料と一緒に毎月支払っていて、それは主に保安係員の給与に充てられていたこと[51]
  2. 各テナントの各売場は、デパート閉店後においては宿直員不在のために無防備な状況に置かれており、通常は各テナントが同デパート店内で工事をおこなう場合、テナントの従業員が工事業者を監督するために居残っていたこと
  3. テナントによる店内工事に関して、商品等の管理についてはテナント従業員が現場にいるのであれば他者が管理する必要は認められないこと
  4. テナントが工事を監督する場合、主に工事の進捗確認をおこなうのであるから、目の届く範囲は工事現場とその周辺に限られること

・・・など、以上の諸点を考えると、日本ドリーム観光と各テナントとの間では、閉店後にテナントが不在の間は、その売場の管理を日本ドリーム観光がおこなう管理契約が結ばれていたと認められる[51]

  • テナント従業員が工事のために居残っている場合は、保安係員を立ち会わせる義務はないが、工事に関係ない他の不在テナントとの関係では、防犯と防火、その他の事故防止のために日本ドリーム観光は、保安係員を工事現場に立ち会わせて、その周辺を警備する義務を負っていたと解釈できる[51]
  • 3階売場については、ニチイがフロアの大半を賃借していたものの、その一部に他のテナントが4店舗営業しており、それら4店舗は火災発生当時に従業員は不在であり、ニチイがおこなう工事にニチイの従業員は1人も立ち会っておらず、日本ドリーム観光は保安係員を工事に立ち会わせるべき義務があった[51]
  • 被告人Aは、防火区画シャッター閉鎖の問題、デパート内に燃えやすい商品が大量に置かれていた状況、保安係員などの人員の現状を鑑みれば、万が一の火災発生に備えて3階工事現場に保安係員を立ち会わせるよう管理部次長に要請すべきであった[51]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

保安係員を工事に立ち会わせなかった被告人Aの過失責任

(要旨)テナントが行う閉店後の夜間工事に際して、被告人Aが保安係員を立ち会わせなかったことに対する過失責任について大阪地裁は「デパートビルの脆弱な保安体制、日本ドリーム観光の保安管理に対する消極姿勢、被告人Aの職務権限の限界などの理由により、同被告人の過失責任を認める証拠がない」とした。

  • 火災当日の保安係員の夜間勤務体制は欠勤者が1名いたために4名であり、そのうちの1名は従業員通用口の受付を担当し、1名は保安室内で監視業務をおこなっており、残りの2名が店内の巡回を担当していた。店内巡回は必ず2名1組で実施されており、1名だけでは安全上問題があることから工事に立ち会うために人員を割くことはできず、巡回担当の2名のうちの1名を工事に立ち会わせることは不可能であった。また非番の保安係員を臨時に宿直させることは24時間勤務体制なので実現は難しかった[51]
  • 日本ドリーム観光の常務取締役の地位にある千日デパート店長が、テナントが売場でおこなう工事については、大工事の場合を除き、当該テナントが立ち会うべきで、日本ドリーム観光側から立会人を出す必要はないとの見解を取っており、また同社は保安係員の増員については消極的であった[52]
  • 保安係員の増員や、また他の部門の社員を工事の立会いに充当することも新たな経費が必要なことから実現は難しかった。 同社がテナントから徴収していた付加使用料名目の共同管理費は、保安係員の給与に充てられており、本件火災当時にはテナントに対して3度目の値上案を提示し、テナントが検討中という状態だった。このことから被告人Aと管理部次長が上司であるデパート店長に対し、工事に立ち会うための人員確保を進言したとしても容認されて実行されたかどうかは疑問である。また同被告人らにこれらの措置を取る権限があったと認める証拠がない[52]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)


以上の各検討結果から大阪地裁は、本件火災当日に実施された夜間店内工事に際して、被告人Aらが保安係員を工事に立ち会わせなかった過失責任について、以下のように判断した。

まとめ
以上のことから、本件火災当時、千日デパートビル3階の電気工事に保安係員を立ち会わせる必要があったとしても、被告人Aおよび管理部次長がこれを実行できたとの証明はないことから、これらが可能であったことを前提とする同被告人の過失責任を問うことは出来ない[52] — 大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

被告人Bおよび同Cの避難誘導に関する各注意義務および過失責任の有無

大阪地方裁判所は、被告人B(千土地観光・代表取締役業務部長=プレイタウン管理権原者)および同C(プレイタウン支配人=プレイタウン防火管理責任者)の過失責任に関して、消防訓練の実施、両被告の防火意識、B階段の安全性、避難計画を立てた場合の煙流入の予見可能性、B階段へ避難誘導した場合の結果回避、救助袋のメンテナンスの必要性と可能性、救助袋を使用しての避難訓練の必要性、救助袋を使用した避難誘導の可能性、救助袋による避難誘導が実行できた場合の結果回避の可能性と因果関係、それぞれについて検討をおこない、以下の各判断を下した。

防火対象物としてのプレイタウン

(要旨)大阪地裁は「プレイタウンは、消防法令が定める特定防火対象物であるのは明らかである」と認定した。→プレイタウンについて

プレイタウンは、前記説明(略)のとおりの規模、利用形態のキャバレー(アルバイトサロン)であるから、消防法令により、その管理について権限を有する者が防火管理者を定めるべき防火対象物であることは明らかである[52]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

 

被告人Bの管理権原者としての業務

(要旨)大阪地裁の判断では「被告人Bの管理権原者としての地位と業務は説示のとおりであり、同被告人が職責に照らしてプレイタウン防火管理責任者である被告人Cに対して防火管理上の必要な業務を行わせる義務を負い、従業員らを指揮監督する業務に従事していたのは明らかである」と認定した。

被告人Bは、1970年(昭和45年)5月にプレイタウン等を経営する千土地観光の代表取締役業務部長に就任している。千土地観光の運営は人事や経理面で親会社の日本ドリーム観光から大きな制約を受けているものの、千土地観光の日常業務は取締役で実権を握る「デパート管理部次長」を除く被告人Bら4名の取締役において処理し、プレイタウンほか2店については被告人Bが各店の支配人を通じてこれらの管理を担当していたのであるから、同被告人はプレイタウンの管理について消防法8条の定める「権原を有する者」に該当する。したがって同被告人は、同条の定めるところに従い、防火管理者を定め、これに消防計画の作成、右計画に基づく消火、避難等の訓練の実施、消防に使用する設備、消火活動上必要な施設等の点検及び整備、避難または防火上必要な構造および設備の維持等、防火管理上必要な業務をおこなわせるべき義務を負い、これらの点について、防火管理者およびその他の従業員を指揮、監督する業務に従事していたものである[52]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

被告人Cの防火管理者としての業務

(要旨)大阪地裁の判断では「被告人Cの防火管理者としての業務は説示のとおりであり、同被告人が職責に照らしてプレイタウンで防火管理上の必要な業務を果たすべき立場にあったのは明らかである」と認定した。

被告人Cは、1970年(昭和45年)9月1日にプレイタウンの支配人になり、1971年5月29日付で同店の防火管理者に選任されたものであるから、防火管理者に就任後は、消防法8条の定めるところに従い、同店について消防計画を作成し、これに基づく消火、避難等の訓練の実施、消防に使用する設備の点検および整備、避難または防火上必要な構造および設備の維持等、防火管理上必要な業務をおこなう義務を負い、右業務に従事していた。なお、同被告人が支配人に就任後、防火管理者に選任されるまでの間、同店には防火管理者が選任されていなかったが、被告人Cは、被告人Bを補佐して来店した客らの安全確保に万全を期すべき支配人の職責を有していたことに照らして、右期間中も管理権原者である被告人Bの指揮、監督の下に、右同様の防火管理上必要な業務を果たすべき立場にあった[52]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

プレイタウンにおける消防訓練の実施状況及び両被告の防火意識

(要旨)大阪地裁は「プレイタウンに対して消防当局からの避難誘導に関する指導は何もなく、被告人Bは管理権原者としてプレイタウン防火管理責任者である被告人Cを指導監督したことはなく、また被告人Cも階下で火災が発生することを想定して避難訓練を行ったことはなく、両被告ともに火災の対策を何も考えていなかった」とした。

  • 被告人Cが支配人に就任後におこなわれた消防訓練は1回だけで、ステージ付近から出火したことを想定して初期消火、通報、避難をおこなうものであった。その時間の大半が南消防署から指導に来た係官から消火器による初期消火の必要性や避難についての説明に費やされた。そのなかでは「B階段が最も安全であるから同階段から避難するように」という指導は為されず、4か所の階段のうち、火や煙が流れてくる方向とは反対方向にある階段へ逃げる指導がおこなわれた。本件火災のような煙だけが店内に流入した場合を想定して煙の中を突っ切って逃げることや、ビル全体としての総合的な訓練の必要性までは指導されなかった。また救助袋についても被告人Cが消防当局から使用方法や説明を口頭で受けたことはなかった[53]
  • 被告人Cは、プレイタウン店内の火元や火災の予防については気を配っていたものの、実際に火災が発生した場合の対策については、6階以下の階で火災が発生した場合はおろか、店内から出火した場合について何も考えていなかった。被告人Bについても同様で、デパートビルの6階以下の階で万が一に火災が発生した場合を念頭に置いて、被告人Cらプレイタウン従業員を指導監督したことはなかった[53]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

B階段の安全性について

(要旨)B階段について大阪地裁は「B階段は、構造上において火災の際に煙が充満する可能性は低く、7階から地上への避難路となり得る。被告人CがB階段の構造を把握し、平素から同階段を避難経路として考えておけば、火災の初期段階では救助袋の使用と併せてプレイタウン滞在者を地上へ避難させられたと一応考えられる」とした。

  • 階段A、E、Fについては、火災により煙が充満していたことは明らかであり、B階段は、その構造上において同デパートの売場から二重の鉄扉で遮断されている。また火災初期に消防隊員が内部探索のためにB階段を駆け上がったところ、4階付近までは問題なく行けたが、5階より上は黒煙に汚染され侵入が不可能であった。これは7階プレイタウンからの脱出者がB階段出入口ドアを開けっぱなしにした結果であるから、もしドアが閉鎖されていれば煙の流入は無かったことからB階段は通行可能だったと考えられる[53]
  • 被告人Cが、平素からB階段の状況を把握し、6階以下の階で火災が発生した場合に安全な避難路はB階段しかないことを認識して、従業員に対しそのことを教育し、たとえクロークに煙が充満していても、そこを突っ切ってB階段から避難するように指導、訓練するとともに、救助袋の正しい使い方を従業員に徹底させ、少なくとも投下訓練をしておけば、火災の初期においては同店の滞在者を地上まで無事に避難させられた、と一応考えられる[53]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

被告人Cが防火管理者として業務を忠実に遂行した場合の予見可能性

(要旨)被告人Cが防火管理者として業務を忠実に遂行した場合、同被告人が立案したであろうと考えられる避難計画および流入する煙についての予見可能性について大阪地裁は「被告人Cは、防火管理者として幾度かの講習を受けていたが、手元に置いていた冊子を難しくて面白くもないからと読んで理解しようともせず、ビル火災の特徴や避難誘導の方策を学ばなかった。それにより最適な避難経路や避難方法を策定できず、従業員に対する訓練や指揮命令の指導ができなかった。もしも同被告人が防災や避難の必要な知識を身に付け、平素から避難誘導について考えていたなら、様々な検討結果からB階段こそが唯一安全な避難階段であり最適な避難路だと結論付けることは十分可能だった。しかしながらB階段へ誘導する際に通るエレベーターホールは構造上では煙が充満する可能性は低いはずだが、実際にはエレベーターシャフトの欠陥により煙が同シャフトへ流入し7階へ噴き出した。被告人Cがそのような欠陥に気付くはずもないから防火管理者としての業務を忠実に遂行するとすれば、エレベーターホールに煙が充満しないことが前提になる。エレベーターから煙が噴き出す可能性は少ないはずが本件火災ではそうではなく、エレベーターホールが煙で汚染された。そのような事態が起こるのであればB階段にも同様の欠陥がある可能性も考えられる。本件の状況であればB階段からの避難は困難になるので火元から遠いF階段からの避難が最適だと言える」とし、「混乱した状況下で予期しない煙の噴出によってB階段への避難誘導および救助袋による脱出を被告人Bが立案するのは困難だ」と判断した。

  • 被告人Cが防火管理者としての業務を忠実におこなうためには、ビル火災の特徴および避難のあり方、各階段の構造を知ったうえで避難経路を決めなければならないが、同被告人がそれを知りうるためには、防火管理者の講習を受けた際にテキストとして使用した「防火管理の知識」と題する冊子を読むと同時に消防訓練等の機会を得て、消防関係者の指導を受けるしか方法がないと思われる。ところが同被告人は、冊子の内容が難しく、面白くもない本だと思って読んでいなかった[54]。しかしながら同被告人は防火管理者として多数の客や従業員を避難させる業務上の責務を負っているのであるから、必要な知識を習得するように努めるべきなのは当然のことである。理解できる部分だけの拾い読みでも、ビル火災に関する最低限の知識は得られたはずである[55]
  • その知識を使えば、プレイタウンに通じている4つの階段のいずれかを使って地上に避難させるべきだと気付き、どの階段が最も安全であるかということに考えが及ぶ。階段A、B、E、Fの各々の構造や状況、6階以下の階で火災が発生したときの煙の侵入経路を検討すれば、B階段が安全確実に地上に避難することができる唯一の階段である、との結論に至ることは十分可能だったと認められる[55]
  • B階段が唯一の安全な避難階段であれば、次にクロークからB階段までの誘導を考えなくてはならない。しかしクロークの中に入るためには幅65センチメートルのカウンター端の出入口を通らねばならず、幅からして1人ずつしか通れないのであるから、避難誘導する際にはホール出入口とクローク付近に従業員を数名配置しなければならない。クロークに殺到する客らの混乱を抑えつつ、円滑にクロークを通りぬけさせなければ、全員を無事にB階段から地上へ避難させるのは困難になる[56]
  • 次に被告人Cは、ホールからクロークにかけての間が煙で充満する場合も検討しなければならない。6階以下の階で火災が発生した場合にクローク付近に煙が流入してきそうな場所は、A階段か2基のプレイタウン専用エレベーターが考えられるが、7階のA階段出入口は鉄扉で常時閉鎖されており、多量の煙が侵入する可能性は少ない。2基の専用エレベーターについても地下1階と7階以外に出入口が存在しないこと、地下1階エレベーターホールと地下1階売場の間は防火扉で遮断されていることを考えれば、この2つが煙の侵入経路になるとは考え難い。しかしながら実際は南側(A南)エレベーターの2階と3階部分の天井付近に隙間があり、その部分からエレベーターシャフトに多量の煙が流入した。その隙間については、火災によって天井が崩落するまでは誰にも気づかれなかった欠陥であり、被告人Cがこれに気付いていたとは考え難いから、同被告人が防火管理者として業務を忠実に遂行して避難計画を立てる場合は、ホールとクロークの間にエレベーターシャフトから煙が流入して充満することがない前提に立つものと考えられる[56]
  • 検察官は「建築工事においては手抜き工事がおこなわれることは、社会通念上においては予測できることであるから、エレベーターシャフトから煙が流入する可能性は充分にあった」と主張する。しかしながら、エレベーターシャフトの手抜き工事を予想できるのであれば、B階段についても壁や防火扉の設置部分に欠陥があると予想する余地があり、B階段は煙が侵入しない階段であると考えることも出来なくなる。逆にB階段に手抜き工事がないものと考えるのであれば、エレベーターシャフトに手抜き工事がないものとして考えても不合理はない。B階段は構造が完全で、エレベーターシャフトには隙間がある、と考える特別な事情があることを窺わせる証拠もない本件においては、プレイタウンの防火管理者がその業務を忠実に遂行していれば、避難については前記のようなことを考えて従業員を指導したであろうと考えざるを得ない[56]
  • 6階以下の階で火災が発生した場合、その発生場所によってはプレイタウン専用エレベーターのシャフト内(又はB階段)に煙が流入する可能性が予測できる。それは地下1階のプレイタウンエレベーターロビーまたは1階プレイタウン出入口で火災が発生した場合である。しかしながら、地下1階ロビーにある可燃物は少量であり、防火扉で売場と遮断されていること、また1階プレイタウン出入口についても同様で、多量の煙が7階に流入するとは考えられない[56]消防当局は、火元から遠い方へ避難するという「2方向避難」について指導していたのであり、この場合はB階段よりもF階段から地上へ避難するのが最適である[57]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)


以上の各検討から大阪地裁は、被告人CがB階段への避難誘導を為し得た可能性について、以下のように結論付けた。

まとめ

これらのことを考えると、被告人Cが煙が噴き出す方向に避難するという発想が浮かんだとは考え難く、煙が如何なる方向から来ても、B階段から避難する計画を立てることは出来なかったと言わざるを得ない[58] — 大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)


B階段へ避難誘導する方法での結果回避の可能性

(要旨)大阪地裁の判断では「被告人Cが仮にB階段からの避難計画を立てていたとしても、南側(A南)エレベーターから噴き出す猛煙によって混乱を来し、事態を正確に把握して『B階段こそが安全な避難路だ』と判断できたかは疑わしい。実際に避難できたかどうかも疑わしく、混乱を抑えることも困難である。むしろ煙が噴き出す方向とは逆のF階段から避難させようと考えたはずで、煙が噴き出す方向に逃げようとした避難者を押しとどめたと考えられる」とし、B階段への避難誘導による結果回避の可能性を否定した。

  • 被告人Cが前記のような避難計画を立てていた場合、ホール出入口からクロークまでの間に煙が充満していなければ、避難誘導する従業員を適切な場所に配置し、客や従業員らをB階段に誘導して避難させられたと考えられる。しかしながら実際は同被告人がクローク前へ行ったころにはエレベーターシャフトから多量の煙が流入してきていたのであり、従業員を配置して避難誘導させるには困難な状況となっていた。それでも避難誘導をおこない、B階段へ誘導するためには、同被告人が指示を出し、従業員らが先導して客らをその方向へ案内するしかない。だが、それも出来ないほど多量の煙がエレベーターシャフトから流入し、同被告人の予想をはるかに超えるほど頭の中が混乱したであろうと考えられる。したがって同被告人が事態を正確に理解し、B階段が安全な避難路であると判断して対処できたとは考え難い[58]
  • 被告人Cの判断が適切で、従業員らに対して指示を出せたとしても、クローク付近に充満した煙の状況では、避難経路に不案内な客らが猛煙のなかを通り抜ければ安全であると信じて、混乱なく行動できるかどうかは疑問である。仮に何名かが煙の中を突っ切ってB階段へ避難したときに、大勢の避難者があとに続いて殺到し、クロークの中を通り抜けられずに大混乱が起こることは必至であり、同被告人がその混乱を抑えることは困難である[58]
  • 最初に南側(A南)エレベーターから噴き出す煙に気付いた従業員らは、事務所前の換気ダクトから噴き出す煙には気付いていないのであり、被告人Cや消防当局からの指導で避難訓練を受けていて、訓練内容を理解したうえで、直ちに避難誘導を実行していたとすれば、煙とは逆の方向、すなわちF階段から避難しようと考えたはずである[58]よって、客や従業員らが出入口からクロークの間へ出て来るものがあれば、ホールへ戻るように押し止めたと考えられる[59]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

B階段へ避難誘導しなかったことによる両被告人の過失責任

(要旨)大阪地裁は「被告人Cが階下での火災を想定して避難計画を立てていたとしても、南側(A南)エレベーターから多量の煙が噴き出すことは想定外であり、同被告人が適切な判断を下して避難誘導できたかは疑問であり、仮に被告人Cや従業員によってB階段への避難誘導が行われたとしても、本件死傷の結果を回避できたかは疑問である」とした。

被告人Cが6階以下の階で火災が発生した場合を想定して、避難経路等について十分に調査検討したうえで避難訓練を実施していたとしても、同被告が立てたであろうと考えられる避難計画を前提とすれば、エレベーターシャフトから多量の煙が噴き出して、クローク内などの付近一帯に煙が充満しているという予想外の状況に直面して、煙の中を突っ切ってでもホール内にいる者らをB階段へ誘導するほかないとの判断を寸刻の間に成し得て、同階段への誘導を指示することが同被告人と同様の立場にある何人かをその立場に立たせても、果たして避難誘導が可能であったか大いに疑問であり、また、仮に右誘導を指示していたとしても、本件死傷者の全員が無事にB階段から脱出して、本件死傷の結果を回避し得たかは甚だ疑問であると言わざるを得ない[60] 
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)


前記の各検討により大阪地裁は、被告人Cが避難者に対する避難誘導を怠った注意義務違反と過失責任、被告人Bが被告人Cを指導監督しなかった責任を以下のとおり判断した。

まとめ

以上の次第で、被告人Cが6階以下の階で火災が発生した場合を想定して避難計画を立て、これに従って避難訓練を実施しなかったことは、防火管理者としての義務を果たさなかった重大な落度であると言うべきであるが、B階段から客や従業員らを避難させなかったことについて、同被告人の過失責任を問うことは出来ないものと言わざるを得ず、そうであるならば、被告人Bの指導監督が十分でなかったことの責任を問うことも出来ない[60] — 大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

救助袋による避難に関する注意義務および過失責任の有無

救助袋の取替え若しくは補修の必要性とその可能性

(要旨)大阪地裁は「本件火災の状況からすれば7階プレイタウンから避難するには、消防のはしご車による救助か救助袋を使用するしかなった。しかしながら被告人Bおよび同Cは救助袋の保守管理を怠り、同避難器具を使用した避難訓練を一度も行わなかった。また消防当局から破損した個所を修理するか新品に交換するよう勧告されていたにも拘らず、その指導を無視したのは明らかである。プレイタウンはデパートビル7階で営業しており、照明も暗く、一見の酔客も多いことから火災が発生した場合に逃げ遅れなどが出て被害が拡大する恐れも十分予測でき、同被告人らには避難訓練を行っておく注意義務があった。また消防当局の指導に従い救助袋の補修か新品への取替えを行う責務があったのは明らかである」とし、救助袋の保守管理の必要性とその可能性を肯定した。→プレイタウンの救助袋

  • 前記の各状況(B階段への避難誘導の可能性)により、同店から避難するには、消防隊のはしご車による救助に頼るほかは、救助袋を使用するしか方法が無かった。被告人Bおよび同Cは、救助袋を使用した避難訓練を一度も実施したことがなく、救助袋の破損があったことによって消防当局からの再三にわたる取替えか補修を指示されていたにもかかわらず、それを放置していたことは明らかである[60]
  • プレイタウンは7階の高層階にあり、店内の照明を暗くしたホールに多数のボックス席が所狭しと置かれ、営業中は、200名程度の客と従業員が滞在するなかで店内の状況を把握していない一見客や酔客などが多かったことが認められ、その状況で火災が発生すれば、避難に手間取り、逃げ遅れる者が多数出ることは充分に予測できる。ゆえに同店の支配人であり防火管理者である被告人Cは、救助袋の重要性を認識し、上司である管理権原者の被告人Bに対して救助袋の取替えか補修をするよう働きかけ、その実現に努めると同時に、救助袋を使った避難訓練を実施すべき業務上の注意義務を負っていた[60]
  • 被告人Bも、同店の管理権原者として被告人Cからの報告を受け、消防署の指示を把握したならば、速やかに救助袋の取替えか補修をおこない、火災発生時の客や従業員らの安全確保に万全を期すべき業務務上の注意義務を負っていた。救助袋の破損状況からすれば、維持管理が万全に行われていたとは言い難いから、被告人Bおよび同Cは消防当局の指示に従い、早急に救助袋の取替えか補修を講じるための責務を果たすべきだったのは明らかである[60] 
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

救助袋を使用しての避難訓練の必要性

(要旨)大阪地裁は「消防当局が指導する避難の基本は、避難階段を使用することを優先するものであって、救助袋による避難は逃げ遅れた者を対象にした補助的手段である。消防当局から全ての避難階段が使えなくなった場合を想定した指導は行われなかったことから、被告人Cがはしご車や救助袋に避難者が集中することを想定した避難訓練を行えたとは言えない。しかしながら年1回の降下訓練でも救助袋の使用方法を理解することは可能で、キャビネット(金属製のカバー)に貼付されている説明書きを読んでも使用方法を理解はできる。しかしながら、実際の火災では難なくできることもできない可能性があるので平素から救助袋を使った訓練をおこない、その取り扱いを身に付けておくべきであった。また被告人Cは従業員に最低限の使用方法を指導しておくべきだった」とし、救助袋を使用した避難訓練の必要性を認めた。

  • 消防署の指導下でおこなう救助袋を使った降下訓練は、実施されても1年に1回くらいで、被告人Cが降下訓練をおこなうとしても頻度は同程度と考えられる。消防当局は、火災が発生した場合の避難の基本は、避難階段を利用することを優先すべきであると考えていた。そのことから消防署が指導したとしても、救助袋は逃げ遅れた少数の者の避難を想定した補助的な避方法難との考えに立っていたことが窺える。実際に指導があっても、その線での指導内容に止まったであろうと考えられる[61]
  • 被告人Cがおこなった自衛消防訓練でも、消防署は1つの避難階段が使えなくなったときは、反対側の避難階段から逃げるようにという指導をしたのであって、すべての避難階段が使用できなくなる場合の指導はおこなわれなかった。そのことから本件のようにB階段に通じる通路およびその他の避難階段が煙により避難路としては使えず、プレイタウン滞在者が1つの救助袋もしくは消防隊のはしご車に頼って避難せざるを得ない状況を想定した避難訓練をおこなえたとは到底言えない[61]
  • 1回限りの救助袋を使った降下訓練であっても、救助袋の使用方法や入口の開け方くらいは訓練に参加した者なら習得できたと認められる[61]救助袋の収納ボックスには「使用方法」が表示されているので[注釈 16]、普段それを読んでおきさえすれば、訓練をおこなわなくても使用できそうだが、やはり緊急事態に直面すれば慌ててしまい、難なくできることも出来なくなることはあり得るので、実際に降下訓練を実施し、救助袋の取り扱いを身に付けておくべきだった[62]
  • 被告人Cは、自衛消防隊構成員について降下訓練に参加させる責務を負っていた。また訓練に不参加であった者に対して、救助袋を降下可能な状態にするまでの一連の操作過程、救助袋の出口を最低6名で把持しなければ安全に降下が出来ないことを日頃から指導しておくべきであった[63] 
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

救助袋を利用しての避難誘導及び結果回避の可能性ないし因果関係

(要旨)被告人Cが救助袋による避難誘導を行い、本件火災結果を回避できたかどうかの検討について大阪地裁は「避難階段からの避難が基本である状況では、同被告人が救助袋を使用しての避難を考えたかは疑わしく、救助袋が投下されたのは従業員が窓際で同避難器具を偶然に発見したからに過ぎない。救助袋による避難訓練ができていたとしても、実際の避難が早まったのは僅かな時間だった。そのことにより被告人Cが救助袋のある場所まで避難者を誘導できたかどうかは疑わしく、また150名もの避難者を救助袋が設置されている窓まで誘導するのは困難であり、F階段シャッターが開いたことで猛煙が店内に流入してからは混乱に拍車が掛かったのは明らかである。ホステス更衣室にいた11名については、煙が同店に流入した早い段階から煙により避難路が塞がれており(22時39分以降)、救助袋のある場所まで避難誘導することはできなかった。仮に救助袋の入り口が開かれたとしても、致死限界時間からすれば(煙が充満してから10分程度)、ホール内にいた全員が救助袋で無事に脱出できたとは到底考えられず、誰が脱出に成功するかを特定する術もないから、被告人Cが救助袋のある場所まで避難誘導しなかったことと本件被害者の死傷結果に因果関係がある証明がない。また救助袋を使用し得た可能性がある67名について、誰が救助袋を使用できて誰が無事に地上へ脱出できたのかを特定するのは様々な諸点を考慮すると困難である」とし、救助袋を使用した避難誘導および死傷結果回避の可能性と死傷結果との因果関係を否定した。

救助袋使用についての被告人Cの状況判断の可能性

被告人Cが救助袋による降下訓練を実施していたとしても、ホール出入口からクローク付近の煙の状況で避難が困難である以上は、救助袋による避難しかあり得ないと判断できたかどうかは疑わしい。実際に救助袋を地上に投下した従業員が、当初から救助袋による避難しか方法が無いと判断して救助袋の設置場所に行ったかは疑わしく、たまたま頭に浮かんだか、煙から逃れようと窓を開けようとした際、偶然に救助袋を見付けたと考えるのが相当である[63]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

救助袋を使用して避難訓練ができていた場合と、地上における出口把持の時期

救助袋を使用しての避難訓練ができていれば、救助袋を投下し、地上で出口を把持することがもう少し早くできていたことも考えられるが、火災時の諸事情を勘案すると、本件よりも投下が早まったとは考えられず、救助袋の先端に誘導用の砂袋が付いていたとしても救助袋を使用して降下可能な状態になったのは、せいぜい1分程度早まったと認められる(22時48分)[63]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

救助袋が設置された窓への避難誘導の可能性

被告人Cが救助袋による避難誘導を決意し、店内の放送設備を使って客らを救助袋が設置してある窓際に誘導するよう指示させたとしても、ホール内には2方向(南側(A南)エレベーターと事務所前空調ダクト)から煙が流入していたのであり、酔客が多いなかでは理性的な行動を取る心理状態にあったとは認め難いので[63]統制の取れた避難誘導は極めて困難であったと認められる[64]したがってバンドマン室などの小部屋に避難していた者らを除く150名程度が救助袋が設置された窓際に駆け付けたとしても、収拾のつかない大混乱状態に陥ったであろうことは充分に予測できる。F階段の電動シャッターが開いたことから、右の混乱に拍車が掛かったことは明らかである[65] 
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

更衣室に居たホステスらについての結果回避の可能性

ホステス更衣室にいた11名については、事務所前の換気ダクトから噴き出す猛煙によって更衣室から事務所前に至る通路は、もはや避難路としては使えない状態であり(22時40分の時点で)、E階段にも煙が充満していたことから、救助袋のある窓へ避難誘導することは不可能な状態であったことが認められる。よって11名の結果を回避する可能性はなかった[65] 
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

救助袋を使用しての避難訓練ができていた場合と結果回避の可能性ないし因果関係

仮に救助袋の入口が開いていて降下可能な状態になっていたとしても、降下推定所要時間とホール内における致死限界推定時間等を総合して考察すると、ホール内にいた150名程度とステージ裏の小部屋に居た者ら全員が救助袋を使用して無事に地上へ脱出し得たとは到底考えられない。その一部が脱出に成功したとしても、誰が脱出し得たのかを特定する術が無いから、同被告人が本件被害者らを窓際まで誘導しなかったことと、本件被害者らの死傷の結果との間には、因果関係が存在する証明がないというべきである[65]仮に救助袋の入口が開いていて、使用可能な状態になっていた場合に、救助袋で避難し得た可能性がある67名(認定の検討内容は省略)が全員無事に地上へ脱出できたのか。以下の諸点を考えると、全員が無事に避難脱出できたかどうかは疑わしく、誰が救助袋を使用できたかを特定するのは困難である[66]
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)

救助袋を使用した避難脱出が可能かどうかを判断するうえで考慮すべき諸点[67][12]

  • F階段の電動シャッターが開いてホール内に多量の煙が急速に充満し、ホール内にいた者らの呼吸をより一層困難にした。
  • プレイタウン店内で停電が発生し(22時49分)、避難者らの不安感と恐怖感が強まった。
  • ホールに面した6か所の外窓の寸法からすれば(縦102センチメートル、横165センチメートル)、身を乗り出して外気を吸えた者は、せいぜい67名のうちの半数程度だと推定できる。
  • はしご車による救助が始まっているにも拘らず、それを待ち切れずに窓から飛び降りたり、救助袋の外側を掴まって降下したりする者が続出しており、避難者らは煙と熱気による極限状態に追い込まれていたと推認できる。
  • 救助袋の開口部の設置が不安定な状態で、脱出を補助する者がいなければ、救助袋の中に入るのが困難であった。
  • 救助袋を使用した降下実験の結果によれば、20名程度が降下するのに1分程度かかるという。しかし、実験結果と実際の火災事件とでは諸条件が全く異なり、実験結果は参考にならない。煙と熱気が流入し、混乱した状況では実験結果の3倍から4倍は時間が掛かったであろうと考えられる。
  • 下層階からの煙によってプレイタウン店内が致死限界に達するまでの時間が10分程度であった。
  • 入口が開いていなかった救助袋の上を跨って降下して避難を可能にしたのは、救助袋が使用できない危険な状態だったことで降下を躊躇した者らが、他の窓に移動して救助袋の付近が混雑していなかったとも考えられる。
大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)


以上の各検討結果により大阪地裁は、被告人Bおよび同Cの救助袋を使用した避難誘導を怠ったことに対する過失責任を以下のように判断した。

まとめ

以上のことにより、被告人Bおよび同Cが注意義務を果たし、救助袋の取替えまたは補修をおこない、同被告人らが避難訓練をおこなっていたとしても、本件被害者らの死傷の結果を避けられたとの証明はない[12] — 大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)


大阪地裁が下した被告人A、同B、同Cに対する判決は以下のとおりである。

結論

よって、被告人3名については、いずれも犯罪の証明がないものと言わざるを得ないから、刑事訴訟法336条により無罪を言い渡すこととし、主文のとおり判決する[注釈 17][12] — 大阪地方裁判所第6刑事部、判例時報1985(1133)


「被告人全員無罪」の判決を受けて検察は、第一審判決には事実誤認があるとして、1984年5月25日に大阪高等裁判所に控訴した(検事控訴[16]


注釈

  1. ^ 素人の女性がアルバイト感覚で客を接待する大衆サロンのこと。キャバクラの元祖。昭和30年代から昭和40年代にかけて主に関西で流行った。別名アルサロとも呼ばれる。
  2. ^ 検察および裁判所が認定した負傷者42人は、全体の負傷者81人のうち、消防士および警察官などのプレイタウン関係者以外の負傷者34人を含めていない。つまり被告人らの過失によって負傷させられたと認定した負傷者数が42人ということである。プレイタウン関係者の負傷者は合計47人であるが、そのうちの5人については、被告人らの過失による負傷とは認定されなかった。
  3. ^ 刑法第211条前段 業務上過失致死傷罪等=業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
  4. ^ 主要な煙の侵入経路は階段E、Fからであるが、その他の経路としてはプレイタウン専用南側(A南)エレベーター昇降路の2階および3階の天井付近に、手抜き工事によってできたと推定される隙間が開いており、その部分から煙が流入し7階へ上昇した。また3階から7階までを竪穴で垂直に繋ぐ空調ダクト内に設置されていた防火ダンパーが火災発生時に機能せず、事務所前のダクト開口部から煙と熱気が噴出した。
  5. ^ 閉鎖については、ボタンを押すことでシャッターの自重により降下する仕組みで、作業は容易だった。
  6. ^ ハンドルを10回転させたときのシャッター巻き上げ量は約14センチメートルであるから、防火区画シャッターの高さ(長さ)が2.64メートルであることを考えると、巻き上げ完了までに約189回転を要する。裁判所に提出された「防火シャッター開閉所要時間等調査結果報告書」の実験結果によれば、巻き上げ所要時間はハンドルの重さ、疲労による作業効率の低下を考慮しても急ぎで1分20秒、通常で2分半程度である。
  7. ^ a b c B階段とは、プレイタウン専用の南側(A南)エレベータ―西隣に設置されていた特別避難階段である。鉄扉が二重に設置され附室(バルコニー)が備わっていた。7階を除いて他の階の出入口は常時施錠されており、普段から事実上プレイタウン専用階段になっていた。
  8. ^ 1970年9月29日、南消防署主催・防火研究会(福田屋百貨店火災)。被告人A欠席。代理で保安係長が出席。 1970年10月3日、大阪市消防局・説明会(福田屋百貨店火災)。被告人A出席。
  9. ^ 福田屋百貨店火災(宇都宮市)=1970年9月10日早朝4時ころ、地下1階から出火。地下2階を除き8階建ての建物13,285平方メートル(延床面積の92パーセント)が焼損した。負傷者9人。火災原因は不明だが、エスカレーター増設工事に用いた溶接の火花が関係しているとの見方がある。竪穴区画の不備、閉店後の防火区画シャッター開放により建物全体に延焼した。
  10. ^ 1971年5月25・26日、大阪市消防局・夜間査察(田畑百貨店火災)。被告人A立会い。
  11. ^ 1971年6月上旬、南消防署・管内百貨店特別点検(田畑百貨店火災)。被告人A立会い。
  12. ^ 1971年6月1日、大阪市消防局・夜間査察の結果説明および防火指導会(田畑百貨店火災)。被告人A出席。
  13. ^ 1971年6月11日、南消防署・特別点検の結果説明会(田畑百貨店火災)。被告人A出席。
  14. ^ 次のシャッターへ移動する時間も含まれる。
  15. ^ 「職務分掌」とは、企業組織などにおいて職務上の役割や職責を明確化すること。
  16. ^ a b 「キャビネットを取り除き、投げ綱の砂袋を先頭に投下し、袋本体を降下させ、入口枠を起こして、下部取付完了を確認のうえ、降下してください」と表示されていた。
  17. ^ 刑事訴訟法第336条 無罪の判決=被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。
  18. ^ 「趣意」とは、物事をおこなう際に表明する目的、意見、考えのこと。
  19. ^ 「所論」とは、意見を主張し論じること。
  20. ^ 大阪高裁が証拠として採用したのは被告人Cの以下の供述である。「エレベーターの様子を見るため、急ぎ足で午後10時40分過ぎころ、アーチとクロークの中間付近まで行ったが、その時点では、南側(A南)エレベーター昇降路から流入する煙はそれほど多くなく、右エレベーター付近にいた客やホステスら7~8人は、平穏にエレベーターを待っている様子であったため、これなら混乱なく客を送り出すことができると考え、しばらく同所に立って様子を見ているうちに、午後10時42~43分ころ、南側(A南)エレベーターの昇降路から流入する煙が急激に増加し、右エレベーター前からクローク前付近一帯に煙が充満し始め、暗くなって来たことから、客やホステスらを早急に避難させねばならないと考えるに至り・・・」という内容である。
  21. ^ 被告人Cの煙に関する証言が最も信用できる根拠は、火災直後と火災4か月後に警察の取り調べに対して供述した内容が一貫していること、同被告人の記憶が鮮明なうちに調書が作成されていること、「煙立体図面」なるものは作成者の描画力によって違いがあり、異なる図面を比較することが信頼性の面で困難であること、客などの証言によって作成された図面は、どの時刻の状況なのか定かではなく、客観的な証拠と成り得ないことなどが挙げられる。
  22. ^ 「失当」とは、その主張自体に意味がなく、道理に合わないこと。的外れな主張。
  23. ^ 原審説示によれば「当直保安係員は通常5名のうちの1名が通用口受付、1名が保安室で監視業務を担当していて、防火区画シャッター閉鎖に割ける人員は3名」と認定した。検察の所論では「9時30分までは受付要員は不要であり、4名で右シャッター閉鎖を担当できる」と主張したが、大阪地裁は「9時30分以前でも外部から館内へ人の出入りがあり、受付要員1名は必要」として、検察の所論は採用されなかった。
  24. ^ a b 大阪科学技術センタービル火災(大阪市西区)=1984年4月4日11時30分ころ発生。何者かが仕掛けた時限発火装置から出火し、建物の3階部分473平方メートルを焼損。13時25分ころ鎮火した。滞在者679人は、施設管理者の適切な避難放送と避難誘導によって全員が避難に成功した。猛煙に巻かれた人は219人いたが、人的被害はCO中毒8人で済んでいる。同時に大阪府庁舎でも火災が発生し、大阪府警は犯行の手口や犯行声明から中核派によるゲリラ事件と断定した。
  25. ^ 刑事訴訟法第414条 控訴に関する規定の準用=前章(上告)の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
  26. ^ 刑事訴訟法第386条1項3号 控訴棄却の決定=控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第377条ないし第382条および第383条に規定する事由に該当しないとき。

出典

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