千日デパートビル火災事件 控訴審判決

千日デパートビル火災事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/17 02:01 UTC 版)

控訴審判決

控訴審判決は、1987年(昭和62年)9月28日に大阪高等裁判所第7刑事部(裁判長裁判官・尾鼻輝次)で言い渡された[16][70]。主文は「原判決を破棄する。被告人Aを禁錮2年6月に、被告人B、同Cをそれぞれ禁錮1年6月に各処す。この裁判の確定した日から被告人Aに対し3年間、被告人B、同Cに対し2年間、それぞれ刑の執行を猶予する[71](以下略)」とされ、一転して原判決破棄で被告人全員が有罪となった(破棄自判)[68][19][20]

大阪高裁は、原判決において被告人A、B、Cそれぞれの職務上の役割、防火管理者として業務上の注意義務が存在することを詳細に理由を付けて説明しているところは適切で肯認できるとした[69]。また、公訴事実および事実認定において、控訴審では原審と異なる認定をしている点がある。大阪高裁の事実取調べの結果を総合すれば、プレイタウン事務所前の換気ダクト開口部から煙が流入したことに被告人Cと従業員らが気付いた時刻、および被告人Cが階下で火災が発生したと認識した時刻(原審では22時40分認定)と、被告人Cがホール出入口付近に様子を見に来た時刻(原審では22時42分)およびそのときの煙の状況以外は、原審とほぼ同一の事実であると認められた[68]

控訴審が原審の事実認定と異なる判断をした点[72]

  • プレイタウン事務所前の換気ダクト開口部から煙が噴き出していることに被告人Cおよび従業員らが気付いた時刻は、原審認定では22時40分であるが、控訴審では22時39分と認定した。
  • 被告人Cが階下で火災が発生したと覚知した時刻は、原審認定では22時40分であるが、控訴審では22時39分と認定した。
  • 被告人Cがホール出入口付近へ状況を確認に来た時刻は、原審認定では22時42分であるが、控訴審では22時40分であり、右時刻のころは南側(A南)エレベーターからホールへ流入する煙の量は多くなかったと認定した。
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

大阪高裁の上記認定は、被告人Cがプレイタウンに滞在する客や従業員に対して「唯一安全な避難路であるB階段[注釈 7]」や「店内で唯一の避難器具である救助袋」への避難誘導を為し得た可能性、救助袋を使用しての避難誘導および避難脱出の履行可能性、死傷結果回避の有無、それらについて判断するうえで重要な証拠になること、また同被告人の過失責任の判断にも関係してくることから、関係者の供述および証言、証拠に基づき再検討された結果、新たに認定されたものである。それに対して被告弁護人らは、所論において原審判断の正当性、関係者供述の信用性および矛盾点を主張して反論したが、その大半が所論は採用できないとして認められなかった[注釈 19][72]

なお上記認定について、大阪高裁が原審と異なる認定をした理由および検討の詳細は割愛するが、認定の根拠を記せば、おおよそ以下のとおりになる。換気ダクト開口部から煙が噴き出している時刻22時39分の認定は、調理場に置いてあった目覚まし時計の時刻を毎日調整している女性従業員の証言を基にしている。右従業員の証言によれば「火災当日も22時に調理場の時計の時刻を合わせた。従業員たちが帰宅時の電車の時刻を確認することから毎日必ずおこなう。時計の狂いが大きく1日で1分遅れるので常に1分進めて合わせている。事務所前が騒がしくなり、被告人Cが発した『火事や』もしくは『何や、この煙は』という叫び声が聞こえたときに時計を見たら22時40分だった」という。大阪高裁は、右の証言を具体性があり、状況を詳細に説明しているなど十分に信頼できるとして証拠として採用した[73]。その他時刻の「正確さ」については、クローク係の女性従業員が時報(117番)で合わせたクローク内の置時計の時刻22時41分(原審認定も同じ)[74]、エレベーターを待っていたホステスの腕時計の時刻22時40分(原審認定も同じ。右ホステスは出勤前に必ずテレビの時報で時刻を合わせる習慣があった)も認定の基になっている[74]。被告人Cが火災を覚知した時刻22時39分の認定も調理場の時計の時刻および女性従業員の証言を基に認定したものである[75]

被告人Cがホール出入口付近へ状況を確認に来た時刻22時40分の認定は、同被告人が証言した事務所前からエレベーターホールまで移動した距離と経路約45メートルについて、一般成人男性の歩行速度を秒速1.25メートルと仮定した場合の移動時間は36秒であり、同被告人は早足で寄り道はせずに1分以内にエレベーターホールへ到達したと推定できることから、その状況を基に合理的に認定したものである[76]

また南側(A南)エレベーターから噴き出す煙の量が22時40分の時点では多くなかったという認定については、右時刻の煙の状況について警察がプレイタウン滞在者の各証言を基に作成した「煙立体図面」なるものよりも被告人Cの供述調書のほうが明らかに信用できること[注釈 20][注釈 21]、エレベーターホール付近にいた人たちの煙に関する各証言のすり合わせ結果などから総合的に判断し認定したものである[76]

上記認定も含めて、控訴審公判廷において被告弁護人が各被告人の防火管理者としての注意義務の履行、結果回避義務、過失と結果との因果関係について、所論を述べて反論し、それらの存在と各被告人の過失責任を否定したが、大阪高裁は「所論は採用できない」「失当である」としてその大半を退けた[注釈 22]。原審の各説示に対しても大阪高裁は「判断は失当である」「重大な誤りがある」などとして、その大半を退け、原審判決には根本的な誤りがあることを認めた[20][77][78]

大阪高裁の判断は、不特定多数の利用者が利用する商業雑居ビルにおいて、建物の防火管理に従事する者に高い注意義務を課したものであり、たとえ共同防火管理体制に不備があったとしても、防火管理者として従事する者は、危険を予見し、可能な限り結果回避措置を取るべき注意義務があり、それを怠れば、失火の当事者でなくても厳しく刑事責任を問われることを控訴審逆転有罪判決は鮮明にした。テナントが防火管理に非協力であり、組織の中で権限が少ない防火管理者が上司に進言し、防火体制が改善されなかったとしても、それを理由に過失責任を逃れることは許されず、尽くすべき注意義務を果たさなければならない、という司法判断であった[79][78]。また控訴審判決は、複合用途防火対象物の共同防火管理体制の確立を推進するうえで、極めて判決の意義が大きく、社会的に要請される防火管理の責任とその内容が明確になったという意味でも一定の方向性が示され、大きな成果となった[80][78]

控訴審において大阪高裁が被告人3名に対して、原判決破棄で逆転有罪判決を言い渡した理由、被告弁護人および検察官の所論の判断、原判決の説示および判断に対する検討、それぞれについて大阪高裁の判決文を引用する形で、その要約を以下に記す。

被告人Aの業務および各注意義務

(要旨)大阪高裁は、被告人Aの防火管理者としての業務と責務を原審どおり認め、各注意義務については、火災の予見可能性、防火管理責任者としての結果回避義務を認めた。被告弁護人は、被告人Aの防火区画シャッターを閉鎖する義務について「シャッター閉鎖の法令も無く、それゆえに被告人Aが防火区画シャッターを閉鎖しなかったのは当然で、夜間閉鎖する義務もない」として反論したが、大阪高裁は「火災当夜の電気工事は、火災が発生する可能性が無かった工事とはいえず、火気の管理もなされていなかった。被告弁護人の所論は採用できない」として退けた。

また保安係員を夜間工事に立ち会わせる義務について被告弁護人は「火災当日の工事は火災が発生する恐れは無く、ニチイに監督させれば十分だった。工事人の喫煙についてもニチイに対して事前に文書で注意するように要望しており、被告人Aが保安係員を工事に立ち会わせなかったのは当然で、立会いの義務もなかった」と主張したが、大阪高裁は「日本ドリーム観光とテナントの間には事実上の保安管理契約が結ばれている。火災当日の工事にニチイは監督しておらず、ニチイはデパート管理部が保安管理上の立会を行うものと考えており、実際にニチイが行う工事に際して過去に監督者を置いたことも無かったことから右同社は、工事業者に防火管理一切を任せていた。また工事人らの喫煙管理は疎かになっており、被告人Aが保安係員の工事立会いを不要と判断したのは当然などとは到底言えず、被告弁護人の所論は採用できない」として退けた。

被告人Aの防火管理者としての業務および義務

原審認定のとおりである[40][69]#原審・被告人Aが防火管理者として為すべき業務 それに加え、被告人Aは防火管理者としての業務を実行するため、日本ドリーム観光管理部保安係員に対する指導監督権も有していたことが認められる[69]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

予見可能性および結果回避義務について

火災で発生した煙がプレイタウン店内に流入する予見の可能性について、被告人Aは、大阪市消防局や南消防署が主催したビル火災についての研究会や説明会に3回出席しているのであり、ビル火災における煙の上昇経路やその危険性の説明を受けているのであるから、千日デパートビルにおいて6階以下の階で火災が発生した場合は、煙がいずれかの経路を通て7階プレイタウンに流入する恐れがあることをビルの防火管理責任者として理解し得たはずで、したがってプレイタウンに在店する客や従業員の生命身体に危険が及ぶことがあり得ることを十分に予見できたものと言わなければならない。被告人Aの結果回避義務(防火区画シャッター閉鎖義務)については、千日デパートビルの火災延焼階には(2階ないし4階)、熱式感知器およびエスカレーターの防火カバーシャッターが備わっていないことから、工事の際には一部を除いて、あらかじめ全ての防火区画シャッターを閉鎖しておく必要がある。結局のところ、万が一に火災が発生した場合には工事のために開けておく必要がある2枚の防火区画シャッターを直ちに閉鎖する体制を整える以外に方法は無く、同被告人には防火管理者として右の注意義務があった。また被告人Aは、消防当局から夜間閉店後の防火区画シャッター閉鎖の必要性について指導を受けているのであるから、同シャッター閉鎖の必要性を十分に認識していた[81]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

被告人Aの右注意義務についての被告弁護人らの所論に対する判断

(ア)防火区画シャッターを閉鎖する義務に関して

  • 被告弁護人らは「防火区画シャッターを夜間常時閉鎖する義務はない」と主張したが[31]、原審において「千日デパートでは、閉店後に売場の防火区画シャッターを閉鎖すべき状況が現にあり、また消防当局からの指導によって被告人Aが同シャッター閉鎖の必要性を知っていた以上、日本ドリーム観光としては、その体制を早急に整えておくべきであった[45]」と説示したところは肯認できるので、被告弁護人の所論は採用できない[82]
  • 被告弁護人は「防火区画シャッターを閉鎖する法令は無く、被告人Aが同シャッター閉鎖を認めなかったのは当然で、火災当日も同シャッターを閉鎖する義務はなかった」と主張した[31]。それに対する大阪高裁の判断は以下のとおりである。
    • 工事作業中に工事監督とF電工社長の間で交わされた会話のなかで、金属カッターから発生する火花が商品に飛ぶ恐れがあるため、両名の間で以下のようなやり取りがなされた。「工事監督が『布か何かを被せて養生しろ』と言ったことに対し、F電工社長は『布を被せても同じだ』と答え、それに対して工事監督は『無いよりかはましだ』」と返答した。また工事監督は、火の付いたタバコを機械に擦り付けたり、床に捨てて足で踏み消したりしており、火災が発生する恐れが無かった工事とはいえないし、火気の管理が厳しくなされていたとはいえず、被告弁護人らの所論は失当で採用できない[82]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(イ)保安係員を工事に立ち会わせる義務について

  • 被告弁護人らは「ニチイがおこなった火災当日の工事は、危険性はなく、火気を使用するものでもないので、監督業務はニチイに任されば十分であり、日本ドリーム観光から保安係員を派遣して立ち会わせる事情はない。また工事関係者の喫煙についても、ニチイに対して文書で注意するように要望済みで、被告人Aが工事立会いを不要と判断したのは当然で、火災当日の工事に保安係員を立ち会わせる義務はなかった」と主張した[82]。それに対する大阪高裁の判断は以下のとおりである。
    • 日本ドリーム観光と各テナントの間には、閉店後にテナントが不在の時は売場の管理は日本ドリーム観光がおこなう管理契約が売場賃貸借契約に付随して締結されていた。火災当日は、ニチイの従業員は1人も工事に立ち会っておらず、被告人Aもそのことを確認すらしていない。ニチイは、共同管理費を収めていることから保安管理上の立会いは、デパート管理部が行うものと考えており、そのようなものを置いたことはなかったので、工事元請の工事監督らに一切を任せていた。さらには工事現場には吸い殻入れさえ用意されていなかった。火災当日において、3階の工事現場で工事監督が火の付いたタバコを機械に擦り付けて消しているのであり、工事監督は自己の喫煙管理が出来ていなかったことが認められる。以上のことから、被告弁護人らが「被告人Aが保安係員の工事立会いを不要だと判断したのは当然だ」などとは到底言える状況にはなく、これらを前提とする被告弁護人らの所論は認められない[83]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

被告人Bと同Cの業務および各注意義務

(要旨)大阪高裁は、被告人Bおよび同Cの防火管理者としての業務について、それぞれ原審どおり認めた。被告人Bおよび同Cの予見可能性について大阪高裁は「右被告人らは防火管理者の資格を得る際に消防当局から講習を受けており、ビル火災の特徴や煙の危険性について知識を得ており、6階以下の階で火災が発生した場合にプレイタウンへ多量の煙が階段や換気ダクトなどを通って同店内に流入することに考えが及ぶはずである。したがって火災発生時に客や従業員に危険が及ぶことを十分に予見できた」と原審どおり認めた。

被告人Cの避難計画立案と避難訓練実施義務について大阪高裁は「防火管理者講習で得た知識があれば、避難経路を検討する中で『B階段こそが唯一安全に地上へ避難できる経路である』との結論に至るのは可能で、火災発生時に従業員を指揮して店内滞在者をB階段へ安全かつ円滑に避難誘導する様々な方策や過程に考えが及ぶ。したがって被告人Cには火災時にB階段からの避難誘導をするために従業員を指導、訓練する義務があった」とした。

救助袋の保守点検、使用方法の周知について大阪高裁は「被告人Cは、防火管理者であるからには有事の際に救助袋を使用できるように維持管理に努めなければならない注意義務がある。消防当局から救助袋の補修か新品への交換を指示されていたのだから、被告人Bに救助袋の維持管理を積極的に働きかけ、その実現を図ると同時に同器具を使った避難訓練を実施する業務上の注意義務があった。被告人Bも同Cから救助袋の交換などを進言され、その事実を知ったのであれば、速やかに救助袋を交換するなどし、万が一の災害に備えて客や従業員の安全確保に万全を期す業務上の注意義務があった」とした。

救助袋を使用した避難訓練の必要性について大阪高裁は「被告人Cは、救助袋の使用方法や取り扱いの一連の過程を従業員に身に付けさせるだけではなく、実際に救助袋を使用した避難訓練を行うべきだった。避難訓練は、最低でも店内従業員の自衛消防組織の構成員にだけでも参加させる義務を負っていた。また地上で袋出口を把持する要員が最低でも6名いなければ降下してはならないなどの最低限の知識を従業員に指導訓練するべきだった」とした。

被告人Bおよび同Cの業務

大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

7階に煙が流入し、客や従業員に危険が及ぶ予見の可能性

被告人Cは、防火管理者の資格を得る講習を受けた際に用いた「防火管理の知識」という冊子を手許に置いていて保管していた。その冊子の中には「ビル火災における特徴、煙の危険性や流動性、煙が上階に走煙する際の経路、防火シャッターなどの遮蔽性」などについて書かれているのであり、同被告人は当然その知識を知り得たはずで、被告人Bについても同様のことが言える。とすれば、両被告は、千日デパートの6階以下の階で火災が発生した場合、火災によって生じた多量の煙と一酸化炭素が階段や換気ダクト等のいずれかの経路を通ってプレイタウン店内に流入することがあり得ることに考えが及ぶ。したがって客や従業員の生命に危険が及ぶ恐れがあることを十分に予見できたと言わなければならない[83]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

結果回避義務(注意義務)

(1)6階以下の階で火災が発生した場合を想定した避難計画を立て、これに従って避難訓練を実施すべき義務

被告人Cが防火管理者の講習や「防火管理の知識」の内容を把握したうえで、千日デパートビルの構造や各階段の状況、出入口や防火シャッターの閉鎖状況を平素より事前に確認しておけば、B階段こそが安全確実に地上に避難することができる唯一の階段である、との結論に達することは充分に可能だった。以上の認識が被告人Cにあるとすれば、防火管理者として次に客や従業員をB階段へ誘導する方法を考えなければならないが、150名程度のプレイタウン滞在者が火災発生を知れば、真っ先にエレベーターホールへ避難してくることが予想されるから、まずはエレベーターのほうに向かうことを制止し、クロークの方へ向わせなければならない。その際に幅が65センチメートルしかない狭いクロークカウンターに客らを誘導するのだが、ホール出入口とクローク付近に従業員を数名配置し、殺到する避難者を円滑に通り抜けられるようクローク内へ誘導しなければならない。したがって6階以下の階で火災が発生した場合は、従業員に対して速やかにB階段から客らを避難するように指導、訓練する義務があったというべきである[84]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2)救助袋の点検、補修及び使用方法等を周知すべき義務

(2ーア)救助袋の取替え、補修の必要性とその可能性

被告人Cは、プレイタウンの防火管理に当たる者として、有事における救助袋による避難の重要性を認識し、平素から救助袋を点検し、破損があれば補修するか新品に交換するなどして、有事の際に救助袋を使用できるよう維持管理に努めるべき注意義務があると言わなければならない。1970年(昭和45年)12月の消防当局の立入検査で救助袋の破損や不備を把握し、その後に2回おこなわれた立入検査でも救助袋の速やかな取替えか補修を文書で指示されているのであるから、同被告人は管理権原者である被告人Bに対して、消防当局からの指示を単に報告するだけに留まらず、防火管理上の必要性を訴えて速やかに取替えか補修するように積極的に働きかけ、その実現と維持管理に努め、避難訓練を実施すべき業務上の注意義務があった。被告人Bにおいても、被告人Cからの報告と消防当局からの指示事項を知った以上は、救助袋の取替えまたは補修をおこない、万が一の場合に客や従業員らの安全確保に万全を期すべき業務上の注意義務があった[85]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2ーイ)救助袋を使用しての避難訓練の必要性

プレイタウンに設置されていた救助袋のキャビネット(金属製のカバー)には、使用方法が貼付されていたが[注釈 16]、これを平素から読んで使用方法を理解していたとしても、実際の緊急事態においては、ただ単に知識として頭に入れていただけでは慌ててしまい、日頃は簡単にできることも出来なくなる恐れは十分にあるのだから、実際に救助袋を使用した避難訓練をおこない、取扱いの一連の過程を身に付けておくべきだった。訓練をおこなうとしても、消防署係官が立ち会う年1回程度の訓練は総合訓練にならざるを得ないところ、被告人Cにおいてはプレイタウン従業員全員に訓練を受けさせるべきだが、それが事実上困難でも、同店の自衛消防組織の構成員は訓練に全員参加させる義務を負っていた。被告人Cにおいては、救助袋が降下可能になる一連の過程や操作、地上で救助袋を把持する人数が最低でも6名必要で、それが確認できなければ降下できないなど、最低限の知識は日頃から従業員に指導訓練しておくべきであった[86]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

以上の検討結果により、大阪高裁は原審における被告人3名の注意義務認定について以下の判断を下した。

まとめ

以上のことから、原審が被告人A、B、Cにつき、各注意義務を認定したのは正当である[87] — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

各注意義務の履行可能性および結果の回避可能性について

被告人Aについて

(1)同被告人の各注意義務の履行可能性(防火区画シャッター閉鎖について)

(要旨)被告人Aの防火区画シャッター閉鎖義務に関して、各注意義務の履行可能性と結果回避の可能性を検討した大阪高裁は「閉店後の防火区画シャッター閉鎖は、実行方針を立てさえすれば可能だった」とした。保安係員に同シャッターを閉鎖させることについて大阪高裁は「降下(閉鎖)は自重により自動で下がるので作業は容易であり、シャッターラインを確保できさえすれば、テナントの協力を得て難なく実行できた。上昇(開放)は手動巻き上げ式なので、ある程度の労力と時間を要するが、7時30分に4回目の館内巡回が終ったあと、3名の保安係員で手分けして巻き上げれば9時30分の交代時間までに巻き上げ作業を完了することは可能であった」とした。

また大阪高裁は防火区画シャッター閉鎖の実現の他の方策および体制づくり、テナントの協力についても検討を加え「他の方策としてテナントの協力を得ることでも実現は可能であった。各テナントは商品の安全性に係わることであるから、デパート側から防火区画シャッター閉鎖の協力を要請されれば、覚書や条項とは関係なしに現状のままで応じたとしている(ニチイの見解)。実際にデパート店長も『消防当局から防火区画シャッターの夜間閉鎖を指導、申し入れされていて、その必要性が現にあるのであれば、会社としては消防当局と相談して防火区画シャッター閉鎖を検討したと思う』と答えており、被告人Aが積極的に上司へ同シャッター閉鎖の具体策を検討して進言や具申をしていれば、容易に実現できたと考えられる」とした。

(1ーア)千日デパート閉店後に防火区画シャッターを閉鎖すべき注意義務の履行可能性

千日デパート閉店後に防火区画シャッターを閉鎖することについては、被告人Aが消防当局から指示指導を受けているのであり、同被告人が上司に上申するなどしてデパート管理部において、その実行方針を立てさえすれば、実現が可能であったと認められる[87]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(1ーイ)宿直保安係員による防火区画シャッターの開閉作業

1階から4階までの売場内に設置されている防火区画シャッターは、手動巻き上げ式で合計57枚あるが、閉鎖についてはボタンを押すことでシャッターの自重により降下するので、容易に閉鎖できる構造である。したがってテナントの協力でシャッターラインの確保さえできていれば、閉店時の巡回に保安係員が閉鎖するのは容易である。また被告人Aらデパート管理部が防災上の重要性をテナント側に説明し、防火区画シャッター閉鎖についてテナントの協力を求めていれば、難なく実行できたと考えられる。しかしながら巻き上げ(開放)については、開閉装置にハンドルを差し込み、手で回して巻き上げねばならないので、ある程度の時間と労力を必要とする。1枚あたりの巻き上げ時間は移動も含めて3分程度であり、当直の保安係員5名のうちの3名(巡回要員)が1階から4階までの防火区画シャッターを1人あたり19枚巻き上げるとすれば、所要時間は1時間程度である。5時30分から7時30分までおこなわれる4回目の館内巡回が終了したあと、3名の保安係員で手分けして同シャッターを巻き上げれば、交代時間(午前9時30分)までに作業を完了し得るものと考えられる[注釈 23][87]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(1ーウ)防火区画シャッターの開閉作業についてのその他の方策

被告人Aが上司(千日デパート店長)に防火区画シャッター閉鎖の必要性を進言していたなら、上司はこれに対応した体制づくりを実行したと考えられる。ニチイや各テナントに対し、消防当局から「福田屋百貨店火災」や田畑百貨店火災の教訓に鑑みて閉店時の防火区画シャッター閉鎖について指導され、早急にシャッター閉鎖の実行を迫られている事情を説明して協力を求めたならば、テナントとしても商品などの安全性にかかわる事柄であるから、防火区画シャッター閉鎖の協力は得られたと推認できる[88]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(1ーエ)上司に進言しての体制づくり

  • 被告人Aの上司(デパート店長)は「もし同被告人から消防署による指導や申し入れが正式にあったと聞いていれば、会社としては消防当局と相談しながら、前向きに閉店後の防火区画シャッター開閉を検討することになったと思う」と供述しており、同被告人が防火管理者として防火区画シャッター開閉の重要性を認識し、それを実行するための具体的な方策を検討して上司に具申していたならば、テナントとの作業分担についての話し合いもできたので、比較的容易に実現できたと考えられる[89]
  • 日本ドリーム観光は、保安管理体制の強化に関して消極的であったというわけではなく、過去には消防当局からの指導に対しては、誠実にそれを履行していた向きも認められる[89]

例えば・・・

  1. 1966年(昭和41年)ころに消防署からシャッターラインの確保を指導された際には、それに従ったこと。
  2. 1969年(昭和44年)ころに消防署からの指導で非常口への誘導灯の増設がおこなわれたこと。
  3. 本件火災の前年(1971年)に消防署の指導で6階以下の階に非常放送設備を設置したこと。

・・・の各事実である。

以上のことから、被告人Aが防火管理者として職務を誠実に実行し、上司に対して必要な進言をしていれば、同ビルの管理権原者である千日デパート店長としても、防火区画シャッターの夜間閉鎖の必要性を認識し、理解したうえで、これに対応した体制づくりを実行したであろうと推認できる[89]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(1ーオ)テナントの協力

  • 各テナントの協力で夜間の防火区画シャッターを閉鎖することは可能であった。千日デパートビルの3階と4階を賃借していたニチイ千日前店店長の証言によると、「もしデパート管理部から閉店後の防火区画シャッターの閉鎖を消防当局からの指導があったので閉鎖してもらいたい、との要請があった場合、保安係員だけでは手が足りないのであれば、覚書の条項とは関係なしに当面は現状のままで協力しただろう」と述べているので、ニチイの協力を得られたのは明らかである。ニチイ千日前店には、男子店員が毎日約60名出勤していたことが認められ、3階と4階の防火区画シャッターは合計19枚であり、1人が1枚開閉するとして、交代で開閉すれば1人につき3日に1回開閉すればよいのであり、格別の負担とはならない。これが実現したとすれば、保安係員が開閉する防火区画シャッターは1階と2階の合計38枚となり、開閉作業はかなり軽減されることになり、極めて容易なものとなる[90]
  • ニチイ以外のテナントの協力を求めることについては、1966年(昭和41年)ころの消防署の指導でシャッターラインの確保が一時的に実現している。その後に同シャッターの閉鎖は徐々に行われなくなり、シャッターラインに商品台などが置かれ、本件火災では同シャッターを閉鎖しようとしても完全に閉鎖できないものもあった。だが、それらは容易に移動させることが可能な状態にあり、デパート管理部が毎日防火区画シャッターを閉鎖する体制を整えておけば、シャッターラインの確保はできた。さらにはテナント組合の組合長は、デパート管理部に対して防火区画シャッターを毎日閉鎖するよう申し入れをおこなっていたことがあり、テナント側としても防火管理に強い関心を持っていたことが認められる。1階と2階の店舗において、防火区画シャッターが掛かる店舗は、1階が16店舗、2階が14店舗であり、シャッター内部の店舗まで含めると1階が22店舗、2階が17店舗なので、各店舗に1枚か2枚の巻き上げを分担してもらえば足りるので、1階から2階においても防火区画シャッターを巻き上げる作業をおこなう体制を実現し得たと考えられる[91]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)


被告人Aのデパート閉店後に防火区画シャッターを閉鎖すべき注意義務の履行可能性について、大阪高裁は以下のとおり判断した。

まとめ

以上のことから、被告人Aが福田屋百貨店火災および田畑百貨店火災の教訓によって消防当局から閉店後の防火区画シャッター閉鎖の指導を受け、早急にその実行を迫られている旨を各テナントに告げて協力を求めたのであれば、商品の安全確保に関わることであるから、各テナントの協力を容易に得られたであろうと推認され、右協力を得るのに特段の支障があったとは考えられない[91] — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)


(2)原判決の説示に対する判断(防火区画シャッター閉鎖の実現性)

(要旨)被告人Aの防火区画シャッター閉鎖の実現性について、原判決の説示または判断では「防火区画シャッター閉鎖について、保安係員の人員の関係や労力の問題、閉鎖の体制づくりの困難さ、テナントの非協力的な態度などの理由から、その実現性はなかった」としていたが、大阪高裁の判断では「原判決の説示および判断は推測や誤認によるものであり、いずれも失当である」として、それらの説示をことごとく否定した。

また防火区画シャッターの巻き上げについて被告弁護人が「保安係員を防火区画シャッターの巻き上げ作業という重労働に従事させることになれば、労基法の労働時間制限法規の適用除外を受けられなくなり、千日デパートの保安体制を改めざるを得ず、社会的にも不可能だ」と所論を述べたことに対して大阪高裁は「各シャッター閉鎖は保安係員の担当職務であり、大阪市内の各百貨店では手動式の時代でも保安係員が毎日開閉していた。以上の点から防火区画シャッター巻き上げが労働時間制限法規の適用除外を受けられなくなるとは断定できず、被告人Aが労基署にシャッター巻き上げの適用除外を申請した事実もないのに仮定論で反論するのは不当であり、所論は到底採用できない」として退けた。

(2ーア)防火区画シャッター閉鎖について

  • 原判決では「防火区画シャッターを巻き上げるには、1枚につき3分から5分は掛かるのであり、3名の保安係員で1階から4階までの合計57枚を1人あたり19枚巻き上げたとすると、1時間35分を要するので、時間の掛かる作業を毎日少数の保安係員で行うことが実現可能であったかは極めて疑わしいと言わざるを得ない[46]」と説示したが、1枚当たりの巻き上げ時間は、被告人Aや原審証人の推測に過ぎず、実測や実験に基づくものではないので原判断は失当である[91]
  • 原判決では「防火区画シャッターの巻き上げ作業は、その体制を整えない限り実現不可能である」とし、体制づくりの方法や可能性を論述し、「いずれの方法も履行の可能性が無い[92]」旨説示し[91]、さらには「被告人Aが防火区画シャッターの閉鎖の重要性を上司に進言したとしても実現可能であったとは認められない[92]」としているが、同被告人が上司に必要な進言をしたのであれば、それに対応した体制づくりを行ったであろうことは前記(1ーウ、1ーエ)のとおり推認できる。防火区画シャッターの夜間閉鎖が実現しなかったのは、同被告人が上司にそのことを進言しなかったからであり、原判決の右判断は失当である[93]
  • 原判決では「防火区画シャッターの巻き上げ作業を実行する保安係員の増員は困難である[47]」との理由に「日本ドリーム観光においては、保安係員を減員していて保安管理体制強化に消極的だった[47]」と説示したが[94]、保安係員が減員になったのは、1967年(昭和42年)に千日デパートの営業方式が納入業者制から賃貸契約制に変更されたからであり、従来の保安係員の半数が必要なくなったからである。本件火災当時、保安係員が減員された事実はなく、保安係員の増減が問題になったこともなかった[94]。また日本ドリーム観光が保安管理体制強化に消極的だったという根拠はないので、右判断は失当である[94]
  • 原判決は防火区画シャッターの夜間閉鎖について「各テナントの協力を得るのは困難である」とした[48]。またニチイについて「ニチイの売場で毎日のように防火区画シャッターを夜間に閉鎖するには、ニチイ従業員の労働条件に関係してくるから、デパート管理部がニチイに協力を求めても実現できたかは疑問である[47]」としているが[94]、前記のとおり(1ーオ)、ニチイはデパート管理部から要請があれば同シャッターの夜間閉鎖に協力したであろうことが認められるので、右判断は失当である[94]
  • 原判決では、ニチイ以外の各テナントの協力によるシャッターラインの確保やシャッター閉鎖について「各テナントはそれに対して非協力的であり、被告人Aの上司に直接交渉して天井裏を倉庫にしたり、1階外周店舗を物置にしたりしていて、デパートビルの防火管理は専らデパート管理部が行うべきものと考えていて、仮に同被告人が各テナントに協力を要請しても防火区画シャッターの夜間閉鎖や巻き上げ作業の協力を得るのは著しく困難であり、実現できたかは甚だ疑問である[48]」と説示したが[94]、前記のとおり、各テナントも防火管理や商品の安全については高い関心を持っており、同被告人が各テナントに事情を説明すれば協力は容易に得られたと推認できるので、右判断は失当である[94]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2ーイ)右シャッター巻き上げ作業についての被告弁護人らの所論に対する判断

  • 被告弁護人らの所論では「保安係員を防火区画シャッターの巻き上げ作業という重労働に従事させることになれば、労働基準法に定める労働時間の制限法規の適用除外を受けることができなくなり、千日デパートビルの保安体制を根本的に改めなくてはならず、右作業に従事させるのは物理的に可能であったとしても、社会的には不可能である」と主張した[94]。しかしながら、各シャッターの開閉はデパート管理部の職務分掌の規定上、保安係員の担当業務であり、実際に1階各出入口のシャッターや階段回りの防火シャッターは宿直の保安係員が毎日巻き上げを行っているのであり、売場内の防火区画シャッターの巻き上げも保安係員の担当職務に含まれると解釈できること、大阪市内の各百貨店では、防火区画シャッターが手動式の時代であっても宿直の保安係員等が閉店後に必ずその閉鎖を行っていたことが確認されているので、以上の点からすれば、防火区画シャッターの巻き上げが労働時間制限法規の適用除外を受けることができなくなるとは容易に断定できず、被告人Aが管轄の労働基準監督署長に対し、防火区画シャッターの巻き上げ作業を行うことを内容とする除外申請を全くおこなったこともないのに、右適用除外を受けられなくなる旨の仮定論を前提とするものであるから、不当であると言わざるを得ず、所論は到底採用できない[94]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2ーウ)工事現場に保安係員を立ち会わせるべき注意義務の履行可能性

(要旨)夜間店内工事に際して保安係員を工事に立ち会わせなかった被告人Aの過失責任について原判決は、説示または判断で「火災当日に欠員した保安係員の補充は難しく、テナントが行う夜間工事に保安係員を立ち会わせることは不可能だった」としたが、大阪高裁は「当直の保安係員に欠員が生じても保安管理体制を維持せねばならず、工事に保安係員を立ち会わせなかったことで保安管理上の不備が生じれば、それは被告人Aの責任である。千日デパート店長は『店内工事はテナントが責任を持つべきでデパート側が工事に立ち会う必要はない』と見解を述べているが、それは同店長がテナントの間で結ばれている管理契約の内容を知らずになされた供述で、現状では実際に防火区画シャッター閉鎖と工事立会いの必要性はあるのであり、被告人Aの責任を回避するものではなく、日本ドリーム観光が保安管理に消極的だったことにもならない」とした。

また他の部門の社員を工事立会いに充当する実現性について大阪高裁は「テナントから毎月徴収していた共同管理費は、保安係員の給与に充てられていたが、日本ドリーム観光はテナントに対して管理費の不足を理由に共同管理費の値上げを要求していたが、実際には余剰金が出る状況だった。そこでテナントが従業員の職務分掌を提出させ、内容を検討していたところで本件火災が発生した。テナント側は『デパート側が正当な措置を講じるために共同管理費の値上げを要求するのであれば値上げに応じた』としていて『共同管理費値上げ交渉があったことで保安管理体制強化が図れない』という原判決の判断は失当だ」とした。

原審は被告人Aおよび管理部次長にデパート管理部で工事立会いの人員確保措置の独自権限があったかどうかの検討について「それを認める証拠がない」と判断したが、それに対して大阪高裁は「原審公判廷で被告人Aが証言した内容によれば『店内工事の立会いの有無を決めるのは自分が判断し、管理部の職員や保安係員を立ち会わせていた。保安係が次長直轄体制に変わっても同様だった』と供述し、デパート店長の公判廷での証言では『工事の立会い指示は職務上では管理部次長であり、デパートビルの設備工事に際しても工事の立会いは管理部の課員である』と供述しているのであり、管理部次長(原審の被告人D)は管理部の3つの課を統括し、同部の職務全般を指揮監督する権限を有していた。だとすれば、部下である防火管理者の被告人Aが保安係員の欠員について工事立会いの要員確保の要請を管理部次長にしたのであれば、他の課員に臨時の当直を命令することができ、その措置を取る義務があったのは明らかである。被告人Aにしても自己の権限で課員の中から臨時の要員を工事に立ち会わせる権限があったというべきであり、原判決の判断は失当である」とした。

原判決の説示に対する判断

原審・保安係員を工事に立ち会わせなかったことについての被告人Aの過失責任

  • 当直の保安係員または非番の保安係員を臨時に工事に立ち会わせる実現性

火災発生当夜は、5名体制の保安係員のうち1名がたまたま欠勤して4名体制になったに過ぎず、そのような状態でも保安管理体制を維持しなければならない。被告人Aが工事の立会いに何らの指示をせず、保安係員を工事に立ち会わせなかったために管理上の不備が生じたとすれば、被告人Aの責任というべきで、原審の判断は失当である[95]

  • 日本ドリーム観光が工事の立会人を出す必要性

管理権原者である千日デパート店長は、ニチイ売場でO電機商会が施工していた電気配管工事に関して「ニチイが工事の責任を持つべきであり、被告人Aが右工事に立ち会う必要はない」と供述しているが[94]、日本ドリーム観光と各テナントとの間で締結されている管理契約上においては、テナントの工事に保安係員が立ち会う義務があるのに、そのことを知らずに為された供述である。そもそも被告人Aからシャッター閉鎖についての進言はなく、夜間に防火区画シャッターを閉鎖しなければならないこと、ならびにその重要性を認識していなかったことが前提となるものである。したがって、千日デパート店長の見解は、被告人Aの責任を左右するものではなく、日本ドリーム観光が保安管理体制の強化に消極的であったとはいえない[95]

  • 保安係員の増員および他部門の社員を工事立会いに充当する実現性

共同管理費の値上げをテナント側が理由もなく拒絶していたものでないことは明らかである。日本ドリーム観光は、テナント側に対し過去に2度値上げを要求したが、そのときの値上げ理由は管理費の不足であったが、その根拠が乏しかったことから、テナント側で調査したところ、むしろ毎月のように余剰金が出る状況であった。これは千日デパート開業当初からの坪2,500円という額を据え置きしているところにテナント数が増えて管理費収入が増加する一方、管理部の人員が減少して収支の均衡が取れていたからであった。千日デパート店長は、火災発生の1か月半前に3度目の値上げ要求を出したが、その理由は従業員の昇給や衛生費の増加で210万円不足しているというものであったが、テナント側が調査をおこなったところ、共同管理費の約70パーセントが人件費で占められていて、その対象となる従業員の職務分掌を明らかにするよう要求していたところ、デパート管理部の職務分掌が提出され、それを検討しているところで本件火災が発生した。以上のことからテナント側が理由もなく管理費の値上げに反対していたわけではないと認められる。むしろテナントは、必要な経費であれば値上げもやむを得ないと考えていて、もしも日本ドリーム観光が防火管理上、必要な措置を講ずるために共同管理費の正当な増額を要求したのであれば、テナントがこれを受け入れた可能性は充分にあったと考えられる。したがって共同管理費の値上げ交渉問題があって経費面から保安管理体制の強化が図れない趣旨の原判決の判断は失当である[96]

  • 「デパート管理部から工事に立ち会う人員確保の措置を取る独自権限があったかどうか」についての控訴審判断
原審が「被告人Aや管理部次長が売場の工事をおこなう場合に、千日デパート管理部から工事に立ち会う人員を確保する措置を取る独自の権限があったかどうかを認めるに足る証拠がない[52]」としたが、被告人Aは原審公判廷で「店内で行われる工事については、事前に申請がなされた段階で立会いを付けるべきかどうかを自分が判断し、管理課の職員を立ち会いさせることにしていた。テナントの工事であっても、日本ドリーム観光の施設、電気、気罐、空調等に関連のある工事には管理課で立会いを付けていた」「工事に保安係を立ち会わせるどうかの判断は、一応次長と相談したうえではあるが、私がしていた。保安係が次長直轄になった以降も同様である」と供述し、また千日デパート店長も同公判廷で、「工事の立会い等の指示は職務上からいえば管理部次長である」「デパート自体の工事の保安体制もテナントの工事の場合と同じで、工事の立会いは管理課の課長又は課員である」と供述しているので、管理部次長は、管理部の3課(総務課、管理課、営業課)を統括し、同部の職務全般について同部の従業員を指揮監督する権限を有していたのであるから、防火管理者であり、同部管理課課長でもある被告人Aから欠勤した保安係員の補充要員またはテナント工事の立会い要員を確保する要請があれば、同部所属の他の従業員立会いのために臨時の当直を命令することができ、またそのような措置を取るべき義務があったのは当然であり、被告人Aとしても自己の指揮監督する管理課の課員のなかから臨時の当直要員を指定して工事に立ち会わせることもできたことは明らかであり、原判決の前記判断は失当と言うべきである[96]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)


以上の各検討結果により、大阪高裁は被告人Aの各注意義務の履行可能性および結果の回避可能性について、以下のように判断した。

まとめ

被告人Aは、各注意義務を履行する可能性があったのであるから、前記の各注意義務を尽くしていれば、3階での火災発生直後に工事立会いの保安係員において、煙の発生によって初期消火が不能と判断した時点で、工事のために開けておいた2枚の防火区画シャッターを閉鎖できたと推認できる。3階売場の防火扉や防火区画シャッターが完全に閉鎖されていたならば、本件火災の延焼範囲は同ビル3階東側部分の防火区画内に限定され、防火区画シャッターを通り抜ける煙の量も少なく、7階プレイタウンに侵入する煙は南側(A南)エレベーターシャフトのみになり、出火30分近くまではB階段からの避難が可能であることが認められ、被告人Cとプレイタウン従業員らが南側(A南)エレベーターから煙の流入に気付き、1階の保安室に電話で問い合わせて火災の発生場所や状況等を知り得る時間的余裕もあり、店内にいた客や従業員ら181名全員は、被告人Cの適切な避難誘導と相まって、B階段または救助袋を併用することによって完全に避難し得たと考えられ、本件火災による死傷の結果を回避し得たことが認められる[97] — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

被告人Bおよび同Cについて

(1)同被告人らの各注意義務の履行可能性ないし結果回避の可能性

(要旨)被告人Bおよび同Cの各注意義務の履行可能性、結果回避の可能性について大阪高裁は「被告人Cが事務所前の換気ダクトから噴き出す煙に気付いて階下での火災を覚知し、その後にクローク前に様子を見に来た時点では南側(A南)エレベーターから噴き出す煙の量は少なく、その時点で従業員を指揮して客らをB階段へ避難誘導し、同時に救助袋の投下を行うなどの避難準備を進めることは可能だった。また平素からの避難訓練が行き届いていて、被告人Cから指揮を受けた従業員が客らをB階段へ避難誘導し、救助袋の投下の一連の作業を手順どおり冷静に行えたと認められる」とした。

煙が7階に蔓延したあとの状況での結果回避について大阪高裁は「ホールに煙が充満したあとでもホステスが1名、B階段を使って脱出に成功しているのであり、煙の中を突っ切ってでもB階段から避難することは可能だった。被告人Cが防火管理者講習で身に付けた知識を以ってすれば、22時50分ころまでは避難者に煙から身を守る姿勢などを取らせたあとにB階段へ避難誘導することは可能で、同階段からの避難は可能だった。実際に適切な避難誘導によって煙の中を突っ切って建物の滞在者全員が避難に成功した火災事例があることからも、それは実証されている」とした。

救助袋による結果回避について大阪高裁は「煙が充満する前に救助袋が投下されていれば、降下実験の結果などを参考にすれば、多少の混乱や不手際があっても数分間に相当数の客らを避難させられたと認められる(1分間に20名程度、混乱した状況下では10名程度)」とした。

  • 被告人Cが22時39分に事務所前の換気ダクトから噴き出す煙に気付き、そのときに階下での火災を覚知し、そのあとクローク付近へ様子を確認に行った22時40分の時点では、南側(A南)エレベーターから流入して来る煙は少量であった。この段階で従業員らに火災発生を通報し、直ちに従業員を指揮してB階段への避難誘導を開始するとともに、救助袋による避難準備を進めることが可能であったと認められる。しかも平素からの避難訓練が行き届いていれば、22時39分から40分ごろのプレイタウンに流入した煙の量はさほど多くなかったのだから、同被告人からの指揮を受けた従業員らは比較的冷静かつ沈着に行動することが可能で、B階段への誘導および救助袋の投下に至る一連の作業は、手順どおり迅速におこなえた。遅くともB階段への誘導は22時40分ごろまでに、救助袋の降下準備完了は22時45分までには為し得たと認められる[98]
  • 煙がクローク付近へ多量に充満してきた段階においても、B階段を使って自力脱出したホステスの状況に照らしてみれば、煙の中を突っ切てもB階段からの避難は可能で[99]、被告人Cが冊子「防火管理の知識」の内容を十分に把握していたのであれば、姿勢を低くし、ハンカチなどで口や鼻を覆い、呼吸を少なくしてクロークを通り抜けB階段へ行くように客らに指示して避難誘導をおこなっていれば、少なくとも停電のころ(22時49分)までにはクロークからB階段への避難誘導は可能だった。またクロークカウンターの65センチメートル幅の出入口についても、自動改札機の通り抜け実験で幅が55センチメートルの改札口において、毎分60名から70名の人数が通過できたと認められたのであるから、本件火災の状況では30名から35名程度は通り抜け可能だというべきであり、被告人Cの適切な避難誘導があればB階段からの避難は可能であったと認められる[100]
  • このことは「大阪科学技術センタービル火災」において[注釈 24]、適切な避難誘導が実施されたことにより、ビル内に滞在する679名全員が無事脱出し得た事例によっても裏付けられる。この火災では、防火管理者が放送設備を用いて「3階で火災です。中央階段を利用せず、東階段から避難してください」と避難放送をおこない、その情報を得てから煙によって全く前が見えない状況下で避難した者が在館者の48パーセントいた。適切な放送と避難誘導がおこなわれたことにより、パニックによる重大な結果は起きなかったと認められる。したがって防火管理者において避難階段を明示し、避難誘導が適切に行われたならば、煙が充満した経路を突っ切ってでも避難し得ることを実証したものと言えるのである[100]
  • 救助袋による避難についても、救助袋を使用しての降下実験では、1分間に20名程度の降下が可能であると認められ、緊急事態に直面した本件火災においては、従業員の指示や介添えがあったとしても、そのとおりに降下できたかは疑問があるが、1分間あたり10名程度は降下可能であったと認められ、数分間あれば客らの相当数を避難させられたと認められる[100]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)


以上の各検討により、被告人Bおよび同Cの各注意義務の履行可能性と結果回避の可能性について、大阪高裁は以下のとおり判断した。

まとめ

被告人Bおよび同Cが各注意義務を尽くして、千日デパートビルの6階以下の階で火災が発生した場合には、通常は唯一安全な避難路であるB階段へ客らを速やかに避難誘導させるとともに、適正に維持管理された救助袋を使用するなどの方法により、プレイタウン店内に在店する客らの安全を確保するための消防避難計画を策定し、これによる避難訓練を実施していたならば、本件火災が発生して煙がプレイタウン店内に侵入した際に、同店内にいた被告人Cにおいて、平素の訓練の成果を発揮して、速やかにB階段への避難誘導、救助袋を使用しての避難等、危急に際しての適切な措置を取ることができ、ホステス更衣室にいた11名を除くその他の本件プレイタウン在店者全員は、B階段からの避難誘導に加え、救助袋による避難方法が併用されることによって、安全に避難し得たことが認められるから、右更衣室にいた11名を除くその他の本件被害者(死亡109名、受傷40名)の死傷の結果を回避し得たものと認められるのである[101] — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2)原判決の説示及び弁護人らの所論に対する判断

B階段への避難誘導に関して

(要旨)B階段への避難誘導に関して、原判決の説示および被告弁護人の所論に対する判断について大阪高裁は「原判決がB階段は22時50ころまでは避難が可能で、被告人Cが平素からB階段の状況を把握したうえで避難誘導訓練をしておけば、右同時刻ころまでは救助袋による避難を併用することで避難者を地上へ無事に避難させられた」として、その結果回避の可能性を認めておきながら、その一方で原審が「被告人Cが避難訓練を十分に行っていたとしても、南側(A南)エレベーターシャフトから噴き出す猛煙によってクローク付近が急速に汚染される状況下でB階段への避難誘導が行えたかは大いに疑問で、仮に避難誘導ができたとしても死傷結果を回避できたかは疑問だ」などと説示し判断したのは「原判決が事実を誤認し判断を誤ったものであり、失当である」とした。

大阪高裁は被告人CがB階段からの避難計画を立てる可能性について、原審が「階下で火災が発生した場合、プレイタウンが機密構造になっていない限り、速やかに客らを避難させる必要があり、階下の火災が1階で発生している可能性もあるのでF階段による避難は危険である。階下で火災があればB階段こそが唯一安全な避難階段であり、他の階段を避難路とするのは危険である。したがって被告人CがB階段こそが地上に避難できる唯一の階段であるとの結論に至る可能性は十分にあった」などと説示したことは、「結論として判断した内容に矛盾する」とした。さらに原審の「如何なる方向から煙が来てもB階段から避難する計画を立てることはできない」という説示についても大阪高裁は「予想外の事態であっても、構造上においてB階段こそは唯一安全な避難路である事実は変わらないのであるから、B階段への避難誘導を断念する理由は見出し難い。プレイタウンにおける唯一安全な避難路はB階段であって、これは2方向避難の原則の前提を欠くことになるが、たとえB階段の方向に煙が流れていたとしても同階段から煙が流れているわけでも煙が充満しているわけでもないのであるから、B階段へ避難誘導すべきである。本件火災の場合、事務所前ダクトや南側(A南)エレベーターから猛煙が噴き出し、火災の規模が大きいと予測できたのであり、避難計画を立てていれば救助袋による避難も考えられ『F階段に避難するのが最適の方法である』などという無謀な発想が起こるはずもない。原審の避難計画についての判断は、右のような検討を加えておらず、実際に被告人Cは避難計画など何も立てていなかったのであるから、仮定論を前提とするものである以上、その判断に矛盾や誤りがあると言わなければならない」とした。

B階段への避難誘導の可能性について大阪高裁は「被告人Cは、B階段の安全性を認識しておらず、避難誘導の方法および行動を誤り、その着手にも著しい遅れがあった。原判決では『被告人Cがエレベーターホールへ様子を見に来たのは、南側(A南)エレベーターから激しく煙が噴き出した直後だった』としているが、実際にはそのころの煙はそれほど多くは無く、被告人Cの避難誘導には支障がない状態であり、この時点での対処を怠った同被告人には落ち度がある。また階下で火災があった場合の安全な避難路はB階段しかないのであるから、B階段が煙で汚染されているという特異な状況でもない限りは、たとえエレベーターから煙が噴出して通路が遮断されていたとしても、B階段へ避難誘導すべきであり、それができなかったということは避難計画と避難訓練を怠っていたことによるものであるから、原判決が『B階段からの避難誘導を決断するのは困難だ』とした判断は肯定できない。原判決が『客や従業員にB階段への避難を指示しても混乱した状況下では不可能だった』とした点についても、適切な避難誘導で多くの避難者が無事に脱出できた火災事例があることから、被告人Cや従業員の適切かつ明確な避難指示があれば、大きな混乱もなくB階段への避難誘導は可能だったと認められる。以上のことから、被告人Cが適切な避難誘導を為し得なかったことで大混乱が起きたものである。同被告人の避難誘導が適切であったなら、客らがクローク前に殺到して大混乱を来し、避難誘導を不可能にする事態に至ったとは考えにくい」とした。

従業員によるB階段への避難誘導の可能性について大阪高裁は「原判決では『エレベーターホールにやってきた従業員は、その時点ではエレベーターや換気ダクトからの煙の状況を知り得なかったのであるから、たとえ避難訓練を受けていて、直ちに避難誘導に取り掛かっても客らをホールへ戻るよう指示し、F階段へ避難誘導したと思慮される』としたが、従業員が避難訓練を受けていれば、B階段へ客らを誘導していたと認められ、最も危険なF階段へ誘導したり、エレベーターホールへ向かおうとする客らをホールへ押し止める行動に出るはずもない。クローク前の混乱した状況を招くこともなく、原判決の説示は失当だ」とした。

B階段の安全性について被告弁護人は「B階段は必ずしも安全ではなく、火災により煙が充満する可能性はあり、唯一安全な避難階段ではない」と主張し、いくつかの可能性を示したが、それに対して大阪高裁は「B階段は各階で二重の鉄扉で常時閉鎖され、デパートの売り場から遮断されており、同階段に火や煙が入る可能性は低い。煙が同階段に充満する可能性があるとすれば、それは1階プレイタウン入口と地下1階エレベーターホールで火災が起こった場合であるが、右入口とエレベーターホール、B階段の内部の可燃物の量はそれほど多くなく、B階段を使用不能にするほどの煙が充満する可能性は低い。以上のことからB階段が唯一安全な避難階段である事実には変わりなく、被告弁護人の所論は採用できない」とした。


(2ーア)原判決が事実を誤認し、判断を誤った部分

原判決では「本件火災当時に死傷者を出すことなくプレイタウン店内から避難することが可能だったか否かについてみるに、4つの階段のうち、避難に使えるのはB階段のみであり、22時50分ころにホステス1名がクロークを通り抜け、B階段を使って避難出来ているので、クロークさえ通り抜けられればB階段は通行可能だったと認められる。被告人Cが平素からB階段の状況を把握し、6階以下の階で出火した場合の安全な避難路としてはB階段しかないことを十分に認識して、従業員にそのことを教え、たとえクロークに煙が充満していてもそこを突っ切ってB階段から避難誘導するように指導訓練しておけば、22時50分ころまでならB階段と救助袋を使って同店内に滞在していた全員を地上まで無事に避難させられたのではないかと、一応考えられないではないのである[53]。」として幾つか理由を挙げ、「被告人Cが6階以下の階で火災が発生した場合を想定して避難経路等について十分に調査検討のうえ、避難訓練をおこなっていたとしても、エレベーターシャフトからの猛煙でクローク付近が急速に汚染されるという予想外の状況に直面して、B階段への避難誘導が果たして可能だったのか大いに疑問であり、仮に避難誘導が可能だったとしても全員の死傷の結果を回避できたかどうかは甚だ疑問であると言わざるを得ない[60]」としたのは事実を誤認し、その判断を誤ったものであり失当である[101]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2ーイ)被告人CがB階段からの避難計画を立てることの可能性

原判決が、被告人Bおよび同Cの以下に掲げる各注意義務について・・・

  • 「6階以下の階で火災が発生した場合でも、プレイタウンが他の階から完全に遮断された気密構造になっていない以上、同店内に煙がどこからか流入して来る恐れがあるから、煙の具体的な流入経路や速度については分からないまでも、とにかく速やかに客や従業員を避難させる必要がある」[55][102]
  • 「6階以下の売場で出火した場合、1階売場も火災となっていることは十分考えられるから、F階段を利用して避難することは危険である」[55][102]
  • および「6階以下の売場で出火した場合には、その時刻の如何を問わず、各階段A、E、Fを避難路とするのは危険であり、B階段こそが安全確実に地上に避難できる唯一の階段であるとの結論に被告人C自身が到達することは十分可能であった」[55][102]

・・・との各認定に前記(2-ア)の原判決説示は矛盾する[102]

  • また「煙が如何なる方向から来ようともB階段から避難するとの避難計画を立てることはできない[58]」との説示についても、「被告人Cとしては、むしろ6階以下の階で火災が発生した場合、プレイタウンが他の階から完全に遮断された気密構造になっていない以上、その煙があらゆる経路を経てプレイタウン内に流入する恐れのあることを予測し、通常は唯一安全な避難路であるB階段への避難誘導計画を策定しておけば足り、またこれ以外にはないのであって、煙が如何なる方向から来ようともB階段から避難するとの避難計画を立てることはできない[58]」とする原判示は相当でない[102]
  • 仮にそれが予想外の事態であったとしても、B階段こそはビルの構造上、各売場とも完全に遮断されていて、通常は唯一安全な避難路であることには何ら変わりはないのであるから、B階段への避難誘導を断念すべき理由は全く見出し難いのである[102]。また、消防署の指導上で言われる「2方向避難」というのは、あくまでも基本的に安全性の高い避難経路を常に2方向以上確保したうえで、火災が発生した場合、その状況によって安全確実な方向に避難するような体制を整える必要があることを言うのであって、プレイタウンのように、6階以下の階で火災が発生した場合、「B階段こそが唯一安全な避難階段」であるときには、2方向避難の前提を欠くのであって、たとえB階段の方向に煙が流れていたとしても、同階段から煙が流入し、あるいは同階段自体に煙が充満していたわけではないから、当然B階段に避難誘導すべきであり、この点の原判決には誤りがあると言うべきである[102]
  • 本件火災の場合のように、北側事務所前換気ダクト開口部からの煙のほか、クローク前やエレベーターの前にも煙が流入していたとすれば、むしろ6階以下の階での火災がある程度規模の大きなものであることが十分予想されるので、仮に的確な避難計画を立てていたとすれば、B階段への避難誘導とともに当然救助袋による避難にも全力を注ぐことになるはずで、最も危険度の高い「F階段」に誘導するのが最適の方法である、などというような無謀な発想は起こり得ないものと言わなければならない。原判決の避難計画に関する判断は、被告人Cらにおいて現実には消防避難計画について右のような検討を全く加えておらず、何らの避難計画も立てていなかったのであるから、仮定論を前提とするものである上、その内容自体にも矛盾や誤りがあると言わなければならない[102]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2ーウ)本件火災における被告人CのB階段への避難誘導の可能性

原判決の説示は、この点についても、被告人Cが消防計画の策定、避難誘導訓練を全くおこなっていなかったのであるから、原審判示は仮定論を前提とするものであるうえ、原審説示の内容そのものも以下に述べるとおり、誤りがあると言わなければならない[102]

  • 同被告人は、B階段の安全性を全く認識していなかったために、的確な避難誘導の行動を開始し得ないまま、漫然クローク付近に赴き、同所でしばらく様子を見ているうちに、エレベーター昇降路から流入している煙が次第に増量して付近が徐々に暗くなってきたことから、ようやく客や従業員の避難を考えるに至り、近くにいた従業員に電気室から懐中電灯を取って来るよう指示し、右従業員が電気室へ行って戻り、懐中電灯を見付けることができなかった旨報告するのを待って、レジ付近まで戻り、ボーイらに指示してA階段の出入口の扉を開けさせようとしたのであり、同被告人の避難誘導の行動は、方法において誤りがあったのみならず、その着手が著しく遅延したものと言うべきである[103]
  • 被告人Cがクローク付近まで行ったのは、「エレベーターの昇降路から多量の煙が噴き出し始めた直後であった」との誤った事実認定を前提に、B階段への避難誘導を決断することは困難であったとする原判決の判断は明らかに失当であって、右のとおり、被告人Cがクローク付近に至ったときは、B階段への避難誘導に何ら支障のない状態であり、この時点で明確な対処を怠ったことは同被告人の落度であると言うべきである[103]
  • もともとプレイタウンにおいては、6階以下の階で出火した場合の安全な避難路は、通常はB階段しかないのであるから、エレベーター昇降路から煙が流入したとしても、B階段自体からも煙が流入するというような異常な状況にない限り、クロークへ進入する経路が煙により遮断されるまでの間は、万難を排してB階段へ避難誘導すべきであり、もし的確な避難計画を立て、避難訓練をしていたならば、寸刻の間にそのような判断を為し得たはずであり、それができないということは、すなわち右のような避難計画を立て、訓練を行う事を怠っていたことによるものであって、B階段からの避難誘導を決断することが困難であったとする原判決の判断は到底肯認できない[103]
  • 原判決は「客や従業員に対し、B階段に避難するよう指示したとしても、当時の状況では、大きな混乱が起きて避難出来たか否か疑問である」とする[103]。しかし、この点については、「大阪科学技術センタービル火災」の事例において説示したとおり[注釈 24]、本件のような危急の事態に遭遇した場合、群衆は、避難誘導指揮者の適切かつ明確な指示があれば、これに従って安全な場所を求めて危険をも省みずに行動することは群衆心理の常識とも言うべきであり、このことは、証人Sの当審公判廷における供述からも伺われるところであるから、被告人Cや従業員の明確な指示さえあれば、大きな混乱が起きることなくB階段への避難誘導は可能であったと認められる[104]
  • 本件の場合には、実際にホールからの出入口であるアーチ付近では、ホールへ向かう者とクロークへ向かう者とが衝突し、混乱した状況にあったことが認められるが、しかし、これは被告人Cらが適切な避難誘導を迅速かつ的確に行わず、専用エレベーター前のホールに出て来る客をA階段から避難させようとし、クロークに誘導しようとする者と、逆にこれを押し止める者とがあって、避難誘導に当たるべき従業員の指示が混乱したことによる当然の結果である[104]
  • 結局、被告人Cらは、適切な避難誘導を為し得なかったため、同店が大混乱状態に陥ったものであり、同被告人らによる適切、かつ、明確な避難誘導を受け、すべての客らがB階段に向け1つの流れとなって避難していたとするならば、火災という非常事態のため、多少の混乱が生じたとしても、クロークの出入口付近に殺到して大混乱を来たし、避難誘導を不可能にするという事態に立ち至ったとは考えにくい[104]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2ーエ)従業員らによるB階段への避難誘導の可能性

原判決では「従業員Mらは、被告人Cがエレベーターホールにやって来るまでに換気ダクト開口部からの煙の吹き出しについて知り得ないのだから、仮に「Mら」が6階以下の階で火災が発生した場合の避難訓練を受けていて、直ちに避難誘導に取り掛かったとしても、B階段ではなく、F階段から客らを避難させようと考えたであろうから、本件のようにエレベーターホールに押し寄せる客らを押し止め、ホールへ戻るよう指示したと思料される[59]。」・・・とするが、日頃から避難訓練を徹底していれば、従業員は唯一安全な避難路であるB階段に客らを誘導していたものと認められ、最も危険な「F階段」を避難路と考えたり、ホールからエレベーターホールへ向かう人達を押し留めたりするという行動に出るはずもなく、クローク前の異常な混乱した状態を招くこともなかったことは明らかで、原判決の説示は失当である[104]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2ーオ)B階段の安全性

被告弁護人らの所論では「B階段は必ずしも安全ではない」と主張する[104]。それは・・・

  1. 1階のB階段入口が木製扉であること。
  2. 地下1階エレベーターホールと地下飲食店街とは鉄扉1枚で繋がっているので、仮に地階の飲食店で火災が発生した場合にB階段へ火や煙が入り、同階段が使用不能になることが十分想定されること。
  3. 以前に地下1階「プレイタウン」エレベーターホールで小火が発生したことがあること。

・・・以上の点で「B階段は唯一安全な避難階段ではあり得ない」というのである[104]

しかしながら、地下1階から6階までのB階段と千日デパートの売り場間の鉄扉は、常時閉鎖されているのであり、B階段に火や煙が入る可能性は低い。B階段に火や煙が入るとすれば、1階プレイタウン専用出入口(B出入口)で出火し、その火や煙がB階段を通じて7階へ上昇する場合しか考えられない。B階段には、地下1階エレベーターホールに可燃性の装飾があり、1階同専用出入口には木戸や絨毯、ビロードカーテンが、またB階段の階段室には木材や段ボールが置かれていたものの、それらの量はそれほど多くなく、1階同専用出入口は、プレイタウン営業中はその扉が大きく開けられ、道路に面していることが認められているところ、可燃物が燃えたとしてもB階段の安全性を左右するほど火や煙が同階段に入り、充満する可能性は低いと言わざるをえない。以上のことから、B階段が唯一安全な避難階段であるというべきであるから、被告弁護人らの所論は採用できない[104]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

救助袋による避難行動に関して

(要旨)救助袋による避難行動に関して大阪高裁は「被告人Bおよび同Cについて、原審が右被告らが救助袋の整備を怠り、同避難器具を使用した避難訓練を行わなかった注意義務違反を認めながら、同器具による避難の可能性を否定して両被告人の過失をも否定したことは事実の誤認によるもので、各判断は失当である」とした。さらに原審では「救助袋は避難階段が使用不能な時の補助的な避難器具であり、B階段への通路が煙の汚染によって通れなくなれば多数の避難者が救助袋もしくははしご車に殺到する。そのような予期しない状況を前提とした訓練を被告人Cが行えたとは言えない」と説示したが、それに対して大阪高裁は「避難階段がすべて使えなくなる状況など防火対象物ではあってはならず、そのような前提による消防署の指導や避難訓練などありえず、そのことを前提として指導訓練の有無を論じる原審判決は誤りである」とした。

原審では「被告人Bおよび同Cが各注意義務を尽くし、救助袋の補修や取替えを行い、避難訓練を行っていたとしても、救助袋を使用した避難の可能性は認められない」「救助袋による避難は、避難階段が煙で汚染され、救助袋が唯一の脱出手段となったときに投下される」と説示したが、それに対し大阪高裁は「被告人Cが避難計画を立て各注意義務を履行し、避難誘導を適切に行えば、まだ煙がプレイタウンに充満する前の段階(22時40分ころ)で、従業員を指揮して避難階段への誘導と同時に救助袋を投下することも十分に可能だった。煙が充満して店内が混乱した状況になった後(22時43分以降)を前提とする救助袋による脱出の可能性を否定する原審判断には重大な過ちがある。避難誘導の可能性にしても煙が店内に充満して混乱した状態になったあとの状況で避難誘導の可否を論じることは検討を加えるまでもなく失当である」とした。

原審では「22時48分の時点で救助袋が使用可能になったとしても150名の避難者が同器具を使用して全員が無事に地上へ脱出できたとは考えられない」と説示したが、それに対して大阪高裁は「救助袋は補助的な避難器具であるが、避難階段(B階段)への避難誘導は22時49分までは可能だった。避難階段への誘導と救助袋を補完することでホステス更衣室にいた11名を除く避難者全員を安全に地上へ避難させることは可能だった。従って救助袋による避難のみを論じること自体が根本的に誤りで原審判断は失当だ」とした。

被告弁護人は、救助袋による避難の補完性について「消防署の指導では救助袋は補助的な避難器具とされ、避難階段からの避難者が残るときに使用が考えられる。避難階段からの避難が優先される状況では、訓練を重ねていたとしても直ちに救助袋を投下する判断は下せない」と主張したが、それに対して大阪高裁は「被告人Cは、クローク前へ来た時までには空調ダクトや南側(A南)エレベーターから煙が噴き出している状況を確認して階下で火災が発生したことを認識しており、店内には勝手を知らない客などが滞在していたことから避難に手間取ることは予測できたわけで、22時40分の時点で従業員らを指揮してB階段へ客らを避難誘導し、同時に救助袋を投下させるべきであったと考えられるので所論は採用できない」とした。

大阪高裁は、原審がホステス更衣室に居た11名に結果回避の可能性が無かったと判断した点について「プレイタウン店内に煙が流入し始めた初期段階から事務所前の空調ダクトから噴き出す猛煙により同更衣室に繋がる廊下が汚染され、更衣室直結のE階段出入口からも猛煙が同更衣室に流れ込み、2か所ある避難路が煙で完全に塞がれたことにより、被告人Cが各注意義務を尽くしたとしても11名の死傷の結果を回避することはできなかった」として原審判断を肯定した。そのことについて検察は「結果回避は可能だった」と反論したが、それに対して大阪高裁は「検察の主張は22時45分ころに従業員がE階段から避難しようと客やホステスらをホステス更衣室方面へ避難誘導しようとした事実を前提にしている。その時点では空調ダクトからの猛煙で同更衣室に繋がる廊下は避難路として使えなかった。22時39分ころには既に廊下が猛煙で汚染されており、その時点で同更衣室からの避難はできなかったのであるから、検察官の所論は採用できない」とした。 


救助袋による避難行動に関しての各検討

原判決は、被告人B、同C両名について、救助袋の整備を怠り、救助袋を使用しての避難訓練をおこなっていなかった注意義務違反を認めながら、救助袋による避難の可能性を否定し、被告人両名の過失責任をも否定したが、大阪高裁の検討では「原判決は、以下の各事実を誤認し、その判断を誤ったものであるから、いずれも失当である」と判断した[105]

(1)救助袋の避難方法としての位置づけ

原判決では避難訓練および訓練指導の内容について「消防当局が火災の場合の避難方法としては、あくまでも避難階段を利用しての避難を優先すべきであって、救助袋は本来の避難路から逃げ遅れた極少数の者を対象とした補充的な避難方法であるにすぎないとの考え方に立っていたことが窺えるので、消防署係官の指導がなされたとしても、その線に沿った内容の指導に止まったであろうと考えられることなどから、本件のようにB階段へ通ずる通路及びその余の避難階段が、いずれも煙のために現実には避難路となり得ず、在店者のほとんどが、1個の救助袋若しくは消防署のはしご車に頼って避難せざるを得ないような場合を想定した避難訓練まで為し得たとは到底言えない[61]」旨説示する[106]。原判決が指摘するように、火災の場合の避難手段としては、避難階段を使用しての避難が優先されるべきであって、救助袋による避難は補完的なものであるのは、そのとおりである。したがって「避難階段が使用不能になった場合の指導」などというものは本来はあり得ない。防火対象物が、そのような状態であるならば、欠陥対象物なので消防署は安全な避難路確保について指導するはずであり、避難路が確保されていないことを前提に救助袋による避難訓練を指導することなどなく、全階段が使用不能になった場合を想定しての訓練指導の有無を論じる原判決は、その前提において誤りがある。要するに救助袋の使用方法について指導と訓練をおこない、有事の場合にこれを使用できるようにしておきさえすれば足りるのである[106]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(2)本件火災時における救助袋による避難行動の可能性

  • 原判決では「被告人Bおよび同Cが、各注意義務を尽くし、救助袋の補修や取替えをして、これを使用して避難訓練をしていたとしても、本件では救助袋による避難の可能性を認めることは困難である」として、その可能性を否定した[106]。しかしながら、前記説示のとおり、右注意義務を尽くしていれば、B階段からの誘導に加え、右救助袋による避難方法が併用されることによって、ホステス更衣室にいた11名を除く、その余の在店者全員が安全に避難し得たというべきであり、これを困難ならしめる特段の事情を否定する根拠として挙げられる諸事情は、次に述べる通り失当である[106]
    • 原判決が救助袋による避難判断を為し得る時間を「22時42分」としたのは誤りで、しかも救助袋の投下を決意することについて、「救助袋による避難しかあり得ないと判断した場合にのみ行われる」との前提自体も誤りである[106]被告人Cが6階以下での火災を覚知してクローク付近に様子を見に来た時点では、エレベーターから噴き出す煙はさほど多くなく、在店者も混乱した状況には陥っていないのであるから、直ちに従業員を指揮して避難階段への誘導とともに、救助袋を投下して避難路を確保すべき注意義務を忠実に履行していたならば、従業員らを救助袋設置の部署につけ、救助袋の投下を実行することは十分に可能だった。避難するための時期を失して混乱状態に陥ったあとの状況を前提として、その可能性を否定する原判決の右判断には重大な誤りがある。従業員にしても、平素から避難訓練を受けていれば、被告人Cの指示を待つまでもなく、煙の流入に気付いた時点で自発的に救助袋の投下作業に取り掛かるはずである。従業員が「たまたま窓際で救助袋を発見した」と供述したのは、まさに被告人Cが消防計画の策定、避難誘導訓練を全く怠っていて、適切な指示が為されなかった事実を裏付けるものである[106]
  • 原判決は「救助袋を使用して降下可能な状態になったのは、本件の場合よりもせいぜい1分程度早い22時48分ごろであった」旨説示するが、これは、たまたま救助袋が設置されている窓際に行った従業員らが救助袋に気付いて投下した時刻が22時46分ごろであったことを前提にしている[107]。もし被告人Cの指示が徹底し、従業員に対する避難訓練ができていれば、それよりももっと早い時間に降下可能な状態にできたことは前述のとおりであるから、その前提が間違っているばかりか、救助袋の投下が遅れたとしても、被告人Cがクローク前からホールへ引き返して来た時点で直ちに救助袋の投下を指示し、救助袋が使用可能な状態に整備され、従業員が取扱い方を知っていれば、遅くとも22時45分から46分ころまでには避難可能であったと認められるので、こうした前提を無視した原判決の判断は誤りである[108]
  • 原判決では、被告人Cが救助袋による避難を決意し、従業員に対し客らを救助袋が設置してある窓際に誘導するように指示した場合を想定し、その後に起こり得る結果を説示して[64]、救助袋が設置された窓際への誘導の可能性を否定している[108]。しかしながら原判決の判断は、被告人Cが22時44分から45分ころに救助袋による避難誘導を決意した場合を想定している時点で重大な誤りがある。被告人Cは22時39分ころには階下で火災が発生したことを覚知しているのであり、同被告人がクローク付近に来た22時40分過ぎころに、直ちに避難誘導の指示などの適切な行動を開始し得たはずであって、これを怠り、避難誘導の時機を逸して混乱状態に陥ったあとの状況下における避難誘導の可否を論じることは、右原判決の内容について、検討を加えるまでもなく失当である[108]
  • 原判決は「以下のような状況下において、仮に救助袋の入口が開き、22時48分ころ、これを使用して降下が可能な状態になっていたとしても、降下所要推定時間およびホール内における致死限界推定時間等を総合して考察すると、ホール内にいた150名と楽団室及びボーイ室にいた者ら全員はもとより、ホール内にいた150名くらいの者全員が右救助袋を利用して無事地上に脱出したとは考えられない[65]」旨説示し[108]、その根拠として、具体的個別事情を挙げて種々検討を加えているが、原判決は 救助袋の使用開始可能時刻を22時48分としている点で誤っている。そもそも救助袋による避難はあくまでも補完的なものであり、本来はB階段を利用して適切な避難誘導が為されるべきで、それは22時49分ころまでは可能であった。B階段への誘導のほか、これを補完するものとして救助袋による避難方法を併用することにより、ホステス更衣室に滞在していた11名を除く在店者全員が安全に避難し得たことは前述のとおりである。したがって救助袋のみによる全員の避難救助の可能性を論じる右原判決は根本的に誤りであり、原判決が挙げる具体的個別事情を検討するまでもなく、原判決の右判断は失当である[108]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

(3)救助袋による避難方法の補完性に関して

被告弁護人らの所論は「消防署の指導においては、救助袋は補助的用具とされ、可能な限り階段から脱出し、それでもなお避難者が残るときに救助袋の使用が考えられているから、火事を覚知すれば、まず階段による避難を考え、それも無理となって次に救助袋を使用することになるのであって、いくら訓練を重ねても、状況を判断せずに直ちに救助袋を投下するなどということにはならない」旨主張する[109]。被告人Cは、事務所前換気ダクトの開口部から煙が噴き出しているのを現認し、階下で火災が発生したことを覚知した時点で、同被告人は煙のためにホステス更衣室に行けず、その後にホール出入口へ向かった。そしてクローク付近へ行った際には、通常の唯一安全な避難階段であるB階段近くのエレベーターホールにも煙が流入する状況に遭遇したのであり、店内の煙の状況のほか、店内の勝手を知らない客、または酔客もいたことから、避難に手間取り、避難階段から逃げ遅れる者もあることが予測できた。したがって遅くとも同被告人がクローク付近に赴いた22時40分過ぎ以降には、B階段からの避難誘導を開始するとともに、救助袋を使用しての避難にも配慮し、従業員らを指導して、その投下作業にも取り掛からせるべきであったと考えられるので、所論は採用できない[109]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

ホステス更衣室にいたホステスら11名について結果回避を否定した理由

本件火災当時、ホステス更衣室にいた11名については、被告人Bおよび同Cが注意義務を尽くしていたとしても、11名の死傷の結果を回避する可能性は無かったというべきである[110]。22時39分から40分ころには、事務所前換気ダクト開口部からの煙のために同更衣室へ通じる通路が遮断され、同通路は避難路としては使うことができず、それ以外の方法を考えてみても、事務所西側の宿直室を通って同更衣室に行くことも、被告人Cが事務所ドアを開けた際に事務所内へ勢いよく煙が流れ込んで充満し、その通路を遮断したであろうと推認されるところであり、被告人Cが22時39分ころに階下での火災を覚知して以降、前記更衣室の滞在者11名がB階段や救助袋のあるホール窓際へ避難誘導させることは不可能であったと認められ、右在室者の死傷の結果を回避できなかったというべきである[110]なお検察官の所論では「被告人Cは、22時44分から45分ころまではB階段に、あるいは救助袋のあるホール窓際に11名を避難誘導することは可能であった」と主張する[110]。しかしながら、右所論は原判決の「ボーイらがE階段から避難しようと考えてホステス更衣室へ向かった22時44分から45分ころの時点における右通路の煙の状況」を根拠にして、ホステス更衣室に在室する11名の避難誘導の可能性を論じているのみであって、右時刻以前は同更衣室からの避難誘導が可能であったとの判断をしているものではないうえ、前述のとおり、22時39分から40分ころには同更衣室に至る通路は避難路としては使えない状態であることは明らかであるから、検察官の所論は採用できない[110]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

各注意義務の懈怠(過失)と因果関係

(要旨)大阪高裁は被告人3名の各注意義務の懈怠(過失)と因果関係について「被告人3名が各注意義務を尽くしていれば、本件被害者全員の死傷の結果を回避できたのは明らかだ」として、過失と結果の間に因果関係があることを認め、3被告人の過失責任を認定した。ただし被告人Bと同Cについては「ホステス更衣室に居た11名の死傷結果に対する過失責任は無く、過失と結果の間に因果関係はない」とした。大阪高裁は本件火災被害者のうちホステス更衣室に居た11名を除く149名の死傷結果は「被告人3名の過失が競合して相乗作用した結果によるものである」と認定した。以上により、大阪高裁は「被告人3名の業務上過失致死傷罪が成立するのは明らかであり、原審が被告人3名に対し過失責任を否定し無罪を言い渡したのは事実を誤認したものであって、その誤りが原審判決に影響を及ぼしたことは明らかである」と結論付けた。

被告人Aについて

前記の各注意義務を尽くしていたなら、被告人Cらの適切な避難誘導と相俟って、プレイタウンに在店していた客や従業員ら181名全員が安全に避難し得たと認められるので、同被告人の過失と本件被害者全員(死者118名、受傷者42名の計160名)の死傷の結果との間に因果関係が存するのは明らかである[111]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

被告人Bおよび同Cについて

前記の各注意義務を尽くしていたなら、ホステス更衣室にいた11名を除くその他のプレイタウンに在店していた客や従業員全員が安全に避難し得たと認められる。死亡者118名のうちホステス更衣室で死亡した9名を除く109名の死亡の結果は、右被告人両名の過失と因果関係があるのは明らかである。また受傷者42名のうちホステス更衣室にいて消防隊のはしご車に救出された2名を除くその他40名については、その受傷の結果は右被告人両名の過失と因果関係があることは明らかである[112]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

被告人Aと被告人Bおよび同Cの各過失の競合

以上の認定説示から明らかなように本件被害者160名(死亡者118名、受傷者42名)のうち、ホステス更衣室にいた11名(死亡者9名、受傷者2名)を除く149名の死傷の結果について、被告人Aの過失と被告人Bおよび被告人Cの過失とが相乗的に作用したことによるものであるから、右被告人3名の過失の競合によるものと認めるのが相当であり、ホステス更衣室にいた11名の死傷の結果については、被告人Bおよび被告人Cには過失はなく、被告人Aのみの過失によるものと認められるから、過失の競合は否定される[3]
大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

結論

被告人Aについては本件被害者全員に対し、また被告人BおよびCについてはホステス更衣室にいた11名を除くその他の全被害者に対し、それぞれ業務上過失致死傷罪が成立するのは明らかである。原判決が各被告人らの業務上の各注意義務を肯認しながら、これを怠った被告人らに対し、本件結果の回避可能性が無いとして、あるいは因果関係が証明できないとして、被告人らの過失責任を否定して無罪を言い渡したのは事実を誤認したものであって、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである[3] — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

破棄自判

(要旨)被告人Bおよび同Cについて大阪高裁は「右被告人らが各注意義務を尽くしてもホステス更衣室で死傷した11名の死傷の結果を回避することはできなかった」として、それらの被害者に対する犯罪の証明がないことから11名の業務上過失致死傷については一部無罪とした。被告人3名に対する量刑の理由として大阪高裁は「本件火災で多数の死傷者を出すに至った原因は、被告人3名が防火管理責任者として基本的な心構えに欠け、業務上遵守すべき基本的な注意義務を怠ったことにある。消防当局からの指導や指示を軽視して各注意義務の履行も怠り、重大な結果を招いたものであり、被告人らの過失責任は重い。被害者の死傷の状況は極めて悲惨であり、遺族の被害感情も厳しい。本件火災が社会に与えた影響は大きく、その刑事責任は重いというほかない」と被告人3名を断罪した。

また情状酌量の理由として大阪高裁は「千日デパートビルでは共同防火管理体制が取られておらず、通報体制も元から整備されていなった。デパート側とプレイタウン側との間で共同の避難訓練を一度も実施しなかった。それらは被告人らの過失ではない。同ビルには建築施工上の欠陥が一部にあり、エレベーターシャフトや空調ダクトに猛煙が流れ込み、7階へ流入する要因になったことなどは予期することができず、被告人らの落ち度とは言えない。保安係員の増員に関する労務問題や救助袋の補修などに掛かる予算面の執行では、被告人らが過失責任を負うものではない。消防当局からのB階段を使用した避難誘導に関する具体的な指導や指示は無く、夜間閉店後の防火区画シャッター閉鎖の命令にも法的な義務や根拠もなかったことなど、前記のいずれも酌量すべき点である。遺族や被害者との間で示談が成立し、損害金の支払いも済んでいること、被告人らに前科前歴は無く、真面目な社会生活を送ってきたことを考慮すれば、刑事責任は重大であったとしても刑の執行を猶予するのが相当である」とした。(罪となるべき事実、証拠の目標、法令の適用は省略)

一部無罪の理由

被告人B、同Cに対する本件公訴事実中、火災発生時にホステス更衣室にいて死傷した11名については、前記のとおり、右両被告人がそれぞれの注意義務を尽くしていたとしても、各人の死傷の結果を回避することはできなかったと認められるから、右11名に係わる業務上過失致死傷の点は、犯罪の証明が無いと言うべきであるが[3]、右11名とその余の有罪となった本件被害者に対する右被告両人の所為は、科刑一罪に関係あるものとして公訴を提起されたことは明らかであるので、主文において無罪の言い渡しをしなかったものである[113] — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

量刑の理由

本件千日デパートビル火災による死亡者は118名、負傷者は42名の多数にのぼり(ただし、そのうち死亡者9名、負傷者2名については、被告人B、同Cに過失責任はない)、ビル火災事故としては稀にみる大惨事というべきであるところ、その出火原因は証拠上確定できず不明であるが、このように多数の死傷者を出すに至った原因は、防火管理の業務に携わる被告人らにおいて、複合ビルの最上階で遊ぶ多数の客や従業員らの生命、身体の安全を確保するという最も重要で基本的な心構えに欠けていたところから、右業務上遵守すべき基本的な注意義務を果たさなかったことによるものであり、殊に、被告人Aについては、大阪市消防局の係官から、他の百貨店での火災の教訓に照らして千日デパートの閉店時に売場内の防火区画シャッターを閉鎖するように指導を受け、また被告人B、同Cについても、所轄消防署の係官から破損した救助袋の補修もしくは取替えを再三にわたって指示されていたにもかかわらず、火災が発生することはあるまいとの安易な考えから、それぞれ右指導、指示を軽視して前記注意義務の履行を怠り、かかる重大な結果を招いたものであって、被告人らの過失は重いものがあると言わなければならない。加えるに、本件火災時におけるプレイタウン店内の状況は、先に詳しく認定したように、遊興中の客やホステスら従業員は、被告人Cらの適切な避難誘導もなく、階下から流入する猛煙に追われて避難路を見いだせないまま、同店内を逃げまどい、ある者は7階の窓から飛び降りを余儀なくされ、また、ある者は使用方法についての指示もなく帯状に垂れ下がった救助袋を伝って脱出を図ったが、摩擦熱のため手を放すなどして転落して、その余の大部分の者は、B階段から自力脱出した者および、はしご車で救助されたものを除いて、同店内に充満した一酸化炭素を吸引して死亡するに至ったものであって、被害者らには客はもちろんのこと、従業員にも特段の落度はないうえ、その被害状況は極めて悲惨であり、死亡した被害者の無念はもとよりのこと、受傷者の中には相当の重傷の者もあり、死亡した被害者の遺族や受傷した被害者等の被害感情も、原審公判廷での数人の遺族の証言を待つまでもなく、厳しいものがあること、さらに、本件火災が社会に与えた衝撃は極めて大きいものがあることなどの諸点に照らすと、被告人らの刑責は誠に重いと言う他はない[113] — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)

情状酌量の理由

しかしながら、他方、本件火災がこのように重大な結果に至った原因として、被告人らの過失以外に、同ビル3階での本件火災を知った宿直保安係員の誰もが、千日デパートとプレイタウン間の共同防火管理体制が整っていなかったこともあって、火災発生及びその状況等をプレイタウンに通報しなかったために、被告人Cらにおいて早期に適切な避難誘導を為し得なかった面があること、また、プレイタウン専用の南側(A南)エレベーター昇降路の壁の一部に同デパート開業当時の手抜き工事によると思われる隠れた隙間があったために、これが右昇降路からの煙の進入路となったほか、北側換気ダクト内に設置された3個所の防火ダンパーが同様に欠陥工事により作動したかったため、煙が同ダクト内を上昇して7階の開口部からプレイタウン店内に流入したことを指摘することができ、これらの点について、被告人3名に特段責められるべき点はないこと、日本ドリーム観光、千土地観光等と本件死亡被害者の遺族及び傷害被害者との間に示談がほぼ成立し、損害金の支払いも終わっていること、被告人3名はいずれも前科前歴がなく、これまで真面目な社会生活を送ってきた者であること、さらに、被告人Aについて、当時、売場内の防火区画シャッターの閉鎖を命じる直接の法令上の根拠がなく、消防当局も、本件より1年前の市内百貨店の夜間一斉査察のころまでは、千日デパートに対して右閉鎖を指導したことはなく、同査察の際の指導も口頭でなされただけで、デパート店長らに対する文書による指示は為されていないこと、多数の巻き上げ式シャッターを毎日少数の保安係員に閉鎖させることについては、労務対策等に問題が生じることは避けられないうえ、これを電動巻き上げ式のものに取り替えるについては相当な出費を要するところ、社内的に厳しい経費支出規制が為されていたなどの事情もあり、右シャッター閉鎖義務不履行の責任を防火管理者とはいえ、一課長に過ぎない同被告人にすべて負わせることは、酷に過ぎる嫌いがあること、被告人B、同Cについて、プレイタウンの北側換気ダクト開口部および南側(A南)エレベーター昇降路の2方向から噴き出す煙が、被告人Cらをして客等に対する適切な避難誘導を困難にした一面があり、この点は右被告人両名の過失責任を左右するものではないが、量刑上は考慮すべきであること、被告人Cが防火管理者に選任されてから1回だけおこなった消防訓練(プレイタウン店内のステージから出火した想定での訓練)の際、消防署の係官から、階下で出火した場合にはB階段へ避難するようにとの指導は特になされなかったこと、被告人Bはプレイタウンを経営する千土地観光の代表取締役であったが、実質上の経営権を有しておらず、同会社は親会社の日本ドリーム観光から経費支出等につき厳しく規制されていたことなど、被告人3名について、いずれも酌量すべき点があり、以上の諸般の情状を総合的に勘案すると、被告人3名の責任は重大であるが、それぞれにつき刑の執行を猶予するのが相当である。よって、主文のとおり判決する[114] — 大阪高等裁判所第7刑事部、判例時報1988(1262)


控訴審判決を受けて、被告弁護人らは「控訴審判決は実態を無視している」などと主張し、判決を不服として1987年10月1日、最高裁判所に上告した[21]


注釈

  1. ^ 素人の女性がアルバイト感覚で客を接待する大衆サロンのこと。キャバクラの元祖。昭和30年代から昭和40年代にかけて主に関西で流行った。別名アルサロとも呼ばれる。
  2. ^ 検察および裁判所が認定した負傷者42人は、全体の負傷者81人のうち、消防士および警察官などのプレイタウン関係者以外の負傷者34人を含めていない。つまり被告人らの過失によって負傷させられたと認定した負傷者数が42人ということである。プレイタウン関係者の負傷者は合計47人であるが、そのうちの5人については、被告人らの過失による負傷とは認定されなかった。
  3. ^ 刑法第211条前段 業務上過失致死傷罪等=業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。
  4. ^ 主要な煙の侵入経路は階段E、Fからであるが、その他の経路としてはプレイタウン専用南側(A南)エレベーター昇降路の2階および3階の天井付近に、手抜き工事によってできたと推定される隙間が開いており、その部分から煙が流入し7階へ上昇した。また3階から7階までを竪穴で垂直に繋ぐ空調ダクト内に設置されていた防火ダンパーが火災発生時に機能せず、事務所前のダクト開口部から煙と熱気が噴出した。
  5. ^ 閉鎖については、ボタンを押すことでシャッターの自重により降下する仕組みで、作業は容易だった。
  6. ^ ハンドルを10回転させたときのシャッター巻き上げ量は約14センチメートルであるから、防火区画シャッターの高さ(長さ)が2.64メートルであることを考えると、巻き上げ完了までに約189回転を要する。裁判所に提出された「防火シャッター開閉所要時間等調査結果報告書」の実験結果によれば、巻き上げ所要時間はハンドルの重さ、疲労による作業効率の低下を考慮しても急ぎで1分20秒、通常で2分半程度である。
  7. ^ a b c B階段とは、プレイタウン専用の南側(A南)エレベータ―西隣に設置されていた特別避難階段である。鉄扉が二重に設置され附室(バルコニー)が備わっていた。7階を除いて他の階の出入口は常時施錠されており、普段から事実上プレイタウン専用階段になっていた。
  8. ^ 1970年9月29日、南消防署主催・防火研究会(福田屋百貨店火災)。被告人A欠席。代理で保安係長が出席。 1970年10月3日、大阪市消防局・説明会(福田屋百貨店火災)。被告人A出席。
  9. ^ 福田屋百貨店火災(宇都宮市)=1970年9月10日早朝4時ころ、地下1階から出火。地下2階を除き8階建ての建物13,285平方メートル(延床面積の92パーセント)が焼損した。負傷者9人。火災原因は不明だが、エスカレーター増設工事に用いた溶接の火花が関係しているとの見方がある。竪穴区画の不備、閉店後の防火区画シャッター開放により建物全体に延焼した。
  10. ^ 1971年5月25・26日、大阪市消防局・夜間査察(田畑百貨店火災)。被告人A立会い。
  11. ^ 1971年6月上旬、南消防署・管内百貨店特別点検(田畑百貨店火災)。被告人A立会い。
  12. ^ 1971年6月1日、大阪市消防局・夜間査察の結果説明および防火指導会(田畑百貨店火災)。被告人A出席。
  13. ^ 1971年6月11日、南消防署・特別点検の結果説明会(田畑百貨店火災)。被告人A出席。
  14. ^ 次のシャッターへ移動する時間も含まれる。
  15. ^ 「職務分掌」とは、企業組織などにおいて職務上の役割や職責を明確化すること。
  16. ^ a b 「キャビネットを取り除き、投げ綱の砂袋を先頭に投下し、袋本体を降下させ、入口枠を起こして、下部取付完了を確認のうえ、降下してください」と表示されていた。
  17. ^ 刑事訴訟法第336条 無罪の判決=被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。
  18. ^ 「趣意」とは、物事をおこなう際に表明する目的、意見、考えのこと。
  19. ^ 「所論」とは、意見を主張し論じること。
  20. ^ 大阪高裁が証拠として採用したのは被告人Cの以下の供述である。「エレベーターの様子を見るため、急ぎ足で午後10時40分過ぎころ、アーチとクロークの中間付近まで行ったが、その時点では、南側(A南)エレベーター昇降路から流入する煙はそれほど多くなく、右エレベーター付近にいた客やホステスら7~8人は、平穏にエレベーターを待っている様子であったため、これなら混乱なく客を送り出すことができると考え、しばらく同所に立って様子を見ているうちに、午後10時42~43分ころ、南側(A南)エレベーターの昇降路から流入する煙が急激に増加し、右エレベーター前からクローク前付近一帯に煙が充満し始め、暗くなって来たことから、客やホステスらを早急に避難させねばならないと考えるに至り・・・」という内容である。
  21. ^ 被告人Cの煙に関する証言が最も信用できる根拠は、火災直後と火災4か月後に警察の取り調べに対して供述した内容が一貫していること、同被告人の記憶が鮮明なうちに調書が作成されていること、「煙立体図面」なるものは作成者の描画力によって違いがあり、異なる図面を比較することが信頼性の面で困難であること、客などの証言によって作成された図面は、どの時刻の状況なのか定かではなく、客観的な証拠と成り得ないことなどが挙げられる。
  22. ^ 「失当」とは、その主張自体に意味がなく、道理に合わないこと。的外れな主張。
  23. ^ 原審説示によれば「当直保安係員は通常5名のうちの1名が通用口受付、1名が保安室で監視業務を担当していて、防火区画シャッター閉鎖に割ける人員は3名」と認定した。検察の所論では「9時30分までは受付要員は不要であり、4名で右シャッター閉鎖を担当できる」と主張したが、大阪地裁は「9時30分以前でも外部から館内へ人の出入りがあり、受付要員1名は必要」として、検察の所論は採用されなかった。
  24. ^ a b 大阪科学技術センタービル火災(大阪市西区)=1984年4月4日11時30分ころ発生。何者かが仕掛けた時限発火装置から出火し、建物の3階部分473平方メートルを焼損。13時25分ころ鎮火した。滞在者679人は、施設管理者の適切な避難放送と避難誘導によって全員が避難に成功した。猛煙に巻かれた人は219人いたが、人的被害はCO中毒8人で済んでいる。同時に大阪府庁舎でも火災が発生し、大阪府警は犯行の手口や犯行声明から中核派によるゲリラ事件と断定した。
  25. ^ 刑事訴訟法第414条 控訴に関する規定の準用=前章(上告)の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。
  26. ^ 刑事訴訟法第386条1項3号 控訴棄却の決定=控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第377条ないし第382条および第383条に規定する事由に該当しないとき。

出典

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