メタファー メタファー観の歴史

メタファー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/07 16:49 UTC 版)

メタファー観の歴史

初めてメタファーの意義に言及したと言われているのはアリストテレスであり、彼は『詩学』のなかで次のように述べている。

「もっとも偉大なのはメタファーの達人である。通常の言葉は既に知っていることしか伝えない。我々が新鮮な何かを得るとすれば、メタファーによってである」

西洋の伝統的な修辞学では比喩(転義法)が研究・分類されてきたが、その中でもメタファーは特に大きなテーマとして扱われている。

文芸においてはメタファーは一貫して称揚されている。

ただし、一時期、近代の言語学や論理学では、メタファーを周辺的な現象とし、批判的に見ることがあった。近代の哲学者の中には、メタファーによって説得しようとする議論を「非理性的なもの」として否定する者がおり、例えばホッブズロックは、メタファーに頼った議論を「ばかげており、感情をあおるものに過ぎない」などとして批判した。

だがこうした少数の意見を除けば、一般にメタファーは重視されており、文芸においては、ロマン主義以来は、理性を越えた想像力の発露であると見なされるようになった。

言語哲学におけるメタファー理解の変革

言語哲学では、「隠喩は言語において特殊な現象にすぎない」と見なす見解がかつて主流であり、その後に「隠喩はつねに言語の根源にある」とする見解が登場することになった。前者の見解は、ある意味で素朴で、そう見なす人のほうが多かった。例えば、古代ギリシャのプラトンや現代のオースティンなどは前者の見解を示した。

一方で、近代にはヴィーコ、現代ではマックス・ブラックが、異なった見解を示し、言語学者のロマン・ヤコブソンは、絵画文学映画あるいはなどの表現の中には、根本的な認知方式としてメタファーの作用があることを指摘した。

さらにその後、1980年にジョージ・レイコフマーク・ジョンソンが『レトリックと人生英語版[注釈 2]を出版し、「メタファーは抽象概念の理解を支える根本的な概念操作である」「言語活動のみならず、思考や行動にいたるまで、日常の営みのあらゆるところにメタファーは浸透している[1]」と指摘し、多数の資料を提示しつつ分析してみせ、広範囲の支持を得て、学者らのメタファー観は大きく変わった。

メタファーは単なる言語の要素ではなく、人間の認知と存在の根幹に関わる要素だという認識がされるようになり、メタファーを基礎に据え、概念理解のしくみ・構造を解明しようとする研究が進められている。

政治においても、メタファーがもたらす影響について研究が盛んになってきている。

また、精神分析学者ラカンのメタファー・メトニミーへの言及が重要視されることがある。ポール・リクールも隠喩論を展開した。


注釈

  1. ^ ギリシア語ラテン翻字: metaphorá
  2. ^ : Metaphors we live by

出典

  1. ^ 『レトリックと人生』pp.2-4.


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