パスカルの賭け 文脈

パスカルの賭け

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/16 03:37 UTC 版)

文脈

ブレーズ・パスカルは、理性が信頼できないなら、神の存在を信じることは、そうしないことよりも良い「賭け」である、と述べた。

この賭けは『パンセ』の中の他のテーマの上に成り立っており、そこでパスカルは特に宗教の分野で理性が信頼できるという我々の観念を体系的に解体している。『パンセ』の構成は死後に他者が勝手に決めたものだが(節の番号も出版者が参照用に追加したものである)、賭けの節が基盤を提供する他の部分の後に来ることは推定可能である。『パンセ』の大部分は確実性を攻撃しており、以下のような考え方を示していることから世界初の実存主義作品とされることもある。

カテゴリ 引用
全体的な不確実性 これこそ私が見ているものであり、私を悩ましているものである。私はあらゆる方を眺めるが、どこにもわからないものしか見えない。自然は私に、疑いと不安の種でないものは何もくれない[2]
人間の目的における不確実性 そもそも自然のなかにおける人間というものは、いったい何なのだろう。無限に対しては虚無であり、虚無に対してはすべてであり、無とすべてとの中間である[3]
理性における不確実性 このような理性の否認ほど、理性にふさわしいことはない[4]
科学における不確実性 自然法というものは疑いなく存在する。しかし、このみごとな腐敗した理性は、すべてを腐敗させてしまった[5]
宗教における不確実性 もし私が自然のなかに、神のしるしとなるものを何も見ないのだったら、私は否定のほうへと心を定めたことであろう。もしいたるところに創造主のしるしを見るのだったら、信仰に安住したことであろう。ところが、否定するにはあまりに多くのものと、確信するにはあまりに少ないものとを見て、私はあわれむべき状態にある。そのなかで私は、もし神が自然をささえているのだったら、自然が何の暖昧さなしにはっきりと神を示してくれるように、またもし自然の与える神のしるしが偽りのものならば、それをすっかりどけてくれるように、そして私がどちら側について行ったらいいかがわかるように、自然がすべてを語ってくれるか、何も語らないでくれるように、百度も願ったのである[2]

神が、ある人々を盲目にし、他の人々を啓蒙しようとされたということを、原則として認めないかぎり、人は神の御業を何事も理解しない[6]

懐疑における不確実性 すべて不確実であるというのは確実ではないということを示すものにほからない[7]

パスカルは読者に対して自らの立場を分析することを要求している。もし理性が本当に壊れていて神の存在を決定する際の土台にならないなら、コイントスしか残っていないことになる。パスカルの評価によると、賭けは不可避であり、神の存在の証拠や反証を信じられない者なら誰でも、無限の幸福が危険にさらされるかもしれないという状況に直面せざるを得ない。信じることの「無限」の期待値は、信じないことの期待値より常に大きい。

しかしパスカルは、この賭けを受け入れること自体が十分な救済だとはしていない。賭けが書かれている節の中で、パスカルは自身の理解について、それが信仰の推進力にはなるが信仰そのものではないと説明している。

したがって、神の証拠を増すことによってではなく、君の情欲を減らすことによって、自分を納得させるように努めたまえ。君は信仰に達したいと思いながら、その道を知らない。君は不信仰から癒されたいとのぞんで、その薬を求めている。以前には、君と同じように縛られていたのが、今では持ち物すべてを賭けている人たちから学びたまえ。彼らは、君がたどりたいと思っている道を知っており、君が癒されたいと思う病から癒されたのである。彼らが、まずやり始めた仕方にならうといい。それは、すでに信じているかのようにすべてを行なうことなのだ。聖水を受け、ミサを唱えてもらうなどのことをするのだ。そうすれば、君はおのずから信じるようにされるし、愚かにされるだろう。――だが、僕のおそれているのは、まさにそれなのだ。――それはまたどうしてか。君に何か損するものがあるというのか。だが、これが信仰への道であることを君に納得させるのに役立つことは、君の大きな障害になっている情欲をこれが減らしてくれるということである。

この議論の終わり。

ところで、この方に賭けることによって、君にどういう悪いことが起こるというのだろう。君は忠実で、正直で、謙虚で、感謝を知り、親切で、友情にあつく、まじめで、誠実な人聞になるだろう。事実、君は有害な快楽や、栄誉や、逸楽とは縁がなくなるだろう。しかし、君はほかのものを得ることになるのではなかろうか。

私は言っておくが、君はこの世にいるあいだに得をするだろう。そして君がこの道で一歩を踏みだすごとに、もうけの確実さと賭けたものが無に等しいこととをあまりにもよく悟るあまり、ついには、君は確実であって無限なものに賭けたのであって、そのために君は何も手放しはしなかったのだということを知るだろう。 — パスカル、『パンセ』、中公文庫、1973年12月10日、162-164頁。

  1. ^ Alan Hájek, Stanford Encyclopedia of Philosophy
  2. ^ a b パスカル 1973, p. 154.
  3. ^ パスカル 1973, p. 44.
  4. ^ パスカル 1973, p. 185.
  5. ^ パスカル 1973, p. 197.
  6. ^ パスカル 1973, p. 357.
  7. ^ パスカル 1973, p. 244.
  8. ^ Alan Hájek, Stanford Encyclopedia of Philosophy
  9. ^ Voltaire Remarques sur les Pensees de Pascal XI
  10. ^ Durant, Will and Ariel (1965) (English). The Age of Voltaire. pp. 370 
  11. ^ Diderot, Denis (1875-77) [1746]. J. Assézar. ed (French). Pensées philosophiques, LIX, Volume 1. pp. 167 
  12. ^ Mackie, J. L.. 1982. The Miracle of Theism, Oxford, pg. 203
  13. ^ a b c Alan Hájek, Stanford Encyclopedia of Philosophy
  14. ^ For example: Jeff Jordan, Gambling on God: Essays on Pascal's Wager, 1994, Rowman & Littlefield.
  15. ^ Paul Saka, The Internet Encyclopedia of Philosophy - Pascal's Wager - Genuine Options
  16. ^ Paul Saka, The Internet Encyclopedia of Philosophy - Pascal's Wager - Generic Theism
  17. ^ The God Delusion pp. 105.
  18. ^ The God Delusion pp. 103-105.
  19. ^ The End of Pascal's Wager: Only Nontheists Go to Heaven
  20. ^ The God Delusion[要ページ番号]
  21. ^ The God Delusion pp. 104.
  22. ^ Boyarin, Daniel (2009). Socrates & the fat rabbis. University of Chicago Press. p. 48. ISBN 0-226-06916-8. https://archive.org/details/socratesfatrabbi00boya 
  23. ^ Weaver, John B. (2004). Plots of epiphany: prison-escape in Acts of the Apostles. Walter de Gruyter. pp. 453–454, 595. ISBN 978-3-11-018266-8 
  24. ^ The Internet Classics Archive | The Meditations by Marcus Aurelius”. classics.mit.edu. 2019年1月27日閲覧。
  25. ^ Ostler, Nicholas (2005). Empires of the Word. HarperCollins.
  26. ^ The Hadith”. Al-Islam.org (2017年). 2020年9月26日閲覧。
  27. ^ al-Kulainī, M. (1982). al- Kāfī. Tehran: Group of Muslim Brothers.
  28. ^ al-Juwayni A Guide to Conclusive Proofs for the Principles of Belief, 6
  29. ^ Aleksandrovich Florenskiĭ, Pavel (1997). The pillar and ground of the truth (1914). Princeton University Press. p. 37. ISBN 0-691-03243-2 
  30. ^ 24 and Philosophy (2014)
  31. ^ Paul-Choudhury, Sumit. “Tomorrow’s Gods: What is the future of religion?” (英語). BBC. https://www.bbc.com/future/article/20190801-tomorrows-gods-what-is-the-future-of-religion 2020年8月28日閲覧。 
  32. ^ McBrayer, Justin P. (23 September 2014). “The Wager Renewed: Believing in God is Good for You”. Science, Religion and Culture 1 (3): 130-140. https://docs.wixstatic.com/ugd/08c259_ddaba160e3bd4bfcb8ae1cc82afeab5f.pdf 2019年9月29日閲覧。. 
  33. ^ 『歎異抄』光文社、2009年9月1日、15-17頁。ISBN 978-4334751937 
  34. ^ 歎異抄第2章 地獄は一定すみかぞかし”. 長南瑞生. 2020年9月26日閲覧。





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