ニコレット・ラーソン ニコレット・ラーソンの概要

ニコレット・ラーソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/24 08:10 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
ニコレット・ラーソン
Nicolette Larson
ニコレット・ラーソン(1985年)
基本情報
生誕 1952年7月17日
出身地 アメリカ合衆国 モンタナ州ヘレナ
死没 (1997-12-16) 1997年12月16日(45歳没)
ジャンル ロックポップスソフトロックカントリー
職業 歌手
担当楽器 ボーカルギターパーカッション
レーベル ワーナー・ブラザース・レコード
MCAレコード
ソニー・ワンダー英語版
共同作業者 コマンダー・コディ&ヒズ・ロスト・プラネット・エアメン英語版
ニール・ヤング
マイケル・マクドナルド
スティーヴ・ウォリナー英語版

来歴

モンタナ州ヘレナで生まれ[1][2]ミズーリ州カンザスシティで育った[3]

サンフランシスコを拠点として歌手活動を始め、1975年よりコマンダー・コディ&ヒズ・ロスト・プラネット・エアメン英語版のレコーディングやツアーに参加した[1]。その後、ロサンゼルスに移ってセッション・シンガーとしての活動を始め[1]、1977年までにホイト・アクストンジェシ・ウィンチェスター英語版エミルー・ハリスジェシ・コリン・ヤング英語版ニール・ヤングロドニー・クロウェル等のレコーディングに参加した[4]

1978年にワーナー・ブラザース・レコードとの契約を得て、テッド・テンプルマンのプロデュースによるデビュー・アルバム『愛しのニコレット』を発表。同アルバムからは、ニール・ヤングが提供したシングル曲「溢れる愛」がBillboard Hot 100で8位を記録するヒットとなった[1]。2作目のアルバム『愛の季節』(1979年)からは、マイケル・マクドナルドとのデュエット曲「愛にさよならを」が全米トップ40入りしているが[1]、『愛の季節』、『レディオランド』(1980年)、『オール・ドレスト・アップ&ノー・プレイス・トゥ・ゴー』(1982年)は、デビュー・アルバムほどの成功を収められなかった[2]

1983年、MCAレコードへ移籍[1]。1984年にはアカデミー・オブ・カントリーミュージックによって最優秀新人女性ボーカリスト賞を授与され、翌年キャリア初のカントリー・アルバム『セイ・ホエン』をリリースし[1]、『ビルボード』のカントリー・アルバム・チャートで48位に達した[5]。次作『ローズ・オブ・マイ・ハート』(1986年)はカントリー・アルバム・チャートで40位を記録し[5]、同アルバムからのシングル「That's How You Know When Love's Right」(スティーヴ・ウォリナー英語版とのデュエット)は、『ビルボード』のカントリー・チャートで9位に達した[6]

1987年のアルバム『Shadows of Love』は、イタリアで録音された[1]。1988年に公開されたアーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画『ツインズ』には、ナイトクラブの歌手として出演し[2]、同作のサウンドトラック・アルバムには、ジェフ・ベックトニー・ハイマステリー・ボジオとの共演による「I'd Die for This Dance」が収録された[7]

1990年、セッション・ドラマーとして知られるラス・カンケルと結婚[2]。その後、旧友ニール・ヤングとのコラボレーションを再開し、『ハーヴェスト・ムーン』(1992年)、ライブ・アルバム『アンプラグド』(1993年)にゲスト参加した[4]。1994年には、カンケルとの間の娘に捧げられた子供向け楽曲のアルバム『スリープ、ベイビー、スリープ』をソニー・ワンダー英語版から発表しており[2]、同作にはデヴィッド・クロスビーリンダ・ロンシュタットグラハム・ナッシュがゲスト参加した[8]

死去

1997年12月16日、ロサンゼルスで死去[1][2]。死因は肝不全に起因する脳浮腫であった[3][9]

ラーソンの訃報に際し、グラハム・ナッシュは「我々はこのニュースを聞いて、本当に打ちのめされた。音楽にとって極めて悲しい日だ」とコメントしている[9]。そして、1998年2月21日から22日にかけてサンタモニカで開催されたラーソンの追悼コンサートには、ダン・フォーゲルバーグジョー・ウォルシュリトル・フィートボニー・レイットキャロル・キングジャクソン・ブラウン、リンダ・ロンシュタット、クロスビー、スティルス&ナッシュジミー・バフェット等が参加し、その時の模様は2006年にライブ・アルバム『A Tribute to Nicolette Larson: Lotta Love Concert』として発売された[10]


  1. ^ a b c d e f g h i j Erlewine, Stephen Thomas. “Nicolette Larson - Biography & History”. AllMusic. 2017年11月26日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g Perrone, Pierre (1997年12月27日). “Obituary: Nicolette Larson”. The Independent. Independent News & Media. 2017年11月26日閲覧。
  3. ^ a b Singer Nicolette Larson Dies”. MTV News (1997年12月18日). 2017年11月26日閲覧。
  4. ^ a b Nicolette Larson | Credits | AllMusic
  5. ^ a b Nicolette Larson Chart History - Top Country Albums”. Billboard. 2017年11月26日閲覧。
  6. ^ Nicolette Larson Chart History - Hot Country Songs”. Billboard. 2017年11月26日閲覧。
  7. ^ Various - Twins (Music From The Original Motion Picture Soundtrack) (CD) at Discogs
  8. ^ Sleep, Baby, Sleep - Nicolette Larson - Credits”. AllMusic. 2017年11月26日閲覧。
  9. ^ a b Cramer, Christina (1997年12月18日). “Music World Says Goodbye To Nicolette Larson”. Rolling Stone. 2017年11月26日閲覧。
  10. ^ Erlewine, Stephen Thomas. “A Tribute To Nicolette Larson: Lotta Love Concert - Various Artists”. AllMusic. 2017年11月26日閲覧。
  11. ^ a b c d Nicolette Larson Chart History - Billboard 200”. Billboard. 2017年11月26日閲覧。
  12. ^ a b c d Nicolette Larson Chart History - Hot 100”. Billboard. 2017年11月26日閲覧。


「ニコレット・ラーソン」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ニコレット・ラーソン」の関連用語

ニコレット・ラーソンのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ニコレット・ラーソンのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのニコレット・ラーソン (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS