ティナ・スモール ティナ・スモールの概要

ティナ・スモール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/05 01:39 UTC 版)

ティナ・スモール
Tina Small
プロフィール
別名義 Titanic Tina
生年月日 1959年9月10日
現年齢 64歳
出身地 英国・サマセット州
瞳の色 ブルー
毛髪の色 ブロンド
公称サイズ(1987[1]時点)
身長 / 体重 168[2] cm / kg
スリーサイズ 214 - 56 - 89 cm
備考 世界最大のバスト
活動
デビュー 1979
ジャンル グラマー
モデル内容 アダルト
モデル: テンプレート - カテゴリ

別名タイタニック・ティナ(Titanic Tina)。本名クリスティナ・ジェーン・スモール(Christina Jane Small)。

経歴・人物

1959年9月10日、英国サマセット州の村に生まれる[3]1964年(4歳)、父親が家族の前から姿を消す。以後、母子家庭で育つこととなる。

1966年(7歳)、小学校入学。1969年、10歳のとき胸の発育が始まる。1970年(11歳)、女子中学校入学。包帯を巻いて胸を押さえていたのを体育教師にとがめられ、同級生らの前でそれを取るように命じられた。本人は恥ずかしくて泣いたが、「体格に問題がある」として体育実技の授業を免除してもらう。在学中、他校の男子生徒に胸をつかまれる。自身初の性暴力被害。この年、初潮を迎える。

1971年(12歳)、胸の急速な成長を心配した母親が村の医師のもとに連れていく。後にロンドンの医師の再診により思春期乳腺肥大症(virginal hypertrophy)と診断される。日本国内の報道によると、医師は「ホルモンのアンバランスにより(本来なら)体(全体)が吸収する脂肪が乳房に集中してしまう体質。心配することはない」と言うばかりで実質的な治療は行われなかった[1]

1973年(14歳)、村に住む知恵遅れの少年に押し倒される。二度目の性暴力被害。

1974年(15歳)、女子中学校卒業。ウェスト・サセックスの競走馬の厩舎で働く。(以上、特に断らない限り出典:[4]

17歳の時点でバストは160センチまで成長していた。1978年頃、ロンドンの地下鉄で写真家 John Xavier(ジョン・ザビエル[注釈 1])の目に留まったことがきっかけでモデル業デビュー。1979年Fling誌に登場したのが最初のキャリアである。同誌1981年5月号は、彼女のおっぱいは世界8番目と9番目の不思議であると表紙でアピールした[2]1982年、日本の巨乳雑誌BACHELORに登場。最初はザビエルもティナを妊婦かと勘違いしたが、彼女の体の秘密を知ってからはその美しい芸術性を撮影したいと思った。ティナも「隠すよりむしろ見せることで自分を取り戻した」と述べている[1]

1986年、自叙伝Big Girls Don't Cryリリース

1987年、John Xavierによる写真集Every Inch a Ladyリリース

1980年代終盤、イギリス巨乳シーンから姿を消す。その後も散発的に新聞・雑誌に報道されることがある。

その他

若い頃の彼女に言い寄ってくるのはカラダ目当ての男性、または女性同性愛者ばかりだった。一度は盲目のボーイフレンドと心から愛し合ったこともあったが、初めてティナの体に触れた彼はショックを受け、恋は崩れ去った。それからティナは精神を病み、自分はノートルダムのせむし男みたいだと自殺未遂をして精神病院に入院したこともある[1]

彼女のスリーサイズ、特にバストは情報の出所により複数の数値が存在する。当記事には『FOCUS』誌から得た数値を記載。『大百科事典』および『世界大百科事典』には、世界最大のバストの持ち主としてタイタニック・ティナの名が記されているが、サイズは213cmとなっている[5][6]。また、1987年に『FLASH』誌で報道された際の数値は235cmである[7]

彼女の余りに巨大な乳房は、ナチュラルではないとする説がある。両肩を決して見せない(衣装や髪の毛で隠す)、写真にはソフトフォーカスがかかっていることが多い[注釈 2]、その他乳首の不自然さなどを根拠にこのように言われる[8]

漫画家のにしまきとおるは好きなモデルとしてユーリア・ノーバとティナ・スモールを挙げている[9]。にしまきの作品『BLUE EYES』の登場人物にクレア・フローレンス・クリスティーナ・フェアチャイルド(210-59-89)という女性がいるが、彼女の容姿はティナ・スモールをモチーフにして描いている。にしまきの公式サイトにも「今にして思えばファーストネームをティナにしてしまえばよかった」という発言がある。誕生日が9月10日であること、乗馬をすることなどはティナ・スモールから受け継いでいる[10]

フィルモグラフィ

ビデオ

  • 『Vision X No 1. The Ultimate Viewing Experience』 Ultravision International Ltd., 1986
  • 『Vision X No 2. Just when you thought you'd seen everything』 Ultravision International Ltd., 1987
  • 『Vision X No. 3. Special spellbinding Edition』 Ultravision International Ltd.. 1987

CD

  • 『Every Inch A Lady - the Tina Small definitive collection 1』
  • 『Every Inch A Lady - the Tina Small definitive collection 2』
  • 『Every Inch A Lady - the Tina Small definitive collection 3』

以上、DigitalART,Gainsborough(Lincolnshire)より。Mac & Windows対応。

DVD

『Tina Small's Big Bangers』 Alpha Blue Archives, 2010年12月22日 UPC:827306119645


  1. ^ a b c d FOCUS 1987, p. 43.
  2. ^ a b “Cover”. Fling (Relim Publishing Co.) 24 (5): 1. (1981). ASIN B0052LROSI. "Titanic Tina Small 84EE the 8th and 9th wonders of THE WORLD. 84-22-34" 
  3. ^ Tina Small”. chickipedia. 2012年1月9日閲覧。
  4. ^ Tina Small (1986). Big Girls Don't Cry. Legend Books. ISBN 9780951134108. https://web.archive.org/web/20181015130052/https://www.thevalkyrie.com/picthumb/s/small/bgdc.htm 
  5. ^ 『大百科事典』 9巻、平凡社、1985年、700頁。 
  6. ^ 『世界大百科事典』 18巻、平凡社、2007年、97頁。 
  7. ^ 「ドヒャーッ!今なお成長中、235センチの巨乳だぞ!」『FLASH』第36号、光文社、1987年8月11日、24頁。 
  8. ^ Tina Small”. Boobpedia (2018年3月12日). 2018年10月15日閲覧。
  9. ^ にしまきとおる (2001年9月2日). “Profile”. D-LOVERS. 2020年12月19日閲覧。
  10. ^ にしまきとおる. “美しき大自然の妖精 クレア・フローレンス・クリスティーナ・フェアチャイルド”. D-LOVERS. 2014年11月30日閲覧。
  1. ^ 名前のカタカナ表記は『FOCUS』誌の報道に従う
  2. ^ ジョン・ザビエルの作品の場合はほぼ常に


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