アロキュティビティ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/25 13:49 UTC 版)
バスク語のアロキュティビティ
アロキュティビティの概念を初めて言語記述に用いたのは、フランスの言語学者ルイ=リュシアン・ボナパルトである[4]。バスク語の諸変種においては、動詞が主語及び目的語の人称に加えて、聞き手のジェンダーや、聞き手に対する話し手の敬意に応じて語形変化する[5][6]。このように聞き手の存在と呼応する活用形を、ボナパルトは"allocutives"と称した。
Ces formes que je propose de qualifier du nom d’allocutives [...] ne s’emploient que quand on veut adresser la parole d’une manière expresse, soit à un homme, soit à une femme, soit à une personne des deux sexes à laquelle on veut témoigner quelque respect. (Bonaparte 1862: 19)
(仮訳:私が"allocutives"と呼ぶこれらの形式は、男性に対してであれ、女性に対してであれ、あるいは男女問わず敬意を払いたいような人であれ、はっきりとした仕方で誰かに話しかける際にのみ用いられる。)
単なる動詞の二人称標識と異なり、アロキュティビティの標示は、聞き手が文の主語 (ないしその他の項) となることを要求しない。例えば、以下に挙げた統一バスク語 (バスク語の標準語) の文[7][8]は、いずれも内容は同一であるが、行為者たる話し手が一貫して主語人称接辞n-で標示されているのとは対照的に、聞き手は文が表す事態に一切関与していない。
(1) | Bilbo-ra | n-oa | |||||||||||||||||||
ビルボ-向格 | 一人称主語-行く | ||||||||||||||||||||
「私はビルボに行く。」 |
(2) | Bilbo-ra | n-oa-k | |||||||||||||||||||
ビルボ-向格 | 一人称主語-行く-アロキュティブ:男 | ||||||||||||||||||||
「私はビルボに行く。」(男性が聞き手) |
(3) | Bilbo-ra | n-oa-n | |||||||||||||||||||
ビルボ-向格 | 一人称主語-行く-アロキュティブ:女 | ||||||||||||||||||||
「私はビルボに行く。」(女性が聞き手) |
それにもかかわらず(2)及び(3)では、-kや-nといった動詞接辞を通して、聞き手の性別が表現されている。noakやnoanのような、非項の聞き手への参照を含む活用形を、バスク語の研究ではアロキュティブ形 (allocutive forms) と呼んでいる[6][9][10]。
バスク語には二人称代名詞に親称と敬称の区別が存在するが、親称で呼びかける聞き手の場合、主節ではアロキュティブ形の動詞が義務的に用いられる[11]。また、バスク東部のスベロア (現フランス領) の変種には、以下の例文で使用されているような、敬称に対するアロキュティブ形も存在する[12]。
(4) | etʃe-a | banu-sy | |||||||||||||||||||
家-向格 | 一人称主語.行く-アロキュティブ:敬 | ||||||||||||||||||||
「私は家に行きます。」 |
- ^ Antonov (2015), p. 56.
- ^ a b c d Panov (2020), p. 41.
- ^ Antonov (2013).
- ^ Antonov (2013), p. 317.
- ^ Bonaparte (1862), pp. 18–21.
- ^ a b Trask (1997), p. 234.
- ^ Antonov (2015), pp. 56–57.
- ^ グロスの日本語訳は執筆者による。
- ^ Hualde & Ortiz de Urbina (2003), p. 243.
- ^ a b Antonov (2015), pp. 57–58.
- ^ Hualde & Ortiz de Urbina (2003), p. 242.
- ^ a b c Antonov (2015), p. 57.
- ^ Appleyard (2007), p. 467.
- ^ Hualde & Ortiz de Urbina (2003), p. 246.
- ^ Panov (2020), p. 29.
- ^ Panov (2020), p. 14.
- ^ Velupillai (2012), p. 373.
- ^ a b c アントノフ (2016).
- ^ Miyagawa (2012).
- ^ Antonov (2013), p. 319.
- ^ Yamada (2019), p. 107.
- ^ Antonov (2013), p. 321.
- ^ Antonov (2013), pp. 326–328.
- ^ Antonov (2013), pp. 328–329.
- ^ Antonov (2013), p. 325.
- 1 アロキュティビティとは
- 2 アロキュティビティの概要
- 3 バスク語のアロキュティビティ
- 4 通言語的な適用
- 5 参考文献
- 6 関連項目
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